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2014年3月10日 (月)

古代日本人の「岩」への信仰

 古代日本人は、岩といふものを非常に神秘的に考へた。地下と地上とをつなぐものと考へた。大きな岩を墓に用いるのは、地下の靈が地上に出てくるのを押さへる役目を持たせたからといふ説もある。岩には死んだ人の靈が籠ると信じた。墓石には「新たなる使命を帯びて地上に再び蘇るまでそこに鎮まっていただきたい」といふ祈りが込められてゐる。萬葉時代は、かかる古墳時代の信仰がまだいきいきと生きてゐたのである。古墳時代の信仰を継承してゐる歌人が柿本人麻呂である。

 

 「岩」は「いはふ」から出た言葉である。「いは(齋)ふ」は、神に対して穢れと思はれることを謹み、淨め、敬虔な態度を持して神を祀ること。また、さういふ態度をとって穢れに乗じてくる邪悪を避けようとする行ひをもいふ。つまり、身を清めて神を祭ることを齋(いは)ふといふ。そして、人々が集まって籠るところをいへ(家)といふやうになった。

 

 岩や石は神仏や死んだ人の魂が籠ってゐると信じそれを拝むやうになった。特に巨岩は威力があり人格化され意志を持ち人間に語りかける靈妙なものと信じた。

 

 『國歌君が代』の

「君が代は千代に八千代にさざれ石のいはほとなりて苔のむすまで」

 は、石は靈が籠ってゐるので次第に成長して岩となるといふ信仰が歌はれてゐる。「天皇の御代は、千代に八千代に小さな石が次第に成長して大きくなり大きな岩となって苔がむすまで永遠であっていただきたい」といふ意である。

 

 「いは」のイは接頭語で、「いのち」「いきる」といふ言葉がある通り生命力を意味する。           

 

 『天の岩戸』の「岩戸」とは、大地のイメージであり、母のイメージである。大地の母に回帰する信仰があらはれたのが、天照大神の岩戸隠れである。

 

 「岩」が名前についてゐる女性には精神的・靈的に力が強い人が多い。その代表的ご存在が磐姫皇后(いはのひめのおほきさき・仁徳天皇の皇后)であられる。とても嫉妬深い皇后であらせられ、天皇にお仕へする女性のことが噂に上っただけでも、床に横になられて御足をばたばたさせて悔しがられた。また、天皇が寵愛された黒姫といふ女性を宮廷から追放された。黒姫が船に乗って故郷の吉備の國へ帰るのを皇居から見送られた仁徳天皇が、別れを惜しまれて、

 

 「沖邊には 小舟つららく 黒ざやの まさづこ吾妹 國へ下らす」(沖の方には小舟が続いてゐる。あれはいとしのあの子が国へ帰るのだなあ、といふ意)

 

といふ御歌を詠まれた。磐姫皇后はこれを大変お怒りになられ、人を派遣して黒姫を船から引きずり下ろして徒歩で故郷に帰らせたと、『古事記』に記されてゐる。

 

 鶴屋南北の『東海道四谷怪談』に出てくる靈的力の強い女性の名前は「お岩」である。

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