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2014年2月28日 (金)

日の神を祭る祭祀共同體が我が國の起源であり本質である

日本の統一は、分立してゐた地方の共同體勢力がともどもに日の大神=天照大御神の権威を承認することによって成就した。日の大神の御子である「日の御子」と呼ばれる祭祀主の信仰的権威によって統一したのである。日本各地から太陽神祭祀の象徴である鏡が数多く発見されてゐる。

 

天照大御神をお祭りする祭り主たる天皇は、地上における天照大御神の御代理・神聖なる御存在=現御神として仰がれるやうになった。信仰共同體・日本國の〈生きた全體性〉は天照大御神とその地上的御顕現であらせられる現御神日本天皇によって體現される。

 

祭祀主による日本國の統合は、軍事力によるのではなく、基本的に祭祀による統合であった。古代日本において、軍事力が全く使用されなかったといふことはなかったとしても、基本的には祭祀的統合・結合が基本であった。古代日本の地方共同體が稲作生活を基本として交流し、共同を確かめ、稲作生活に必要不可欠な太陽を神と仰ぐ信仰を共通の信仰としたのである。そして天照大御神を最高神と仰ぐ共同體・日本國として統一された。それが天皇國日本の成り立ちである。

 

日本は米作り・稲作文化を基本とする國である。「天孫降臨神話」に示されてゐる通り、日本國の君主・統治者たる天皇のご使命は、瑞穂を盛んに稔らせることである。太古において稲作文化は、九州から本州へと急速に広がったといはれる。稲作文化を営むことによって、わが日本民族は共通の意識・文化・言語・倫理観・信仰をはぐくんでいった。日本民族は遊牧・牧畜・狩猟を生活の基本とする民族とは基本的に異なるのである。

 

稲作生活は、一人では営むことができない。共同作業である田植へ・刈り取りを中心としてゐる。共同體の形成なくして稲作生活は営めない。

 

稲作生活はまた、規則正しい四季の変化に則って作業を行ふ周期的繰り返しの生活である。ゆへに、自然の影響が大きい。そこで穏やかなる自然環境を願ふために神を祭り神に祈ったのである。

 

南九州に置ける稲作生活を基本とする祭祀的統一體が西に進み、大和を中心とする祭祀的統一體に発展した歴史を物語ったのが、神武天皇の御東征である。

 

日の神を祭る祭祀共同體が我が國の起源であり本質である。伊勢の神宮に奉斎されてゐる神鏡が、崇神天皇の御代に皇居からお出ましになり、大和笠縫の地に奉斎され、ついで垂仁天皇の御代に伊勢に奉斎されたと傳へられてゐるが、この事は、天照大御神が皇室の御祖先神であらせられると共に、日本民族全體の祖先神・御親神であらせられることを示した。

 

『記紀』の神話は、かうした神聖なる宗教的統一が行はれた日本國生成の物語が語られてゐる。

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千駄木庵日乗二月二十七日

午前は、諸雑務。

午後は、『萬葉集』解釈の原稿執筆。

夕刻、病院に赴き、母に付き添う。食事の介助。比較的落ち着いている。色々と語り合う。

帰宅後も、原稿執筆。

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2014年2月27日 (木)

日本天皇のご本質について

『萬葉集』巻十八に収められた大伴家持の「陸奥国より金を出だせる詔書を賀く歌」の歌の冒頭には、

 

「葦原の 瑞穂の国を 天下り 知らしめしける すめろきの 神の命の 御代重ね 天の日継と 知らし来る 君の御代御代 敷きませる 四方の国には……」と歌われている。

 

これは、日本天皇は、天照大神のご命令によって日本国を統治されるために高天原から天降られた瓊瓊杵尊のご子孫であり、且つ、邇邇藝命と同じご神格を持たれるということを歌っている。

 

天照大神は、農耕生活にとって最も大切な太陽に神であられると共に、その太陽神を祭られる祭り主であられる「すめらみこと」=日本天皇の祖先神であられる。そして天照大神は日本民族の親神として崇められて来たのである。

 

「天津日嗣」とは、天照大御神のご神霊を継承されるという意味である。御歴代の天皇は、御肉體は変られても、天津日嗣日本天皇としての「神聖なる本質・神格全く同じなのである。これを「歴聖一如」と申し上げる。

 

大嘗祭は、天孫降臨といふ元初の事實の繰り返しであり、御歴代の天皇が天照大神の御神霊と一體になられるおまつりであり、天皇の神としての御資格の再生であり復活のみ祭りである。

 

この尊い事実を會澤正志斎は、「神州は太陽の出ずる所、元気の始まる所にして、天日の之嗣、世(よよ)宸極(しんきょく)を御し、終古易(かは)らず」(新論)と言った。日蓮も「日本國の王となる人は天照大神の御魂の入代らせ給ふ王なり」(高橋入道殿御返事)と言っている。現御神信仰・現人神信仰は決して近代日本において人為的オロギーとして作られたものではないのである。現御神信仰は今日においても「生きた真実」である。

