« 千駄木庵日乗二月十七日 | トップページ | 千駄木庵日乗二月十八日 »

2014年2月18日 (火)

患者とその家族そして病院・医師・看護師について

父の長期入院、そして逝去。さらに、昨年末から、母が入院し、体力が弱っている。この五年間ほど、医療と病院との関わりが続いている。今日の医療の実態、特に老人医療について色々考えさせられている。

 

患者とその家族は実に弱い立場である。かけがえのない家族・肉親の命にかかわることであり、入院している家族肉親が、早く回復し退院することを心より願う。また、出来るだけ苦しみか少ない入院生活であることを願う。

 

しかし、それは家族にはどうにもならない。医師と看護師に任せねばならない。医師と看護師が適切な治療や看護をしてくれることを願うばかりである。医師と看護師に対する信頼が大切である。

 

ところが、この約五年間父母の入院生活、そして治療を通じて実感するのは、信頼を寄せることが実に難しいという事である。

 

父のことを今日は書くことができないが、母は、昨年十一月、東京厚生年金病院に入院した。そして入院の原因となった病気はほぼ治癒し、明日退院という前日に、ノロウィルスに院内感染してしまった。そして約一か月、ほぼベッドに縛り付けられた状態が続いた。体力は急激に衰え、認知症も進行した。

 

やっと転院ということになったが、転院する時、東京厚生年金病院から、院内感染についての正式な謝罪は何もない。実に許し難いことである。病院が親の仇のように思える。東京厚生年金病院と言えば、都内でも有数の大病院である。しかるに、まったく患者及び家族の切実な思いというものを無視した理不尽な対応である。

 

病院、そして医師、看護師は、患者の重態とか死去という事は、文字通り日常茶飯事であろう。しかし、患者自身や家族にとっては一生に一度の事である。その落差は実に大きい。九十歳以上の老人が重篤な病になったら、もう助からない、どうしようもない、死んで当たり前という考えがあるのだろうか、そうは思いたくないが、そう思わせるような態度、言動、それがひしひしと感じられることがある。

 

今日は、今、母が入院している病院の医師から、重大なことを告げられた。しかも立ち話である。家族と患者にとって一生に一度の大事を、立ち話で済ますという態度が私には許せない。人の命を一体何と思っているのか。

こういうことはあまり書きたくはなかったが、どうにもこらえることができず、書いてしまった。

|

« 千駄木庵日乗二月十七日 | トップページ | 千駄木庵日乗二月十八日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/59154756

この記事へのトラックバック一覧です: 患者とその家族そして病院・医師・看護師について:

» fitflops clearance [fitflop australialH1Maid Interface]
I directly instead of red Ling said: "Do you mean to atta fitflop australia ck in eight pheasant mirror of God whil fitflops australia... [続きを読む]

受信: 2014年2月18日 (火) 20時41分

» fitflops clearance [fitflops australiazT2Volume III Chapter XII I came back three HU Khan]
Volume III Chapter XII I came back three HU Khan,fitflops aus fitflops australia tralia phone bo [続きを読む]

受信: 2014年2月18日 (火) 20時42分

« 千駄木庵日乗二月十七日 | トップページ | 千駄木庵日乗二月十八日 »