« 千駄木庵日乗三月七日 | トップページ | 千駄木庵日乗三月八日 »

2014年3月 8日 (土)

日本人の倫理観は、明・浄・直の心を理想とした

麗しい山紫水明の風土に育まれた日本人の倫理観は、明・浄・直の心を理想とした。「清明心」とは、私心の無い真心、くもりの無い清き心・明るい心のことである。すなわち穢れや闇さのない心である。古代日本人は、「キヨキ心」「アカキ心」(清らかさ・明るさ)を最高の道義的価値とし、「キタナキ心」「クラキ心」(汚さ・闇さ)を嫌った。「清は善」「穢は悪」という価値観である。わが国伝統信仰たる神ながらの道で「禊祓」が重視されるものこのためである。浄穢という美的価値観と善悪という道徳的価値観とが一体となっている。

 

天照大神は、高天原に上ってきた須佐之男命に「然(しか)らば汝(みまし)の心の清明(あか)きはいかにして知らむ」と宣(の)りたもうた。須佐之男命が高天原に上って来られた時に、命の「清明心」を証明することを求められたのであった。

 

天照大神が、天の石戸からお出ましになった時、八百万神々が一斉に「天晴れ、あな面白、あな楽し、あな清明(さや)け、おけ」と唱えたのも、日本民族が、天皇を明るく爽やかに晴れ晴れしく仰ぎ仰慕することを道義の根本として来たからである。

 

『宣命』には、明・浄・直という言葉が屡々使われている。今日残っている『宣命』で最も古い『文武天皇即位の宣命』には、「明(あか)き淨(きよ)き直(なお)き心以ちて、御稱(いやすす)み稱みて緩怠(たゆみおこた)る事無く、務結(つとめしま)りて仕奉(つかへまつれ)と詔(の)りたまふ大命(おほみこと)を、諸(もろもろ)聞食(きこしめ)さへと詔(の)る」と示されている。

 

明治天皇御製

 

あさみどり澄みわたりた る大空の廣きをおのが心 ともがな

 

さしのぼる朝日のごとく さはやかにもたまほしき はこころなりけり

 

この御製において、明治天皇は清明心の尊さをお示し下っている。わが国において古来、正直・真面目・潔さ・清廉潔白・光風霽月の心境・誠・真心ということが尊ばれたのは、「清明心」を道義の基本に置いているからである。 

 

日本民族の道義の根本である「清明心」の体現者として天皇を仰いだ。天皇を限り無く仰慕し、祖國を限り無く愛し、天皇及び國家のために私心無く奉仕する誠の心、即ち<滅私奉公>の誠を尽くすという道義精神が、親孝行・兄弟愛・夫婦愛・友愛・人類愛などの一切の徳目を包摂する。

 

神聖なる信仰共同体の体現者・中心者・統率者が天皇であらせられるから天皇への無私なる帰属意識が究極の道義なのである。それは権力への屈従ではなくして、柔らかな優しいおのづからなる仰慕の心・むすびの心である。混迷の淵にある祖國日本を起死回生せしめるには、わが國の伝統的な國家観と道義精神を回復せしめなければならない。

|

« 千駄木庵日乗三月七日 | トップページ | 千駄木庵日乗三月八日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/59254823

この記事へのトラックバック一覧です: 日本人の倫理観は、明・浄・直の心を理想とした:

« 千駄木庵日乗三月七日 | トップページ | 千駄木庵日乗三月八日 »