 

昭和天皇さまは、昭和三十五年に、

 

さしのぼる 朝日の光り へだてなく 世を照らさ むぞ わがねがひなる

と歌われ、同三十四年には

 

あなうれし 神のみ前に 日の御子の いもせの契 り 結ぶこの朝

 

と詠ませられている。

この二首の御製は天皇および皇太子は「天照大神の生みの子」即ち「日の御子」であるという御自覚を歌われているのである。

この御製を拝すれば、昭和天皇が「昭和二十一年元旦の詔書」においていわゆる「神格」を否定され「人間宣言」をされたなどという説が大きな誤りであることは明白である。

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千駄木庵日乗二月二十六日

朝は、諸雑務。

午前十一時より、内幸町の帝国ホテルにて、『堤清二・辻井喬お別れの会』開催。献花が行われた後、別室にて立食の食事会。堤清二氏とは、「一水会フォーラム」にて一回お会いしただけなのだが、小生にもご案内があった。会場には、各界から多くの人が参集した。堤氏の交際範囲の広さ、ご人徳によるものであろう。歌人の馬場あき子さんとは本当に久しぶりにお会いした。小生が二十代のころ参加していた短歌結社「まひる野」の会(窪田章一郎先生主宰)の大先輩である。また元衆院議員の島村宜伸氏とも久しぶりにお会いした。

この後、ホテル内の茶房にて、木村三浩氏と懇談。

帰途、病院に赴き、母に付き添う。食事の介助。

帰宅後は、『萬葉集』講義原稿執筆。

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2014年2月25日 (火)

沖縄について

沖縄県民には、「沖縄は薩摩に苛められ、先の大戦で犠牲になり、戦後は異民族の支配を受け、現在も米軍基地で被害を受けている」と主張し、「沖縄は常に日本の犠牲になって来た」という「反本土感情」を持っている人がいるといわれる。

 

 しかし、沖縄の歴史は、悲劇ばかりではない。十五、六世紀には琉球王國が海洋民族として雄飛した世界に光り輝く歴史がある。また、日本列島の最も古い人間の化石は琉球から出ているという。日本民族のルーツの一つは沖縄であり、日本伝統信仰も沖縄がその淵源になっている神話がある。

 

 折口信夫氏は、「元々我々『本土日本人』と毫も異なる所なき、血の同種を沖縄びとの上に明らかにすることなく、我々は、今まで経過して来た。…我々の祖先の主要なる者は、曾ては、沖縄の島々を経由して、移動して来たものであった。其故、沖縄県の島々及び、其北に散財する若干の他府県の島をば、日本民族の曾て持ってゐた、最も古い生活様式を、最も古い姿において伝へる血の濃い兄弟の現に居る土地である。」(『沖縄を憶ふ』)と語り、岡潔氏は、沖永良部の子守歌をピアノで聞いて懐かしいと思ったとその著『春風夏雨』に書いている。

 

 日本民族信仰の伝統的ロマン精神(他界への憧れ)は、北方から来た「天上への憧れ」の心と共に、南方から来た「海の彼方への憧れ」の心を持っている。だから天も海も「アマ」と云うのである。

 

 我々日本民族は、ポリネシア的な海洋民族が基盤にあり、鉄器文化を持って朝鮮半島を経て北方から来た人々と、太陽信仰と稲作文化を持ってマレー半島あたりから沖縄を経て来た人々、の三つが合体したものと云われている。太陽信仰及び稲作は日本民族の伝統信仰の基本であり、それは太古に「海上の道」を、沖縄を経由して日本に来たのである。

 

 沖縄古代信仰も水平線の彼方に「神の國」があると信じた。その「神の國」を「ニライカナイ」と云う。これは日本民族の海の彼方へのロマン精神と同じである。

 

 『古事記』によれば、天孫・邇邇藝命の御子・火遠理命(ほをりのみこと・海幸彦)は失った釣針を探すために「綿津見の神の宮」(竜宮城)に行き、海の神(綿津見の神)がその釣針を探し出してくれる。そして、海の神の姫である豊玉売命(トヨタメヒメノミコト)と結婚する。

 

 「綿津見の神の宮」は鹿児島の海の彼方にあるとされるのだから、沖縄以外に考えられない。そう言えばおとぎ話の絵に出て来る竜宮城は沖縄の首里城にそっくりである。

 

 さらに、神倭伊波礼古命(カムヤマトイハレヒコノミコト・神武天皇)は、火遠理命と豊玉売命の間に生まれた鵜葺不合命(ウガヤフキアヘズノミコト)と豊玉売命の妹である玉依売命(タマヨリヒメノミコト)との間に生まれた。日本の初代天皇・神武天皇の母方の御祖先は沖縄にいました神なのである。

 

 これは『古事記』のみに記されている伝承ではない。沖縄本島北部の伊平屋島という島には、古代大和の太陽信仰・山岳信仰と同じ信仰がのこっており、島の北部西海岸には籠屋(くまや・別名天の岩戸)と云われる洞窟があり、ここで神武天皇が生まれられたという伝承がある。

