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2014年3月27日 (木)

祭祀・生産・軍事といふ国家存立の三大要素の体現者が日本天皇であらせられる

「まつりごと」「生産」「軍事」といふ国家存立の三大要素が、天皇の国家統治を表象する「三種の神器」の意義である。天皇の御権能、国家統治の御精神は「三種の神器」に示されてゐる。

 

「三種の神器」には鏡=祭祀・政治、玉=豊穣・生産、剣=軍事の意義がある。祭祀・生産・軍事の継承者・中心者・体現者が天皇であらせられる。皇室の道統に「武・軍事」がある。

 

わが国傳統信仰において「剣」とは、単なる武器・人斬り包丁ではない。神の力が発現する神聖なる器物である。さらに、「剣」には、武勇・克己の精神が象徴される。剣は、己に克ち、無私の精神を象徴してゐる。

 

わが国においては、文化・政治・宗教などありとあらゆるものが、わが国におけるもっとも神聖なるご存在であらせられる天皇によってその倫理性・道徳性が保証される。であれば、軍事がその例外であるはずはない。

 

軍の政治的中立性、生命を賭けて国を守る精神と行動の精神的源泉は、天皇への忠節の心である。わが國における國軍の道義性は、「わが国軍は天皇の軍である」といふ精神から発する。道義を喪失した軍隊は、単なる暴力装置である。覇道精神・強いもの勝ちの精神が支配する軍は、悲劇を招く。

 

『陸海軍人ニ賜リタル勅諭』に示されてゐる通り、中世以降に武家が台頭し國政を掌握したことは、わが国の本来のあり方ではない。戦後日本のやうに、天皇と軍を全く切り離すことは本来の姿ではない。天皇が政治・軍事・祭祀の至高の権能を保持されるのが本来のあり方である。それによってわが国の道義が保たれるのである。

 

天皇を、国軍の尊厳性・道義性の拠り処とし、最高の精神的栄誉的統帥者として仰ぐ「天皇尊崇の精神」が、覇道精神・強いもの勝ちの精神を抑制する。

 

高橋紘氏は、「明治初期に新しい国家を造るにあたって、天皇は陸海軍の統率者・統帥者であらねばならなかったから、天皇は男系の男子とした。女帝であってはさまにならないとした。」「明治以後、男系の男子でなければ皇位につくことあたはずとしたのは、女性では大元帥陛下として軍を統帥できないからだ」と論じてゐる。

 

畏れ多いが、女性天皇も「三種の神器」を継承され、「剣」のご精神を体現された。女性天皇も軍の統率者であられた。事ある時には男帝女帝の別なく、天皇の御本質・御稜威が発現する。斉明天皇は、斉明天皇六年(六六0)、百済救援のために、御自ら全軍を率いて九州朝倉まで兵を進められた。

 

今日、政治の混乱・道義の低下・外圧の危機が顕著になってゐる。そして人々の心の中に不安と空虚感が広まってゐる。これを克服するためには、日本民族としての主体性が大事になってくる。

 

わが國の歴史において、日本國民の価値判断の基準は常に、天皇を中心とするわが國體の精神であった。特に政治・倫理・文化・軍など國家民族形成の基本においてしかりであった。大化改新・明治維新の歴史を見て明らかなやうに、急速な変化と激動の中でわが國が祖先から受け継いだ伝統を守り、かつ変革を為し遂げた核は天皇のご存在であった。

 

わが國の歴史始まって以来、日本といふ統一された國家を体現する核が天皇であった。どのやうな困難な時期においても、日本國家・日本民族が常に伝統を守り統一体としての國家民族を維持し、かつ、新しいエネルギーを結集して國家変革を行った。その中心の核が天皇であった。

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