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2014年2月 5日 (水)

 もののふとは

 

もののふとは、武人・武士のことを、やまとことば(和語すなわち漢語や西洋などからの外来語に対し、日本固有の語)で言った言葉であり、雅語(上品な言葉。正しくてよい言葉。特に、和歌などに使う、平安時代風の言葉)的表現である。

 

 「もののふ」とは、「宮廷を守護する者」即ち「物部」の音韻が変化した語である。「もの」とは「もののけ」の「もの」と同じで、不思議な霊力がある存在のことである。物部氏という氏族は、もっとも有力な「もののふ」だったという。

 

 「物部」の原義は、宮廷の妨げをするものを平らげ鎮める働きをする部(群れ・組。世襲的に一定の職業に従事した団体)のことである。物部氏は、古代の氏族の一つで、朝廷の軍事・刑獄のことを司った。古代日本では、霊的力即ち巫術(呪術の一つ。超自然的存在が人にのりうつり、その人を通して話し、行動する術)を以て戦場に臨み、敵軍を守る精霊を抑圧するものが「もののふ」(物部)であったという。

 

 もののふのみち即ち武士道は、物部、大伴の二氏によって明確なる史実として表現せられた。

 

 物部氏は饒速日命の後裔で武勇を以て聞こえた家柄で、神武天皇に奉仕し、御東征の折に大和で長髄彦を討って勲功があった。大伴氏と共に宮門を護衛し、軍事を担当した。これが後世武士の起こる濫觴とされている。用命天皇の崩御直後(用命二年・五八七)、仏教受容を唱えた蘇我氏の馬子と物部守屋が争い破れて物部氏は滅びた。

 

 なお、「武士」(ぶし)とは、折口信夫の説では、野に伏し山に伏して主君のために仕える者であるからという。「伏す士」という事であろうか。

 

 もののふの道(武士道)とは、古代日本(古事記・萬葉)においては、宮廷を守護すること即ち皇室に忠誠を尽くすという精神である。それが原義である。

 

笠金村の次の歌にそれは明らかである。(笠金村は伝未詳。作歌年代の明らかな歌は、霊亀元年【七一五・元正天皇の御代】から天平五年【七三三・聖武天皇の御代】まで)

 

「もののふの 臣(おみ)の壮士(をとこ)は 大君の 任(まけ)のまにまに 聞くといふものぞ」

(武人として朝廷に仕える男は、大君の仰せの通りに御命令の通りに聞き従   うものであるぞ、という意)。

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