 

 古代日本人が南方の海の彼方に憧れたから、こういう神話が生まれたのである。それは自分たちの祖先が遠い昔にやって来た故郷への思慕だったのである。『教育勅語』に「我ガ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠」と示されている。沖縄の太古の歴史はこれを証しする。日本民族そして日本皇室のルーツの一つは実に沖縄にあったと云えるである。

 

「沖縄が天皇制日本に組み込まれたのは近々百年に過ぎず、それ以前は沖縄独自の文化・政治圏を形成していた。天皇は如何なる意味でも沖縄の文化や伝統の体現者ではない」という主張は完全に誤りである。

 

 沖縄が、日本を否定することは、沖縄の太古の歴史と信仰を否定することになる。そして支那帝国の支配下に置かれることになる。悠久の古代史を正しく認識すれば、日本と沖縄は一体であることは自明である。共産支那及びその手先による沖縄との離間工作を徹底的に破砕しなければならない。

 

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千駄木庵日乗二月二十五日

午前は、諸雑務。

午後は、原稿執筆。

夕刻、病院に赴き、母に付き添う。少し語らう。帰るとき、さみしそうな顔をされるのがつらい。

帰宅後は、原稿執筆など。

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安倍総理の『建国記念の日メッセージ』には肝心要の事が書かれていない

 自由民主党は、平成二十四年十一月二十二日に発表した「政権公約」で「政府主催で二月十一日の『建国記念の日』、二月二十二日を『竹島の日』、四月二十八日を『主権回復の日』として祝う式典を開催する」と公約した。

 

 

 

「主権回復の日」は公約通り、昨年、政府主催式典を挙行した。しかし、残念なことに「建国記念の日」「竹島の日」はまだ実現していない。

 

 

 

今年二月七日、自民党内に「歴史・伝統・文化に関する連絡協議会」を設置し、政府主催で式典を行う意義を広める活動を行う方針を決めた。式典開催の機運を醸成し、政府を後押しする狙いがあるという。

 

 

 

さらに、安倍総理は、「『建国記念の日』を迎えるに当たっての安倍内閣総理大臣メッセージ」を発表した。それには次のようなことが書かれている。

 

 

 

「古来、『瑞穂の国』と呼ばれてきたように、私たち日本人には、田畑を共に耕し、水を分かち合い、乏しきは補い合って、五穀豊穣(ほうじょう)を祈り、美しい田園と麗しい社会を築いてきた豊かな伝統があります。…また、わが国は四季のある美しい自然に恵まれ、それらを生かした諸外国に誇れる素晴らしい文化を育ててきました。…先人の努力に深く敬意を表すとともに、この平和と繁栄をさらに発展させ、次の世代も安心して暮らせるよう引き継いでいくことはわれわれに課せられた責務であります。…『建国記念の日』を迎えるに当たり、私は、改めて、私たちの愛する国、日本を、より美しい、誇りある国にしていく責任を痛感し、決意を新たにしています。国民の皆さまにおかれても、『建国記念の日』が、わが国のこれまでの歩みを振り返りつつ先人の努力に感謝し、自信と誇りを持てる未来に向けて日本の繁栄を希求する機会となることを切に希望いたします。 内閣総理大臣 安倍晋三」。

 

 

 

政府によると、総理大臣首が「建国記念の日」にメッセージを発表するのは、歴代政権で初めての事であるという。このことは、一歩前進として評価しなければならない。

 

 

 

しかし、今回のメッセージには、肝心要の事が書かれていない。それは、「神武建国の精神」である。そもそも二月十一日が「建国記念の日」として制定されたのは『日本書紀』に「辛酉年の春正月(むつき)の庚辰(かのえたつ)の朔(ついたち)、天皇橿原宮に即帝位(あまつひつぎしろしめ)す」と記されている「神武天皇ご即位の日」に由来するのである。

 

 

 

これは、むつき(正月)の始めにおいて、神も天地も人も新生するという上古以来の日本人の信仰の上に立っているのである。

 

 

 

神武天皇の御名前は、神日本磐余彦火火出見尊(カムヤマトイハレヒコホホデミノミコト)と申し上げる。磐余とは現在の奈良県桜井市の天の香具山の北東麓地域の古地名である。「火」は「ホ」と読み、「日」及び「稲穂」の意である。この御名前は、「神の國大和の磐余の君主である日の神の御子で稲穂が沢山出て来る命」というほどの意である。
 

 

つまり、神武天皇は、邇邇藝命と同じように太陽神たる天照大神の神霊と稲穂の霊の體現者なのである。そして神武天皇は、邇邇藝命が天照大神から受けた「日本國の統治」と「稲穂をたくさん地上に実らせる」という御命令を実現するために、九州より大和に来られて橿原の地に都をお開きになり、天皇に即位されたのである。これが神武天皇建国の由来である。

 

