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2014年3月30日 (日)

三潴信吾先生の「皇室論」「憲法論」

本日、資料の整理をしていたら、故三潴信吾先生は『憲法懇話会』において、「自主憲法制定の基本方針」と題して講義された時の小生の聞き書きが出て来た。慎んで掲載させていただきます。

 

三潴先生は次のように語られた。

 

「憲法改正より自主憲法制定が正しい。吉田茂首相は自主憲法制定の意志があった。二十八年の主権回復と共に、自由党として自主憲法制定をするとはっきり言って、自主憲法制定の組織を作るように岸信介氏に命じた。吉田茂は憲法に手を付ける意図がなかったというのは真っ赤な嘘。高柳委員會以前に自由党の憲法調査會があった。

 

日本の祭政一致が外國人にはよく分からなかったので、祭祀は皇室の私的行事であり、國家公共機関がやってはならないとした。明治のはじめに立憲政体になった時、神祇官を太政官の下に置いたのが間違い。マッカーサーからステート(國家権力機関)神道では駄目だと言われた。日本國體において『國家権力機関神道』の否定は当然。

 

象徴という言葉に日本國民は面食らった。帝國憲法には『万世一系の天皇が統治する』と書かれている。個々の天皇のことを言っているのではない。憲法は祖宗の皇統・國體に基づく政体規定。天皇条項は『祖宗の皇統としての天皇』を明確にすべきである。

 

美濃部達吉氏は『天皇は政体においては一つの機関だ』と言った。國體の天皇を機関だと言ったのではない。美濃部氏は戦後『帝國憲法の第一条・第二条は変えるべきはではない』と言った。憲法はステート(國家権力機関)の基礎法。ステートと憲法の拠って立つ基本が國體。

 

西欧デモクラシーは数だけで考えるから衆愚政治になる。質をチェックする必要があるので上・下両院が設けられた。衆議院は量、貴族院は質に重点を置く。数を質で評価する機関が枢密院。宮中に内大臣府があり、天皇の大御心を基として質的柱が立っていた。

 

國會は内閣が招集し、最高裁に違憲立法審査権があるのだから、國會が國権の最高機関と言うのはおかしい。

 

皇祖皇宗へのお祭りは決して私事ではない。國家の行事としての祭祀である。エンペラーの語源は最高権力者であるから天皇をエンペラーと訳してはならない。元号法は次の元号決定の手続き規定。元号は慣習法に根拠がある。

 

英國・デンマーク・オランダという王制の國に行って『貴國は民主主義國家ではない』と言ったら笑われる。現行憲法には、『帝國憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる』とあるにもかかわらず、『日本國民は…主権が國民にあることを宣言し、この憲法を確定する』と書かれているように、天皇が公布せしめたのに國民が確定したという嘘が最初から書いてある」と語られた。  

               ◎

小生いわく。「君主制國家が民主國家ではない。君主制はやがてなくなる」という議論は歴史的現実によって完膚なきまでに否定されている。民主主義・人民を國家の名称にまで用いている國「朝鮮民主主義人民共和國」が世界中で最も専制的・独裁的・侵略的な國であり人民が貧困と飢えに喘ぎ餓死している。ソ連・支那・ラオス・イランなどを見て明らかなように王制・君主制を打倒した國は民主國家になるどころか全く正反対の独裁専制國家になっている。

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