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2014年5月14日 (水)

わが国の愛国心・国を守る心は、尊皇精神と一体である

今日よりは顧(かへり)みなくて大君の醜(しこ)の御()(たて)と出で立つ吾(われ)

 

 

 下野の國(現在の栃木県)の防人・火長今奉部与曾布(くわちやういままつりべのよそふ)の歌。「火長」とは『養老令』に「およそ兵士十人を以て一火となす」とあり、兵士十人の長のこと。帝國陸軍で言えば伍長が軍曹の位といふ。十人を一火として炊事を共にさせた。

 

【今日よりは】「今日」は門出・出征の日を指す。【顧みなくて】自分自身の私事は一切顧慮しないといふ意。

【醜】醜悪の意であるが、自らへりくだって言ってゐる。身の卑しさを言ふよりも、大國主命に別名葦原色許男(しこお)の「しこ」と同様に「勇猛」と解釈する説もある。御楯は大君のために矢面に立つ者の意。

【御楯】國の守りの任のことを具体的に表現した言葉。「大君の醜の御楯」で「天皇陛下の兵士」といふ意味になる。

 

 通釈は、「防人としての任務につく今日からは、最早我が身のことは一切顧みないで、ふつつかながら大君にお仕へ申し上げる兵士として私は出発致します」といふ意。

 

 防人の代表的な歌。東國の一兵士の出征に当たっての決意が、決して力むことのない謙虚で静かな調べで表白されてゐる。それでいて確固とした尊皇愛國の精神が歌はれてゐる。自分に言いひ聞かせるやうな簡潔で明快で清潔な表現である。騒々しい歌ではない。天皇への忠誠心・尊皇精神が、権力の強制によるものでは決してないことは、この防人歌の歌ひぶりをよくよく味はへば分かる。萬葉時代の東國庶民はごく自然な感情として尊皇精神を抱いてゐた。

 

與曾布には大君の醜の御楯としての光栄・自負心・矜持・歓喜がある。故に父母・妻・子を顧みないのである。この歌は「海ゆかば…」と同様に千古万古に國民の胸に躍る決意の響きがある。

 

わが国の愛国心・国を守る心は、尊皇精神と一体である。

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