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2014年3月31日 (月)

現代維新も「尊皇攘夷」の精神を根底に置いて戦われなければならない

 大東亜戦争後、日本傳統精神が衰微し、今日の日本も、國民精神の面でも政治體制の面でも、日本國の本来の姿が失われ、現代の日本人は、天皇に対する尊崇の念が薄れており、天皇を中心とする國體精神に立脚する変革などといっても無理だという人がいる。

 

 しかし、武家専横の時代において、大半の日本人は、天皇及び皇室を常に意識して生活していたわけではない。天皇のお声を聞くことも、お姿を拝することも全くといって良いほど無かった。にもかかわらず、天皇及び御皇室の御存在が上におわしましたからこそ、武家同士の凄惨な内戦が行われても日本を分裂國家にならず、また、武家による民に対する支配の苛酷さを抑制することができたのである。そして蒙古襲来・幕末の危機・大東亜戦争の敗北などの様々な國難を乗り切ることができたのである。日本国民の心には古代以来、脈々と尊皇精神、皇室を敬う心が生き続けて来たのである。

 

 天皇及び皇室は、興亡常なき日本國の根幹にいまして不変の國家的民族的核心であったのである。このことは現代においても全く変わりはない。国家国民に事ある時に、日本民族の尊皇精神は勃興するのである。東日本大震災の時も、天皇陛下のお励ましとご心配がどれほど国民を勇気づけたか計り知れない。

 

 今日の日本において、「政治改革」「教育改革」「行政改革」というように、「改革」ということがうるさいくらいに言われている。しかし、如何なる理念・精神を根本に置いて「改革」を行うかが問題なのである。

 

 明治維新が「尊皇攘夷」を基本理念にして戦われたように、現代維新においても、「尊皇攘夷」の精神を根底に置いて戦われなければならない。「尊皇」とは萬世一系の天皇を中核とする國民的統一・道義心の高揚を図る事であり、「攘夷」とは國家民族の自主独立を回復することである。内憂外患交々来るといった状況にある今こそ、尊皇攘夷の精神が必要な時であると言える。

 

 民族の傳統への誇りを忘却した民族には未来はない。しかし、我々は絶望してはならない。上に天皇おわします限り、民族の命は必ず新生し甦る。そして、民族の歴史の流れ、民族の道統に立脚した変革が行われなければならない。日本國體精神こそが永遠の維新の原理である。

 

 天地自然に神の命が生きているという信仰が日本の傳統信仰である。そしてその祭祀主が天皇であらせられる。天皇を祭祀主とする信仰共同體が日本國の本姿である。それを現代において回復することが、大切なのである。これが道義の頽廃が根本原因である現代の様々な危機的状況を打開する唯一の方途である。

 

 我々日本國民は誇るべき國體精神を恢弘してわが國の革新と再生そして世界の真の平和実現に邁進しなければならない。 

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