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2014年3月21日 (金)

今こそわが日本は「大和心」を持って支那に対抗すべきである

私が尊敬していた渡辺はま子さんは、最大のヒット曲「支那の夜」をテレビで歌うことは出来なかった。支那という言葉は蔑称だからだと言いう。しかし、支那人自身が自國を支那と称していたのである。一千年以上昔の唐代の三蔵法師以来、支那の仏典において支那という言葉が使われた。なぜなら、中國あるいは中華という漢語は、中央の國という意味であり、仏教信者にとっては、世界の中央とはインドであったからである。

 

 また、近代の章炳麟・梁啓超・胡適・宋教仁・孫文・康有為・茅盾などの革命家・政治家・思想家、小説家も自國のことを支那と言っていた。

 

 支那という言葉の起源は、秦(春秋時代の諸侯の一つ。今の甘粛・陝西省の地方)であるという。決して蔑称ではない。わが國は江戸時代の學者(新井白石といわれている)が、英語のChinaの訳字として支那という漢字を当てたという。したがって、支那という言葉には支那に対する侮蔑の心は全くないのである。(もっとも最近の支那共産政権の侵略主義と専制政治、そしてわが国に不法入国して繰り返す支那人の犯罪は侮蔑されても仕方がないが)

 

 今日においても、國際舞台で支那共産政府自身、自國のことを「China」と名乗っている。ということは、彼らは今日でも支那と名乗っているということなのである。自國が名乗っている言葉を日本人が用いたからと言って、「差別」だの「侮蔑」だのと言って騒ぐのは全くおかしい。支那という言葉が蔑称であり「國家主義的発想」であるのなら、Chinaも悪いということになる。ともかく、支那を支那と言って何が悪いということになるのである。 

 

 「中國」「中華」という言葉は、世界の中心に位置する國という意味であり、きわめて普遍的であって、支那のみが中國なのではなく、前述したようにインドにも「中國」という意識があったのである。わが國日本にも、「中國」という自覚がある。わが國は「葦原中國(あしはらのなかつくに)」ともいう。また、山鹿素行が赤穂配流中に著した歴史書『中朝事実』の「中朝」とは「わが國の朝廷」の御事である。

 つまり、日本人が支那のことを中國というのは、まことにおかしいということになるのである。

 

 ところが、敗戦後、支那に対して誤れる贖罪意識を持つようになった日本人が、「支那」という言葉を自己規制するようになってしまった。ここに大きな問題がある。

 

「中華」を名乗っている支那は有史以来帝國主義的侵略を意図し世界は全て支那の領土と心得ている

 

 支那が「中華」「中國」を自称するのは、支那民族が、周囲の國・民族よりすぐれているという独善的な観念に基づく。そして支那人は、周辺諸國・諸民族を東夷・西戎・南蛮・北狄と言って差別するみならず、支那の支配下に置くことを目的とした対外膨脹思想を抱いている。これを「中華思想」という。

 

 そして支那には、周辺諸國を自國の属國とみなし、これに朝貢(外國人が来朝して朝廷にみつぎものを差し上げること)させて来た長い歴史がある。そうした悪しき伝統は共産主義政権になっても脈々と生きている。と言うよりもますます顕著になっている。だから周辺諸國の領土を掠め取るのは当たり前だし、気に入らない國に対しては武力で恫喝したり制裁を加えるのは当然という考え方があるのだ。現に支那共産政権は、チベット・内蒙古・満洲・新疆ウイグルに対して侵略支配を行っている。

 

 共産支那は政権奪取以来、巨大な陸軍を擁しつつ大陸を支配し、一九六四年には核兵器さえ手に入れた。そして今日、急速な経済近代化・経済建設が進行、その経済力をベースに、露骨に軍事力増強の「富國強兵」策を採っている。

 

 支那共産政権は、「戦前の日本は侵略國家だった。そして日本に軍國主義が復活しつつある」と攻撃しているが、共産支那こそ、アジア最大の侵略國家であり、軍國主義國家である。これに対して、戦後六十年以上にわたって「富國強兵」とは正反対の「富國弱兵」政策を採り続けてきたわが國は、主権國家としての政治的・軍事的力がきわめて弱体である。

 

 このような状況が続けば、日本は「中華帝國」の広域支配下に組み入れられてしまう危険がある。しかるに、わが國においては、「自衛隊や沖縄米軍基地を縮小せよ」という論議が起こっている。実に以て愚かにことと言わねばならない。わが國は、アジア諸國と連帯して中華帝國主義に対抗すべきである。

 

 明治二十五年、日本と清國の関係が風雲急を告げ険悪となった時、わが國民の士気を鼓舞するために、『元寇』(文永十一年<一二七四>と弘安四年<一二八一>の二度にわたる蒙古来襲)という歌が作られた。それには、

 「四百余州をこぞる/十万余騎の敵/國難ここにみる/弘安四年夏のころ」

 「多々良浜部の夷(えみし)/そは何蒙古勢/ここぞ國のため/日本刀を試しみん」

 

 今日の支那もわが國に対して、過去の歴史問題で、「永遠に謝り続けろ」「金と技術を寄越せ」と言って「朝貢」を求めてきた。そしてわが國政府は、謝罪を繰り返し、金を貸す方の日本が北京に呼びつけられて「円借款」を行ってきた。支那は日本から脅し取った金でアジア侵略と自國民弾圧のための軍事力拡張を行っているのだ。こうした事態は、「第二の元寇」といっても言い過ぎではない。

 

 今こそわが日本は「大和心」を持って支那に対抗すべきである。まず以て、わが國國内の媚中派・売國勢力を駆逐しなければならない。

 

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