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2014年2月 4日 (火)

今こそ、言霊の力による国の再生が図られなければならない

現代日本はまさに国家的危機に瀕している。今こそ、言葉を正さねばならない。やまとことばの復興、言霊の力による国の再生が図られなければならない。一切の改革・変革の基本に、言霊の復興がなければならない。

 

情報とは言葉である。今の日本は情報・言葉は洪水のごとく氾濫し、濫用されている。森本和夫氏は、「スターリンによって、『生産用具、たとえば機会と違わない』といわれた言語が、ますますその方向を突き進んで、いまや生産用具の主座にすわろうとしている。それこそ“情報社会″と呼ばれるものの意味であろう」(『沈黙の言語』)と論じている。

 

言葉が意志伝達の手段としか考えられなくなり、人間が言葉への畏れを無くした時、人氾濫し濫用された時、文化と道義は頽廃し、人間は堕落する。それが現代社会である。

 

言葉への畏れを喪失するということは、言葉を単なる情報伝達の手段と考えることである。「言葉は意志伝達の手段、人間の扱う道具だ」という観念が、国語の軽視と破壊の原因である。言葉が単なる情報伝達の手段であるのなら、なるべく便利で簡単で負担が少ない方が良いということになる。漢字制限はそういう安易な便宜主義・目先の理由によって行われたと考える。

 

それは言霊の喪失である。現代ほど言霊が軽視されている時代はない。文藝においてすら言霊を喪失している。そして日本人の魂は、今、よすがなく彷徨っているように思える。さまよえる魂を鎮め、鎮魂し、再生させるために、やまとことば・言霊の復活が大切である。それは、言霊が籠り、天地(あめつち)を動かし目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思わせる「やまと歌」の復活である。今日において、まさに、「国風文化」が復興しなければならない。

 

大化改新という大変革・壬申の乱といふ大動乱の時に『萬葉集』が生まれ、平安中期の国風文化勃興の時に『古今和歌集』が生まれたように、畏れ多いが、国難に晒されてゐる今日においても、偉大なる「勅撰和歌集」が撰進されるべきであると信ずる。それが言霊の復活であり、世の乱れを正す大いなる方途である。

 

日本天皇を「すめらみこと」と申し上げる。「すめらみこと」とは、天つ神の「みことのり」「神勅」を地上において実現される最高に尊いお方という意味である。日本の「言葉」で最も大切な言葉は、天皇の「みことのり」(詔勅)である。「詔を承りては、必ず謹む」精神即ち「承詔必謹」が日本国民の最高絶対の道義精神であり、国家永遠の隆昌の基本である。

 

 「言靈のさきはへ」が今こそ必要なのである。和歌の復興が必要なのである。現代日本において和歌を詠む人は多いが、変革の情念、特に日本人の深層精神において継承して来ている民族の共同精神を表白し訴えるものとしての和歌を詠んでいる人は少ない。真の意味において和歌が復興した時代こそが日本が再生した時代である。和歌の力というものの偉大さを今こそ実感すべきである。

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