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2014年5月18日 (日)

今こそ、楠公精神即ち絶対尊皇精神・七生報国の精神に回帰しなければならない

『楠公祭』が近づいて来た。日本の古典には「名文」と言はれるものが多数ある。『太平記』の次の一節は、その最たるものであらう。

 

「合戦の習にて候へば、一旦の勝負は必ずしも御覧ぜらるべからず、正成いまだ生きて有ると聞こしめし候はば、聖運遂に開かるべしと思しめし候へ。」

 

「舎弟の正季に向て、そもそも最後の一念に依て、善悪の生(しゃう)を引くといへり。九界の間に何か御辺の願なると問ければ、正季からからと打笑て、七生まで唯同じ人間に生れて、朝敵を滅さばやとこそ存候へと申しければ、正成よに嬉しげなる気色にて、罪業深き悪念なれども、われもかやうに思ふなり。いざさらば同じく生を替(かへ)て、この本懐を達せんと契て、兄弟共に刺違て、同枕(おなじまくら)に伏にけり。」

 

この文章には、楠公の絶対尊皇精神、七生報国の精神が見事にうたひあげられてゐる。

 

落合直文氏の作詩による『櫻井の訣別』もまた、楠公父子の尊皇精神が格調高く切々とうたひあげられてゐる。

 

「櫻井の訣別

 

靑葉しげれる櫻井の

里のわたりの夕まぐれ

木の下かげに駒とめて

世の行末をつくづくと

しのぶ鎧の袖の上に

ちるは涙かはた露か

 

正成なみだをうち拂ひ

わが子正行呼びよせて

父は兵庫におもむかむ

彼方の浦にて討死せむ

汝はこゝまで來れども

とくとく歸れ故里へ」

 

父上いかにのたまふも

見すてまつりてわれ一人

いかで歸らむ歸られむ

この正行は年こそは

未だ若けれもろともに

御供仕へむ死出の旅」

 

汝をこゝより歸さむは

わが私のためならず

おのれ討死なさむには

世は尊氏のまゝならむ

早く生ひ立ち大君に

仕へまつれよ國のため」

 

この一刀(ひとふり)は去にし年

君の賜ひしものなるぞ

この世の別のかたみにと

汝にこれを贈りてむ

ゆけよ正行ふる里へ

老いたる母の待ちまさむ」

 

ともに見送り見反りて

別れををしむ折からに

又もふりくる五月雨の

空に聞ゆるほとゝぎす

誰かあはれと聞かざらむ

あはれ血になくその聲を」

 

日本国家存立の基礎は、国民の尊皇精神である。大楠公は「尊皇精神」を体現された方である。大楠公仰慕の心は、『太平記』『日本外史』などの史書によって後世に伝えられた。明治維新の志士たちも楠公精神を継承して維新を戦ったのである。

 

現代のわが国は、精神的・思想的・政治的に混迷の極に達している。また近隣諸国との関係も緊迫している。今こそ、楠公精神即ち絶対尊皇精神・七生報国の精神に回帰しなければならない。

 

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