天皇の國家統治の根本そして國家民族の理想を稲の稔りを以て象徴するのは、稲が我々日本人の生命を養う最も大切な主食であるからである。そして、天皇の祭りは稲作りをはじめとしてその他諸々の生産に及ぶのである。豊かな生産に支えられた日本國家の繁栄を希求するである。

 

日本天皇は、日本國家を武力や権力で支配する覇者・権力者ではなく、稲作生活を基本とする日本人の「くらし」を永遠に保証する祭り主であり信仰的御存在としての君主であらせられる。

 

安倍総理が、二月十一日を「建国記念の日」として祝うのなら、そして「瑞穂の國」「五穀豊穣」「美しい自然」「誇りある日本」を言うのなら、何よりも「神武建国の精神」についてメッセージにおいて語られるべきであった。

 

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千駄木庵日乗二月二十四日

午前は、諸雑務。

午後は、病院に赴き母に付き添う。医師及び相談員の方と今後のことについて話し合い。今は詳しくは書けませんが、大変重い決意を迫られました。

午後四時半より、虎ノ門のホテルオークラにて、笹川平和財団主催講演会『米国から見た『アベノミクス』ーボーゼン所長(ピーターソン国際経済研究所)の視点』開催。アダム・ボーゼン氏が講演。質疑応答。内容は後日報告します。

帰宅後は、資料の整理。

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2014年2月24日 (月)

『日本美術院再興百年特別展・世紀の日本画』展を参観して

今日参観した『日本美術院再興百年特別展・世紀の日本画』展は、「日本美術院の歴史、それはまさに近代日本画の歴史そのものです。本展は、大正3年(1914)に日本美術院が再興されてから100年になることを記念し、草創期から現在まで院展を彩った名品の数々によって、その歴史を振り返ろうとするものです。明治31年(1898)に岡倉天心によって創立された日本美術院は、大正初年には事実上の休止状態にありましたが、天心の一周忌を期して再興されました。以後、「再興院展」の名で親しまれた展覧会は今日まで継続して開催されています。その長い歴史には、狩野芳崖、横山大観、菱田春草、安田靫彦、小林古径、前田青邨、平山郁夫ら近代日本画の巨匠たちが名を連ねます。彼らの代表作に現役同人の作品を加えた重要文化財6点を含むおよそ120点を前後期で作品を全て入れ替えて紹介する、文字どおり「世紀の日本画」展です」との趣旨(案内書)で開催された。

 

 

 

奥村土牛《閑日》、小倉遊亀《径》、小林古径《竹取物語より「昇天」》、平山郁夫《祇園精舎》、奥村土牛《閑日》、狩野芳崖《不動明王》、平櫛田中《鏡獅子》、横山大観《游刃有余地》、安田靭彦《五合庵の春》、速水御舟《京の舞妓》、菊川多賀《文楽》、堅山南風《大観先生》などを参観。どれもスケールの大きい大作ばかりである。すごい迫力で迫ってくる。私はなぜか平山郁夫の作品はあまり好きではなかったが、今日鑑賞した『祇園精舎』は神秘的で素晴らしかった。女性作家の作品が少なかったが、小倉遊亀の作品は展示されていた最近の作品の中では群を抜いている。舞妓とインド人を描いた作品が数点あった。

 

日本美術院は、明治三十一年(一八九三)、岡倉天心が東京美術学校(現東京藝術大学)を排斥されて辞職した際に、自主的に連座して辞職した美術家達(橋本雅邦、六角紫水、横山大観、下村観山、寺崎広業、小堀鞆音、菱田春草、西郷孤月)と共に、谷中初音町に創設した美術研究団体である。その後、資金の欠乏、院の内紛、岡倉天心がボストン美術館中国・日本美術部長に就任し渡米したことなどで沈滞するが、天心の逝去後、横山大観などによって再興され今日に至っている。その名の通り、日本美術を牽引してきた団体である。

 

岡倉天心・横山大観というスケールの大きい美術家の存在は、近代日本美術発展の大きな原動力であったと思う。福井藩は傑物を多く輩出しているが、岡倉天心も福井藩士の子である。

 

岡倉天心が作詞した「日本美術院の歌」は

 

「谷中鶯 初音の血に染む紅梅花 堂々男子は死んでもよい

奇骨侠骨 開落栄枯は何のその 堂々男子は死んでもよい」

 

というとても美術団体の会歌とは思えない勇壮な「ますらおぶり」の歌である。谷中初音町(現谷中三丁目)の日本美術院跡地は現在岡倉天心記念公園となっていて、お堂の中に岡倉天心像(弟子の平櫛田中作)が安置され、「院歌」が刻まれた歌碑がある。

 

谷中初音町は私宅のある駒込坂下町(現千駄木三丁目)の隣町である。谷中・千駄木は、美術家、作家が実に多く住んでいた。岡倉天心、平櫛田中、朝倉文夫、森鷗外、夏目漱石、児玉希望、高村光雲・光太郎父子、宮本百合子、そして少し離れた池之端には横山大観などである。

