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2014年6月 8日 (日)

天地の神・天神地祇について

わが國の神は天の神・地の神、陽の神・陰の神とに系統が分かれる。『古事記』冒頭に「天地の初発の時、高天原になりませる神の御名は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)。次に高御産巣日神(たかみむすびのかみ)。次に神産巣日神(かみむすびのかみ)」と記されてゐる。この三神を造化の三神と言ふ。天地宇宙の根源の神であり生成の神である宇宙大生命の神である。高御産巣日神は陽の神であり、神産巣日神である。

そして、國土生成の神であられる伊耶那岐命・伊耶那美命は、伊耶那岐命が男性神・陽の神であり、伊耶那美命が女性神・陰の神である。伊耶那岐命が筑紫の日向の小門の阿波岐原で身禊をされた左の目を洗はれた時になりませる神が天照大神である。鼻を洗はれた時になりませる神が須佐之男命である。

天照大神の系統の神様が天の神である。天照大神の御孫であらせられ、地上に天降られて地上を統治される神が、皇室の御祖先である邇邇藝命である。

また、天照大神の弟君である須佐之男命の系統の神様が地の神である。須佐之男命の子孫の神が國土の神であり、邇邇藝命に「國譲り」をされた大國主命である。そして、神武天皇をはじめとした御歴代の天皇は、天の神・地の神の霊威を身に帯びられて國家を統治されて来てゐる。

全國各地に、天照大神をお祀りした神社、須佐之男命をお祀りした神社がある。わが國民は、天の神・地の神を共に敬って来た。これを天神地祇と言ふ。農耕生活を営む上において、天の恵み(太陽)と地の恵み(土と水)は欠かすことができないので、わが國の祖先は天神地祇を篤く信仰したのである。

「天地の神」「天神地祇」と言ふやうに、日本人は、天の神・地の神を対立して考へず、一体のものとしてとらへた。天の神・地の神として全てを包み込んでしまひ、漏れ落ちることがないといふのが日本人の伝統信仰である。

前述した如く、地の神である須佐之男命も、天の神である天照大神の弟神であられる。天の神も地の神も根源的には姉と弟であり一つなのである。

須佐之男命は、天照大神に反抗して高天原で大暴れするけれども、出雲の國に天降ると、豊饒の神となって、民を助ける。日本人は「天と地」・「善と悪」を厳しく峻別するといふ考へ方はなく、「悪」も見直し・聞き直しをすれば「善」となるといふ寛容にして大らかな精神を持ってゐる。

キリスト教などの一神教では天と地とは隔絶した存在であり、人間がこの世から天國へ行くのは簡単ではない。イエス・キリストを神の一人子として受け容れ、信仰し、他の宗教を捨て、原罪を悔い改めなければならない。

しかし、わが國の伝統信仰においては、天と地とは隔絶した存在ではないととらへてきた。わが國が四方を海に囲まれてゐて、水平線をよく見ることができる。水平線の彼方は海と空とが一体になってゐる。故に空のことも「天(アマ)」と言ひ、海のことも「アマ」と言ふ。日本人は、天地は一如であると観察してゐたのである。

 

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