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2014年4月13日 (日)

日本侵略国家史観論(東京裁判史観)を一日も早く払拭すべきである

 

 大東亜戦争において、支那大陸や東南アジアが戦場になったが、決してわが国が東南アジアをその地域を侵略し領土拡大を狙ったわけではない。アジアを長い間侵略し植民地支配していた米英蘭という西欧列強と戦ったのである。米英蘭などの西欧列強は、それまでアジアの資源を独占していたが、わが国の大東亜戦争によって、アジア諸国はことごとく独立を獲得した。支那も然りである。

 

 いわゆる「南京大虐殺」「従軍慰安婦強制連行問題」も政治的作為であり、虚構であることは、歴史家の調査及び種々の文献によって明白である。

 

 そもそも、「侵略」とは、無法に独立主権国家の支配下にある領土等に軍事力で侵入して奪い取り、そのまま長期にわたってこれを占領して主権を侵害するする状態をいう。国際法上の戦争行為・行動や戦争中における一時的占領行為を意味するものではない。

 

 大東亜戦争においてわが国が軍事進攻した地域は、清朝崩壊後、多数の政権・軍閥が並立し統一された独立主権国家が存在していなかった支那大陸と、欧米列強の植民地だったアジア地域であった。支那事変におけるわが軍の支那大陸進攻、大東亜戦争におけるハワイ急襲、マレー上陸・シンガポール攻略、フィリッピン・香港・蘭印・ビルマへの進軍などは、すべて戦争手段たる一時的作戦・戦闘行為であって、断じて侵略ではない。

 

 極東国際軍事裁判(いわゆる東京裁判)を創設したマッカーサーですら、一九五一年五月、米上院の軍事外交合同委員会の公聴会で、「日本が第二次大戦に赴いた目的はその殆どが安全保障のためであった」と述べ、「侵略ではなかった」と証言した。

 

 極東国際軍事裁判の裁判長を勤めたウエップもバーガミニーという人の著書の序文で、「米国も英国も日本が一九四一年に置かれたような状況に置かれれば、戦争に訴えたかもしれない」と書いている。

 

 大東亜戦争は、決してわが国による侵略戦争ではなく、わが国の自存・自衛のための戦いだったのであり、かつ、アジア解放戦争であったのである。欧米列強こそ、アジア侵略の張本人であったのだ。

 

 しかるに、わが国自身がいわゆる「東京裁判史観」に呪縛されたまま、謝罪決議を行ったり、謝罪総理談話を発表したのである。「東京裁判史観」とは、極東国際軍事裁判の多数判決即ち六人の判事の西欧列強のアジア侵略を正当化するためにわが国の行為を一方的に処断した判決を正しいとする歴史観である。

 

 支那共産政府そしてそれに追随する韓国などの外国の手先となって祖国の歴史を冒瀆している国内の反日勢力はまさに売国奴としてこれを糾弾しなければならない。

 

 村山談話に「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ」と述べられている。つまり、昭和初期からの大東亜戦争に至るまでのわが国の歴史が侵略の歴史であったというのである。これは、米英など欧米列強のアジア侵略を正しきものとし、戦勝国の立場に、わが国の総理が立ったことになる。そして誤れるその立場と考え方にわが国の外交が拘束され支配され続けているのである。

 

 わが国が侵略国家であった、許されざる残虐行為を行った民族であるという全く誤った自虐的な歴史観に支配され続けているがゆえに、わが国民は国家と民族に対する自尊心・誇りの念を喪失しているのである。わが国において、愛国、防衛、伝統、道義など国家存立の基本である精神及び体制を整えようとすると、必ず障害となり続けているのが、この自虐的歴史観である

 

 国民が敗戦以来五十年以上にわたって日本民族の名誉・祖国に対する誇りを喪失しているからこそ、今日のわが国の政治は混迷し、外交は自主性を失い、国防体制は整備されず、教育と道義は荒廃しているのである。細川護煕元総理の記者会見や所信表明における「侵略戦争発言」、終戦五十年における「国会謝罪決議」、そして「村山総理談話」は、わが国の政府そして国会が大東亜戦争を侵略戦争であったと規定したことになり、そうした亡国的状況がますます顕著になった。

 

 大東亜戦争侵略史観を払拭し、大東亜戦争は、自存自衛の戦いであり、アジア・アフリカ民族に民族としての自覚と名誉への回復の可能性を与え、ナショナリズム勃興の引き金となった正しき戦いであった、というまともな歴史認識を確立しなければ、わが国の再生はあり得ない。

 

 極東国際軍事裁判で「日本無罪論」の判決を書いたインドのパール判事は、「時が熱狂と偏見とをやはらげた暁には、また理性が虚偽からその仮面を剥ぎとった暁には、その時こそ、正義の女神はその秤を平衡に保ちながら、過去の賞罰の多くにその所を変へることを要求するであらう」と、判決文の最後に書いた。

 

 にもかかわらず、日本国民自身が、今日においてなお「偏見」と「虚偽」から脱出することができないでいる。歴史を大観すれば、明治維新、日清・日露両戦争、満洲事変、支那事変、そして大東亜戦争は、まさに幕末以来の尊皇攘夷の戦い即ち西欧列強によるアジア侵略支配を打破する戦いであったのである。このことをわが国民は正しく認識し理解し、「過去の賞罰の多くにその所を変へる時代」の招来を期するべきである。

 

 わが国に対してのみ植民地経営・帝国主義の糾弾が行われているが、わが国は糾弾されたり謝罪しなければならないような植民地経営・帝国主義的侵略は行っていない。チベットや東トルキスタンや内モンゴルを見てもわかるように、わが国に謝罪しろと執拗に迫ってきている支那こそ帝国主義的侵略と搾取と暴虐の植民地経営を行っている国である。

 

 我々日本人は、祖国と民族の名誉を回復するために、また、将来にわたり誇りある日本人を育てていくためにも、さらには、共産支那・韓国などからのわが国への侮り・内政干渉を排除するためにも、多くの内外史料を精査し、また多角的・立体的視野に立ち、明治維新以来終戦までの正しい歴史観を形成すべきである。

 

 特に、満洲事変及び満洲国建国の正当性、蘆溝橋事件及び支那事変におけるわが国の自衛権行使、米国側の挑発とソ連の陰謀による日米開戦という歴史の真実を正しく認識して、日本侵略国家史観(いわゆる東京裁判史観)を一日も早く払拭すべきである。

 

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