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千駄木庵日乗二月二十三日

午前は、諸雑務。原稿執筆。

午後は、上野公園の東京都美術館にて開催中の『日本美術院再興百年特別展世紀の日本画』展参観。

この後、病院に赴き、母に付き添う。食事の介助。

帰宅後は、原稿執筆・脱稿・送付。

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2014年2月23日 (日)

もののふの心・武道精神への回帰が望まれる

「もののふの道」(武士道)は、中世以降に発生した封建道徳といふ考えへ方があるが、決してさうではない。須佐之男命・日本武尊の御事績即ち神話時代にその淵源があり、「尊皇心」「祖先を崇拝する心」「父母に對する孝養の心」「名を惜しむ心」などがその内容となってゐる。かうした日本の傳統的倫理観念が、人並み優れて強い男子といふ武士(もののふ)に、節度・忍従・帰服・克己の心を付与した。

 

私宅近くに、開成学園といふ学校がある。有名私立学校で東大受験生のための学校のやうに言はれてゐるが、そんなことよりも、その学校の前を通ると時々、剣道の練習をしてゐる音が聞こえてくる。そのことが私には大変に嬉しい。

 

私自身は武道とは全く縁のない文弱口舌の徒である。小学校・中学校・高等学校教育で、正式科目として武道を教はったことはない。大東亜戦争敗北以後、「武の心・もののふの心・ますらをぶり」が否定され隠蔽され続け、学校における武道教育が制限されたからである。「チャンバラ映画」さヘ製作できなかった時期があった。

 

しかし武道教育の制限が日本の真の平和国家・道義国家にしたかといふと全く逆である。道義精神を喪失し、自分さへよければ他人はどうなってもいいといふ考へ方に陥ってゐる現代の青少年によって、凶悪無比なる犯罪が繰返されてゐる。軍と武を否定した「平和と民主主義の國・戦後日本」には、眞の平和も、眞の道義もなくなってゐる。もののふの心・武道精神への回帰が望まれる。

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千駄木庵日乗二月二十二日

午前は、『政治文化情報』発送作業、発送完了。購読者の皆様には、週明けにお届けできると思います。

午後は「原稿執筆」。

この後、病院に赴き、母に付き添う。母の方が私に気を使ってくれる。申し訳ない。有り難い。

午後六時より、赤坂にて、同志と懇談。内外の諸情勢について意見交換。この方の父上が小生よりも年下と聞いて驚く。

帰宅後も、原稿執筆。

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2014年2月22日 (土)

わが國の武士は太刀を「力と勇気と名誉と忠誠の表徴」として尊んだ

西川泰彦氏著『天地十分春風吹き満つ─大正天皇御製詩拝読』に収められた大正天皇御製詩及び御製を畏れながら掲げさせていただく。

 

大正天皇御製詩 大正四年

 

古ヨリ神州寶刀ヲ産ス

男兒意氣佩ビ來リテ豪ナリ

能ク妖氛ヲ一掃シ盡クサシメ

四海同ジク看ン天日ノ高キヲ

 

(わが神国日本は神代より宝刀を産して来た。日本男児の意気は日本刀を佩びて勇ましく、妖気を一掃しつくさしめ、高く昇った天日を四海の人々は同じやうに見るであらう、といふほどの意)

 

大正天皇御製 大正四年

磨きあげしつるぎを床にかざらせて明暮に身のまもりとぞする

 

わが國の武士は太刀を「力と勇気と名誉と忠誠の表徴」として尊んだ。そればかりでなく太刀は神聖なものとして尊ばれた。太刀を御神体とする神社もある。日本武尊が「床の辺に 吾が置きし つるぎの大刀」と歌っておられるやうに、太刀は床の間に置かれた。太刀に対する侮辱はその太刀の持ち主に対する侮辱とされた。刀鍛冶は単なる工人ではなく、神聖なる職に従事するものであった。刀鍛冶は斎戒沐浴して工を始めた。太刀を作ることは神聖な宗教的行事とされた。

 

 太刀(タチ)の語源は、「断()ち」であり、「顕()ち・現()ち」である。罪穢を断つと共に、罪穢を断った後に善き事を顕現せしめるといふ言霊である。罪穢を祓い清めた後、神威を発動せしめる意である。太刀によって邪悪を滅ぼし、穢れを清め、本来の清らかさを顕現せしめるのである。

 

太刀は「幾振り」と数へられるやうに、魂ふり(人の魂をふるい立たせ活力を与へ霊力を増殖させる行事)のための呪具でもあった。日本の剣は人の命を絶つための道具ではなく、人の命を生かす道具なのである。まさに「活人剣」なのである。

 

  太刀・剣には魂が籠ってゐると信じられ、太刀を授受することは精神的・魂的な信頼関係が成立したことを意味する。敗者から勝者へ太刀・剣が奉られるのは、恭順の意を表する象徴的行事である。小野田寛郎氏がそれを行ったことは多くの人が記憶してゐるところである。小野田氏がルパング島で発見された後、当時のフィリッピンのマルコス大統領に軍刀を差し出した。軍人の魂であるところの軍刀を差し出すといふことは恭順の意を表するといふことである。小野田氏は昭和の御代において武人の伝統を継承した人物だったのである。

