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2014年3月 7日 (金)

天皇を祭祀主と仰ぐ祭祀國家の本姿を回復することが現代の救済につながる

日本人の伝統信仰において祭られる神は、自然に宿る神と祖霊神である。日本人の信仰の基本は「敬神崇祖」と言われる。「敬神」とは自然に宿る神を敬う事であり、「崇祖」とは祖霊を崇めることである。

 

わが國の神々は、天津神、國津神、八百萬の神と言われるように、天地自然の尊い命であり、先祖の御霊である。わが國伝統信仰は、自然の中に生きる神の命と人間の命とが一体となって結ばれる信仰である。それと共に、自分たちの祖先の霊を崇め感謝し奉る信仰である。

 

その最も端的な例が、天照大神への信仰である。天照大神は、農耕生活にとって最も大切な太陽神であられると共に、その太陽神を祭られる祭り主であられる「すめらみこと」=天皇の祖先神であられる。そして天照大神は日本民族の親神として崇められて来たのである。

 

自然を大切にし、自然の中に神の命を拝ろがむ心、そして祖先を尊ぶ心が日本人の基本精神である。それはきわめて自然で自由で大らかな精神である。

 

今日、自然破壊が人間の心を荒廃せしめる大きな原因になっている。わが國の自然を大切にする心=自然保護の精神は、歴史的にも文化的にも『神社の森』『鎮守の森』がその原点である。我が民族の祖先は、古代から神々の鎮まる緑豊かな『神社の森』『鎮守の森』を大切に護って来た。それは鎮守の森には、神が天降り、神の霊が宿っていると信じて来たからである。鎮守の森ばかりではない。ふるさとの山や海に神や精霊が生きていると信じてきたのである。秀麗な山にも神が天降り、神の霊が宿っていると信じて来た。

 

天皇の御祖先である邇邇藝命は高千穂の峰に天降られたのである。そして、富士山・三輪山・大和三山・出羽三山・木曾山など多くの山々は神と仰がれ今日に至っている。

 

さらに、海の彼方にも理想の國・麗しい國があると信じた。それが龍宮信仰である。海は創造の本源世界として崇められた。

 

わが國の麗しい山河、かけがえのない道統を重んじ、日本の伝統的な文化を大切なものとする姿勢を取り戻し、祖國日本への限り無い愛と、國民同胞意識を回復しなければならない。我が國は神話時代(神代)以来の伝統精神すなわち日本國民の歩むべき道がある。それに回帰することによって現代の混迷を打開すべきである。

 

わが國の伝統信仰における最も大切な行事は祭祀である。祭祀は、自然と人の命を拝み、自然と人の命を大切にする精神の實践である。

 

天皇は日本国の祭祀主として、新嘗祭、春季皇霊祭、秋季皇霊祭などの多くの祭祀を行わせられている。そしてその祭祀は、自然に宿る神々と皇祖皇宗のご神霊へのお祭りである。天皇は、敬神崇祖の最高の実践者であらせられるのである。

 

祭祀は、自然を破壊し人の命を軽んずる現代の状況を救済し打開する原理となると確信する。日本伝統精神の価値は今日まことに大切なものとなっている。天皇を祭祀主と仰ぐ祭祀國家の本姿を回復することが現代の救済につながる。

 

天地自然に神の命が生きているという信仰が日本の伝統信仰である。そしてその祭祀主が天皇であらせられる。天皇を祭祀主とする信仰共同体が日本國の本姿である。それを現代において回復することが、大切なのである。これが道義の頽廃が根本原因である現代の様々な危機的状況を打開する唯一の方途である。

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