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2014年3月15日 (土)

茂木貞純国学院大学教授の講演内容

一月二十九日に開催された『國體政治研究会』における茂木貞純国学院大学教授による「三島由紀夫と昭和二十一年元旦の詔書」と題する講義の内容は次の通り。

 

「敗戦後はじめてのお正月に、本詔書が渙発された。元旦に詔書が渙発されるのは異例。即刻、マッカーサーが歓迎の談話を出した。新聞は『神格否定』という紙面になった。冒頭に『五箇条の御誓文』が示されている。大半が国民への励ましのお言葉。多くの人が驚いた。三島由紀夫氏は二十歳で、大きな衝撃享けた。承詔必謹の論理でこの詔書を肯う人もいた。占領下であるので、屈辱の文献だという反応もあった。国学院の折口信夫先生は箱根の別荘に籠って深刻に悩んでいる。折口先生は戦前は『天子即神論』であったが、戦後は『天子非即神論』を主張。神道宗教論の主張をされるようになる。今、戦前と同じような事を言うと、天皇にご迷惑がかかるとした。神社界にも衝撃が走った。占領下で止むを得ない屈辱の時代の詔であると明記しなければならないという反応もあった。昭和三十年代になって、幣原喜重郎首相の伝記、前田多門の論文

などで渙発の経緯が明らかになった。昭和天皇から、『五箇条のの御誓文』を入れることができないだろうかとの御示唆があった。十二月二十九日、詔書の冒頭に『五箇条の御誓文』がそのまま入ることになった。昭和天皇の大御心によって加えられた。友人であった佐伯彰一の三島由紀夫に対する評価が的を射ている。戦後作家の中で最も西洋化した作家。相手の武器を奪い取って実践的に我がものとした。攘夷と開国を一身に我がものとした。明治維新の実行者の正統な継承者。自己のジレンマに向かい合っている。『潮騒』は神話物語のような素朴さ。キリスト教の影響を受けない多神教世界を描こうとした。『歌島』を日本に置き換えると良い。戦後は有無を言わせない開国。明治維新は自主的開国。防衛すべき窮極の存在・文化概念として天皇を把握した。『今上であらせられると共に原初であらせられる天皇』とはおよそ『人間宣言』とは遠い存在」。

 

以上の記録は、小生のメモと記憶によるものですので、大事なことを書き落としていると思います。ご容赦ください。

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