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2014年6月26日 (木)

國難とナショナリズムー今こそ尊皇攘夷の精神を興起せしめよ

 戦後、わが國は、「ナショナリズム・愛國心」といふ言葉は「対外侵略戦争に結びつく」として封印されて来た。しかし、表面的には封印されてゐたとしても、日本民族のナショナリズム・愛國心は戦後六十年間、枯渇することなく脈脈と傳へられてきた。自國を愛する心が絶えてなくなってしまふなどといふことはあり得ない。

 

 

 

ナショナリズムとは、外國からの圧力・干渉を排して國家の独立を維持する思想および運動である。それは、運命共同體意識と言ひ換へても良い。これは、國家民族の危機の時に澎湃として沸き起こってくる自然な感情である。

 

 

 

ナショナリズムは、歴史意識・傳統信仰と深く結びついてゐる。國家的危機に際會した時、それを撥ね退けんとしてその國民がその國の歴史意識・傳統精神を根底に置いて運命共同體意識を結集し、勃興する精神と行動がナショナリズムである。

 

 

 

幕末期に起った日本ナショナリズムは、古代・中古・中世・近世を通じて継承されてきた日本傳統精神を継承し根底に置いたものであった。

 

 

 

「尊皇攘夷」といふ言葉は、幕末期に起った日本ナショナリズムを端的に且つ正しく言ひ表してゐる。「尊皇攘夷」といふ言葉の起源は、北狄や南蛮の侵略にあった古代支那(周の末期)の都市國家群・支那民族が、危機を乗り越えやうとした時の旗幟・スローガンである。ただし支那の場合は「尊王」と書く。

 

 

 

わが國の幕末期における「攘夷精神」とは、西欧列強といふ侵略者、異質の文化に直面した日本國民の國民的自覚と祖國防衛・独立維持の情念の噴出であり結集である。そしてそれは「日本は天皇を中心とした神の國である」といふ國體観に立脚してゐた。だから「尊皇攘夷」と言った。

 

 

 

日本國の長い歴史の中で、「神國思想」「尊皇攘夷」の精神は静かに脈々と継承され生き続けて来た。それが國難・外圧・内憂などの國家的危機に際會すると激しく表面に噴出した。

 

わが國における「尊皇攘夷」の精神は幕末期において初めて勃興したのではない。白村江の戦ひ、元寇、そして幕末といふ三度にわたる外患の時期において勃興した。

 

 

 

わが國における攘夷とは、時代を無視した頑なな排外思想ではない。また日本のナショナリズムとは決して回顧的なものではない。将来へ向けて日本民族が独立を維持するための精神である。

 

 

 

吉田松陰をはじめ多くの維新の先人たちは、世界の状況・時代の趨勢を正しく把握しやうとした。松陰は敵たるアメリカを認識せんとしてアメリカ渡航を実行しやうとした。吉田松陰が安政三年三月二十七日夜、金子重輔と一緒に下田来泊のペリーの米艦にて米國に渡航せんとしたのは、攘夷とは排外・鎖國を専らとするのではなく、日本が外國の支配下に入ることを拒み、独立を維持するために、外國の進歩した文物を學ぶことを要するといふ開明的な考へ方に基づくものであった。維新後の開國政策の下地はこの頃からあった。

 

 

 

わが國が、西欧列強の侵略・植民地支配を受けることなく近代化を遂げ発展し得たのは、「尊皇攘夷」を基本思想とした明治維新といふまさに「有史以来未曾有の大変革」を行ったからである。

 

 

 

そしてそれが成功した根本的原因は、わが國は肇國以来、天皇を神聖君主と仰ぐ國體観・國家観が確立されてゐたからである。古来、わが國が外國文化・文明を柔軟に包摂して来たのは、日本民族の根底に強靭なる傳統信仰があったからである。

 

 

 

今日わが國は、國難に際会している。それは明治維新前夜よりも深刻な状況である。これを克服するためには、日本民族としての主體性・帰属意識を回復する以外に無い。今こそナショナリズムが勃興すべき時である。日本民族の歴史意識・傳統精神を國民一人一人の精神の中で甦らせるべきである。

 

 

 

わが國の歴史を回顧すると、國家的危機の時こそ、尊皇精神・愛國心が勃興し、その危機を乗り切ってきた。白村江の戦ひに敗れ、唐新羅連合軍のわが國への侵攻の危機に見舞はれた時に、大化改新を断行し、天皇中心の國家體制を明徴化した。壬申の乱の後に、皇室祭祀および伊勢の神宮祭祀の制度が確立し『記紀』及び『萬葉集』が編纂され天皇中心の國家思想が正しく確立された。元寇の時には、それこそ全國民的に神國思想が勃興し國難を乗り切った。幕末の外患の危機に際しては、「尊皇攘夷」をスローガンとする明治維新が断行され、日本の独立を維持し近代國家として出発した。

 

 

 

日本ナショナリズムの基礎となるものは、天皇中心の國體を護持する精神である。今こそ天皇を中心とした國家の回復を目指す維新運動を繰り広げねばならない。今日の日本の危機的状況も、ナショナリズムの興起・日本傳統精神の復興により必ず打開し乗り切ることができると確信する。

 

 

 

最近、「皇室のことは興味がない」と言うナショナリストがいるが、國體を否定あるいは軽視するは真の日本的ナショナリズム即ち「尊皇攘夷」ではない。尊皇精神無き攘夷はあり得ないしあってはならない。

 

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