 

 

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千駄木庵日乗二月二十一日

午前は、諸雑務。

午後は、原稿執筆など。

夕刻、病院に赴き母に付き添う。食事の介助。

帰宅後も、原稿執筆。

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2014年2月21日 (金)

「言論の自由」を踏み躙っているのは、日頃「言論の自由」を声高に主張しているメディアであり、反日勢力である。

以前は、憲法改正を主張した閣僚は辞任に追い込まれたが、今は、公職にある人が歴史問題で正論を主張すると、国会やメディアで糾弾される。「言論の自由」を踏み躙っているのは、日頃「言論の自由」を声高に主張しているメディアであり、反日勢力である。

 

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「萬邦無比の國體」とは如何なることか

 

 

 

 日本國家の存立の精神的中核は、天神地祇を尊崇し稲穂を大切にする信仰精神であり、日本という國家は<天皇を祭祀主とする信仰共同體>なのである。ゆえに日本國は天皇國といわれるのである。

 

 天皇が現御神であられるということは、天皇は「今生きておられる神」「この地上に実在する神」「人にして同時に神なる方」「天神地祇・稲穂の神靈の體現者」ということである。

 

 そしてわが國には太古以来の信仰が、祭祀という行事と共に今もわが國民の日常生活に生きている。また、天皇の祭祀は今日唯今も生きた姿で傳承されている。

 

 つまり、日本傳統精神は、天皇の祭祀と神社の祭祀を通して、今もなおその生命を傳えられているのみならず、現実に天皇及び御皇室の自然の命を慈しみたもう御精神と御行動そして神社の鎮守の森が、自然破壊と人心の荒廃を食い止める大きな力となっている。

 

 伊勢の神宮の神殿は、二十年目ごとに必ずくり返される式年遷宮によって永遠に新しい姿に復元し生まれ変わる。古代の神殿が永遠に新鮮な姿で我々の眼前に立っている。

 

 このように、日本民族は古代信仰を今日唯今も生活の中に生かしているのである。そして古代信仰の祭祀主を今日の日本国の君主として仰いでいるのである。これが日本國の素晴らしさである。

 

 今上天皇は、初代の神武天皇から数えて第百二十五代の御子孫であらせられると共に、現御神として邇邇藝命・神武天皇そして御歴代の天皇と全く同じご資格で國家を御統治されている。萬世一系の皇統は、高天原より地上へと、天照大御神・邇邇藝命・神武天皇から今上天皇へと、時間を超えて一貫して連綿として傳えられている。

 

 天皇は今日においても日本国の君主であらせられる。つまり古代以来一系の天子が日本國の君主であられるのである。これは世界史の奇跡であり、他の國家・民族には見られない事実である。まさに「萬邦無比の國體」である。

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千駄木庵日乗二月二十日

午前は、諸雑務。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

この後、病院に赴き、母に付き添う。

午後六時より、北青山の大東塾にて開かれた『皇室典範』に関する勉強会に出席。

帰宅後は、『政治文化情報』の発送準備など。

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2014年2月20日 (木)

戦勝国から押しつけられた「ニセ憲法」の無効を確認し停止しなければ真の主権独立はない

 『現行占領憲法』は占領行政基本法であるから占領終了後、無効を確認し、停止すべきであった。防衛は米軍が全部任せていた占領時代の憲法をいまだに持っているのはおかしいし、『現行憲法』が存続する限り日本は独立と安全と平和を守ることはできない。

 

 『現行占領憲法』は、日本が戦いに敗れた直後の混乱期、しかも戦勝国によって主権を奪われ、占領が開始された直後に、戦勝国によって押しつけられたものである。したがって、戦勝国による占領が終った時点で、無効を確認し、『大日本帝国憲法』を復元すれば良かったのである。

 

 致命的な欠陥を持つと言うよりも、憲法とは言えない『占領行政基本法』に対して、「改正すべきである」という論議が起こり、一部マスコミなどから憲法改正案まで出されている。しかし、一条一条を取り上げて改正を論じたり、その是非をあげつらっているだけでは、何の解決にもならない。

 

 部分改正論は、小さな一時一局の政治問題の解決がその目的とされており、日本の真の自主独立、戦後の敗北思想からの解放を目的としたものではない。

 

 現在の改正論議の大半は、「日米安保体制を円滑にして沖縄基地問題を解決したい」「集団的自衛権を明確にして米国の要求に対応したい」などが動機になっていて「第九条問題」に絞られがちである。

 

しかし、『現行占領憲法』は、その前文を見ても明らかな如くその根本において日本弱体化のための憲法なのである。こんなものを有効であるとして改正するなどというのは全く以ておかしいのである。

 

