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2014年2月 9日 (日)

孝明天皇と明治維新

孝明天皇御製

 

「あさゆふに民やすかれとおもふ身のこゝろにかゝる異國(とつくに)の船」

「戈とりてまもれ宮人こゝへのみはしのさくら風そよぐなり」

 

東亜百年戦争といはれた。阿片戦争以来の歴史を顧みなければ、大東亜戦争の意義は理解できない。この御製は侵略の危機に瀕する日本を憂へられた御歌である。この御製を拝した多くの志士たちが尊皇攘夷の戦ひに決起した。

 

宮部鼎蔵(熊本藩士。尊攘派志士として、京都を中心に活躍。諸藩の有志たちと協議を重ね尊攘派運動を推進したが、池田屋事件にて自刃)は、孝明天皇の御製にこたへ奉り、次の歌を詠んだ。

 

「いざ子ども馬に鞍置け九重の御階(みはし)の桜散らぬその間に」

 

維新の志士の孝明天皇への赤誠・戀闕の心が、尊皇倒幕・明治維新の行動を起こさしめた。

 

徳富蘇峰氏は、「維新の大業を立派に完成した其力は、薩摩でもない。長州でもない。其他の大名でもない。又当時の志士でもない。畏多くも明治天皇の父君にあらせらるゝ孝明天皇である。…孝明天皇は自ら御中心とならせられて、親王であろうが、関白であろうが、駆使鞭撻遊ばされ、日々宸翰を以て上から御働きかけになられたのである。即ち原動力は天皇であって、臣下は其の原動力に依って動いたのである。要するに維新の大業を完成したのは、孝明天皇の御蔭であることを知らねばならぬ。」(『孝明天皇を和歌御會記及御年譜』「序」)と論じてゐる。

 

孝明天皇の國を憂ひ民を思はれる大御心が明治維新の原点であり、孝明天皇の大御心にこたへ奉る変革が明治維新であった。君民一體の神國日本の清潔さ・純潔を守らうといふ國粋精神が日本の独立を守った。そしてその國粋精神の體現者・實行者が孝明天皇であらせられた。

 

 

 

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