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2014年4月21日 (月)

東洋の平和と理想の道義国家建設のために戦った大西郷の精神こそ、今の日本に最も必要なものです。

西郷隆盛は明治維新の歴史・そして近代日本の歴史・自主独立と発展と繁栄の礎を築いた方であります。

 

我國の歴史上の人物の中で、大楠公・吉田松陰と共に最も敬愛されている人物の一人が西郷隆盛です。大西郷は明治維新の大功労者であり、且つ、維新後も権力に恋々とせず、第二維新運動の指導者として奮闘しました。その西郷隆盛が、西南戦争に敗れ、明治十年九月二四日、鹿児島市内城山において自決してより今年で百二十年になります。

 

文字通り、内憂外患こもごも来るといった状況にある今こそ、我々日本人は、『大西郷の精神』を学ばなければなりません。

 

『大西郷の精神』とは、国家の自主独立の精神であり、皇室を敬い国民に真の平安をもたらす政治の実現です。西洋列強の侵略から祖国を守り四民平等の国を建設するための大変革であった明治維新を戦い、さらに維新後にあってもなお、東洋の平和と理想の道義国家建設のために戦った大西郷の精神こそ、今の日本にもっとも必要なものです。何故なら今の日本は、幕末及び明治初期の我國以上に、外国から侮りを受け、政治は乱れに乱れているからです。

 

大西郷は、「正道を踏み国を以て斃るるの精神無くば、外国交際は全かる可からず。彼の強大に萎縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に順従する時は、軽侮を招き、好親却て破れ、終に彼の制を受るに至らん。「國の凌辱せらるるに當りては、縱令國を以て斃るるとも、正道を踏み義を盡すは、政府の本務なり。」国の陵辱せらるるに当りては縦令国を以て斃るるとも、正道を践み、義を尽すは政府の本務也。然るに平日金穀理財の事を議するを聞けば、如何なる英雄豪傑かと見ゆれども、血の出る事に臨めば、頭を一処に集め、唯目前の苟安を謀るのみ。戦の一字を恐れ、政府の本務を墜しなば、商法支配所と申すものにて更に政府には非ざる也」と言っています。

この言葉こそ今日の我國政府が最も噛み締めなければならない言葉であります。我國は現在、歴史問題・領土問題などで支那・韓国・北朝鮮からなめられ、国家の尊厳性を喪失しています。

 

 大西郷は、「王を尊び民を憐れむは学問の本旨」「萬民の上に位する者、己を慎み、品行を正しくし、驕奢を戒め、節儉を行ひ、職務に精勵して、人民の標準となり、下民をしてその勤労を感謝せしむるに至らざれば、政令は行はれ難し」と述べています。この言葉も今日の我國政治家が噛み締めなければならないと思います。

 また大西郷ののこした言葉以上に彼の歩んだ道、彼の行った偉業そのものにこそ、大西郷が今日の我々に語りかけている大きな教訓があると信じます。

 

大西郷の歩んだ道は「東洋王道路線」(東洋的な帝王が仁徳をもととして国を治めるやりかた)と言われています。何よりも我國伝統の道義精神を根幹とした政治と外交を実行すべしとしたのが西郷隆盛です。     

 

 今日の日本において、「政治改革」「教育改革」「行政改革」というように、「改革」ということがうるさいくらいに言われています。しかし、如何なる理念・精神を根本に置いて「改革」を行うかが問題なのです。

 

 明治維新が「尊皇攘夷」を基本理念にして戦われたように、現代維新においても、「尊皇攘夷」の精神を根底に置いて戦われなければなりません。「尊皇」とは萬世一系の天皇を中核とする國民的統一・道義心の高揚を図る事であり、「攘夷」とは國家民族の自主独立を回復することです。内憂外患交々来るといった状況にある今こそ、尊皇攘夷の精神が必要な時であります。

 

 民族の傳統への誇りを忘却した民族には未来はありません。しかし、我々は絶望してはなりません。上に天皇おわします限り、民族の命は必ず新生し甦ります。そして、民族の歴史の流れ、民族の道統に立脚した変革が行われなければなりません。日本國體精神こそが永遠の維新の原理であります。

 

 我々日本國民は誇るべき國體精神を恢弘してわが國の革新と再生そして世界の真の平和実現に邁進しなければなりません。

 

 

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