 ともかくも、戦後日本が被った化けの皮を剥がすことが大事である。戦勝国から押しつけられた「ニセ憲法」の無効を確認し停止しなければ真の主権独立はない。

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千駄木庵日乗二月十九日

午前は、諸雑務、『伝統と革新』編集の仕事。

午後二時半より、芝の駐健保会館にて、『大行社幹部会』開催。顧問の一人としてスピーチ。

この後、病院に赴き、母に付き添う。食事の介助。昨日より元気で機嫌も良いのでうれしい。

帰宅後は、『政治文化情報』発送準備など。

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2014年2月19日 (水)

女性は祭祀を行うことはできないという説は誤りである

太古からのわが國の伝統つまり神話の世界も萬葉の世界も、新嘗祭などの祭祀は女性によって執行されている。女性は穢れがあるから祭りをしてはならないという考え方は、日本の伝統に反する主張である。古代日本においては、むしろ女性が祭祀を行っていた。

 

女性神であらせられる天照大御神は祭祀主として高天原において新嘗祭を執行された。『日本書紀』に「天照大御神新嘗きこしめす」とある。「新嘗きこしめす」とは、神から新穀を頂戴することである。

 

『日本書紀』皇極天皇元年十一月の条には、「丁卯(十六日)に、天皇新嘗御(にひなへきこしめ)す。是の日に、皇子・大臣、各自(おのおのみづか)ら新嘗(にひなへ)す」と記されている。皇極天皇は女帝であらせられる。

 

「践祚大嘗祭」を最初に執行された天皇は、女帝であらせられる持統天皇である。『日本書紀』持統天皇五年十一月戊辰日に、「大嘗す」と記されている。伊勢の皇大神宮の「式年遷宮」も、天武天皇がお定めになり、持統天皇の御代の持統天皇四年(六九〇)に第一回が行われた。

 

昨年、伊勢の皇大神宮の「第六十二回式年遷宮」が行われたが、天皇陛下のご代理として天照大神にお仕えし神事を司られる「臨時神宮祭主」は、今上天皇皇女・黒田清子様がその神聖なるお役目をお果たしになった。神宮祭主は、天皇陛下の「勅旨」を受けて決まる「神宮だけ」のお役目であると承る。

 

女性が祭祀とりわけ新嘗祭を行い得ない、行ってはならないなどというのは、わが国の伝統とは相容れない思想であるし、第一事実に反する。これは、仏教思想や儒教道徳の女性蔑視の思想の影響と考えられる。

 

日本伝統信仰には女性蔑視思想は全くない。人は全て神の分霊であり神の子である。男を日子(ひこ)と言い、女を日女(ひめ)と言う。人は全て男も女も、日の神・天照大御神の子であるという意味である。

 

神の命が生成化育(むすび・産霊)して生まれ出た男の子・女の子のことを、むすこ(息子)・むすめ(娘)というのである。そこには全く差別はない。

 

皇位継承を論ずる人の中に、父親と母親を「種と畑」に譬える人がいる。また、染色体論を用いる人がいる。これらの考え方は、人は神の子であり、人は「ひと=日止・霊人」であるという根本信仰とは異なる考え方である。

 

ご歴代の天皇お一方お一方が、御神勅に示されている通り「天照大御神の生みの御子」であらせられる。これを「歴聖一如」と申し上げる。天皇は、女帝であらせられても、現御神であらせられ、天照大御神の地上的御顕現であらせられる。男系継承という神武天皇以来の伝統は守られるべきとしても、この根本信仰は絶対に無視してならないと信じる。

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千駄木庵日乗二月十八日

午前は、諸雑務。

午後は、『萬葉集』解説原稿執筆。

この後、病院に赴き、母に付き添う。母は意識がしっかりしていた。

午後六時より、赤坂の日本財団ビルにて、『笹川平和財団講演会・政変後の中東情勢と国連の役割』開催。JETROアジア経済研究所研究企画部長の佐藤寛氏がモデレーター。鈴木彩香国連政務局アフリカ第一部次長が講演。活発な質疑応答が行われた。中東各国の人々が参加していた。

帰宅後は、諸雑務。

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2014年2月18日 (火)

患者とその家族そして病院・医師・看護師について

父の長期入院、そして逝去。さらに、昨年末から、母が入院し、体力が弱っている。この五年間ほど、医療と病院との関わりが続いている。今日の医療の実態、特に老人医療について色々考えさせられている。

 

患者とその家族は実に弱い立場である。かけがえのない家族・肉親の命にかかわることであり、入院している家族肉親が、早く回復し退院することを心より願う。また、出来るだけ苦しみか少ない入院生活であることを願う。

 

しかし、それは家族にはどうにもならない。医師と看護師に任せねばならない。医師と看護師が適切な治療や看護をしてくれることを願うばかりである。医師と看護師に対する信頼が大切である。

 

ところが、この約五年間父母の入院生活、そして治療を通じて実感するのは、信頼を寄せることが実に難しいという事である。

 

父のことを今日は書くことができないが、母は、昨年十一月、東京厚生年金病院に入院した。そして入院の原因となった病気はほぼ治癒し、明日退院という前日に、ノロウィルスに院内感染してしまった。そして約一か月、ほぼベッドに縛り付けられた状態が続いた。体力は急激に衰え、認知症も進行した。

