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2014年3月 6日 (木)

日本國はまさに今に生きる祭祀共同体である

日本國はまさに今に生きる祭祀共同体である

 

日本は古代より言葉の真の意味における平和な國であった。伊勢皇大神宮の祭祀とたたずまひほど平和で清らかなものは無い。伊勢皇大神宮に限らず、全國各地の神社・神宮は清浄であり、穏やかであり、美しい。

 

國全体の祭祀主として、天皇がおはします。日本各地に神社があり、神社が無い共同体は殆どない。天皇は祭祀共同体日本の精神的中心者であり、神社は各地の共同体村落の精神的中心である。五穀の豊穣と民の幸福といふ共同体共通の祈りが捧げられ、願ひが訴へられる場が神社である。神社とは、常に村全体、共同体全体の神が祀られてゐる社(やしろ)である。そしてその神社に祀られてゐる神を「氏神」と申し上げ、その神社を崇敬する人々は「氏子」と呼ばれる。それぞれの共同体において日本の神々は「親」と仰がれ、民は「子」として慈しまれる。

 

小生が居住する東京下町の千駄木(旧町名・駒込坂下町)の周辺には古くからの神社があり、初夏から秋にかけて祭りが行はれる。わが家は、千駄木の隣町・根津に鎮座する根津神社の氏子である。根津神社の御祭神は須佐之男命で、景行天皇の御代に日本武尊が御東征の折この地に来られた時、千駄木の地に須佐之男命を追慕して創始したと傳へられる。文明年間(一四六九~八七)大田道灌が社殿を奉建した。徳川五代将軍・徳川綱吉は宝永三年(一七〇六)、根津の地に社殿を造営した。明治維新後、明治天皇により、勅祭社に准じられた。大東亜戦争で被災せず、徳川綱吉が造営した時の建造物が現存しており國指定の重要文化財となってゐる。

 

わが町周辺は日本武尊の遺跡が多い。近くの湯島には日本武尊と弟橘姫を祀った妻恋神社がある。駒込といふ地名も日本武尊があたりを見渡して「駒込み(混み)たり」と言ったことに由来すると傳へられる。馬がたくさん生息してゐたといふ地名傳説である。

 

南側の隣町・湯島には、湯島神社が鎮座する。御祭神は、天手力雄命・菅原道真公。雄略天皇二年(四五六)一月、勅命により創建されたと傳へられる。

 

北側の隣町・本駒込には、天祖神社が鎮座する。小生が通った中学校の隣にある神社で、御祭神は天照大御神。文治五年(一一八九)五月、源頼朝が奥州の藤原泰衡追討に赴く途次、靈夢により創建したと傳へられる。

 

本駒込には、さらに富士神社が鎮座する。御祭神は、木花咲耶姫命。加賀前田藩邸(今日の東京大学)に祀られていたが、寛永五年(一六二八)の現在地に遷座した。霊峰富士への山岳信仰の神社である。

 

東側の隣町・日暮里には、諏方神社が鎮座する。この神社はどういふわけが「諏訪」とは表記しないで「諏方」と表記する。御祭神は、建御名方命。元久二年(一二〇二)豊島左衛門尉経泰が信州諏訪神社より勧請して創建したと傳えられる。日暮里・谷中総鎮守である。

 

このやうに、わが家近くの神社には、皇祖天照大御神、須佐之男命、天手力雄命、木花咲耶姫命、建御名方命、菅原道真公などの神々が祀られてゐるのである。そしてこれらの神社を中心とした共同体が今も生き続けてゐる。有難き限りである。

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