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2014年2月10日 (月)

昭和十六年十二月八日の一億の感激

『米國及び英國に對する宣戦の詔書』渙発が、いかに國民に感激を與へたかを示す文章及び歌を記させていただく。

 

保田與重郎氏「對米宣戦の大詔を拝し、皇國の向ふところ、必ず神威発するあるを確信した。…神命は常に國際謀略を霧消せしめ、萬民草莽の苦衷は必ず大御心のしらしめすところ、まことに神州たる所以、神州不滅の原理を感銘し、感動し、遂に慟哭したのである」(『日記』)

 

河上徹太郎氏「遂に光栄ある秋が来た。…これまでの政府の抜かりない方策と手順、殊に開戦劈頭聞かされる輝かしき戦果。すべて國民一同にとって胸のすくのを思はしめるもの許りである。いまや一億國民の生まれ更る日である。…私は今本当に心からカラットした気持ちでゐられるのが嬉しくて仕様がないのだ。…混沌暗澹たる平和は、戦争の純一さに比べて、何と濁った、不快なものであるか!」(『光栄ある日』)

 

青野季吉氏「米英に宣戦が布告された。当然の帰結といふ外はない。戦勝のニュースに胸の轟くのを覚へる。何といふ巨きな構想、構図であらう。」(『経堂襍記』)

 

折口信夫氏「宣戦のみことのりの降ったをりの感激、せめてまう十年若くて、うけたまはらなかったことの、くちをしいほど、心をどりを覺えた。けれども、その日直に、十首近く口にのって作物が出來、その後も、日を隔てゝ幾首づゝ、何だか撞きあげるものゝやうに、出來たのである。」(『「天地に宣る」追ひ書き』)

そして折口氏などの歌人は次のやうな歌を詠んだ。

 

折口信夫氏

暁の霜にひゞきて 大みこゑ 聞えしことを 世語りにせむ

天地に響きとほりて 甚大(おぎろ)なる 神の御言(みこと)を くだし給へり

 

尾上柴舟氏

大勅(おほみこと)捧げまつればおのづから心のふるへ手に及ぶかも

 

佐々木信綱氏

あなさやけ今日のさやけさ國つ敵(あだ)うてとし宣(の)らす大詔(おほみこと)くだる

 

土岐善麿氏

撃てと宣す大詔(おほのことのり)遂に下れり撃ちてしやまむ海に陸に空に

 

影山正治氏

「いざ行きて今こそ撃てと待ち待ちし神のみことは天降りたり」

「そ根芽つなぎ撃ちてし止まむ皇軍(みいくさ)の起ちのきほひはさやかなるか、

 

中河幹子氏(中河與一氏夫人)

「戦へば勝つ皇軍やいにしへゆしか思へども涙あふるる」

 

中村武彦氏は、戦争直後獄中で「今こそ撃てと詔(みことのり)/承けて起ちたる暁の/あの一億の感激を/敗けたからとて忘られよか/そうだ敗けても國護る/大和魂われにあり」と歌った。

 

まさに昭和十六年十二月八日の一億の感激は、歴史から抹殺することもできなければ否定することもできない。況や「間違ってゐた」などと言ふのはあまりにも僭越であり、靖國の英霊も、そして銃後でアメリカ軍の爆撃などによって斃れた無辜の國民も、ソ連に抑留され彼の地で非業の最期を遂げた多くの同胞も、さらに大東亜戦争に協力して戦ひ戦死された多くの東亜同胞も、犬死だったといふことになる。

 

そのやうな歴史観では日本民族の誇り・自尊心を取り戻すことは出来ない。そればかりではなく、上御一人の『開戦の詔書』『終戦の詔書』を否定することとなる。

 

大東亜戦争を侵略戦争として断罪し、他國に謝罪することによって國際協力を果たさうとするのか、あるいは大東亜戦争の果たした役割と意味に誇りを持ち、歴史の継承から世界に貢献しやうとするかは、同じ世界への寄與でも全く違ってくる。

 

欧米列強からの独立・解放が日本の努力とアジア諸民族の奮闘によって實現した今日、アジアにおいて大東亜共栄圏に近いものが生み出されてつつある。『大東亜共同宣言』に謳はれた理想は今こそ完全に實現されなければならない。問題は、日本國民の多くがいまだに敗戦後遺症から脱却できないがゆゑに亡國の危機にさらされてゐることである。これを正す事が今日最も大切であると信ずる。

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