 

やっと転院ということになったが、転院する時、東京厚生年金病院から、院内感染についての正式な謝罪は何もない。実に許し難いことである。病院が親の仇のように思える。東京厚生年金病院と言えば、都内でも有数の大病院である。しかるに、まったく患者及び家族の切実な思いというものを無視した理不尽な対応である。

 

病院、そして医師、看護師は、患者の重態とか死去という事は、文字通り日常茶飯事であろう。しかし、患者自身や家族にとっては一生に一度の事である。その落差は実に大きい。九十歳以上の老人が重篤な病になったら、もう助からない、どうしようもない、死んで当たり前という考えがあるのだろうか、そうは思いたくないが、そう思わせるような態度、言動、それがひしひしと感じられることがある。

 

今日は、今、母が入院している病院の医師から、重大なことを告げられた。しかも立ち話である。家族と患者にとって一生に一度の大事を、立ち話で済ますという態度が私には許せない。人の命を一体何と思っているのか。

こういうことはあまり書きたくはなかったが、どうにもこらえることができず、書いてしまった。

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千駄木庵日乗二月十七日

午前は、諸雑務。

午後は、『萬葉集』解説原稿執筆。

夕刻、病院に赴き、母に付き添う。食事の介助。医師と立ち話。

帰宅後も、原稿執筆。

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2014年2月17日 (月)

日本傳統精神の本質は、自然を大切にし、自然の中に神の命を拝ろがむ心

日本傳統精神の本質は、自然を大切にし、自然の中に神の命を拝ろがむ心である。そして祖先を尊ぶ心である。されはきはめて自然で自由で大らかな精神である。自然は人間と対立するものではないといふ信仰即ち自然を神として拝ろがむ日本の傳統的信仰精神が自然破壊を防ぐ。日本傳統信仰の基本行事である祭祀が自然を破壊し人の命を軽んずる現代を救済する原理となる。

 

 我々日本民族の祖先が有した人生や國家や世界や宇宙に対する思想精神は、我が國の後世や外國に見られるやうな誰かが説いた知識として独立的に存在してゐるのではなかった。神とか罪悪に関する考へ方が、全て祭祀といふ實際の信仰行事と不可分的に生まれてきたやうに、抽象的な論理や教義として我が國傳統信仰の精神即ち神道を理解することはできない。我が國においては生活そのものの中に傳統信仰が生きてゐるのである。

 

わが國の神々とは天地自然の尊い命であり先祖の御靈である。わが國の神は天津神、國津神、八百萬の神と言われるやうに、天地自然の尊い命であり、先祖の御靈である。 

 

今日、自然破壊が人間の心を荒廃せしめる大きな原因になってゐる。我が國の自然を大切にする心=自然保護の精神は、歴史的にも文化的にも『神社の森』『鎮守の森』がその原点である。我が民族の祖先は、古代から神々の鎮まる緑豊かな『神社の森』『鎮守の森』を大切に護って来た。それは鎮守の森には、神が天降り、神の靈が宿ってゐると信じて来たからである。鎮守の森ばかりではない。ふるさとの山や海に神や精靈が生きてゐると信じてきたのである。秀麗な山にも神が天降り、神の靈が宿ってゐると信じて来た。

 

天皇の御祖先である邇邇藝命は高千穂の峰に天降られたのである。そして、富士山・三輪山・大和三山・出羽三山・木曾山など多くの山々は神と仰がれ今日に至ってゐる。

 

 さらに、海の彼方にも理想の國・麗しい國があると信じた。それが龍宮信仰である。海は創造の本源世界として崇められた。

 

 我が國傳統信仰すなはち神道は、自然の中に生きる神の命と人間の命とが一體となって結ばれる信仰である。それと共に、自分たちの祖先の靈を崇め感謝し奉る信仰である。これを「敬神崇祖」といふ。その最も端的な例が天照大神への信仰である。天照大神は、農耕生活にとって最も大切な太陽に神であられると共に、その太陽神を祭られる祭り主であられる「すめらみこと」=天皇の祖先神であられる。そして天照大神は日本民族の親神として崇められて来たのである。

 

 わが國の麗しい山河、かけがへのない道統を重んじ、日本の傳統的な文化を大切なものとする姿勢を取り戻し、祖國日本への限り無い愛と、國民同胞意識を回復しなければならない。我が國は神話時代(神代)以来の傳統精神すなはち日本國民の歩むべき道といふものがある。それに回帰することによって現代の混迷を打開すべきである。

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千駄木庵日乗二月十六日

午前は、諸雑務。

午後は、『萬葉集』解説原稿執筆。

夕刻、病院に赴き、母に付き添う。食事の介助。

帰宅後も、原稿執筆。

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2014年2月16日 (日)

神話と祭祀は分かち難く一體である

神話とは「太古からの神聖な歴史の物語」といふ定義がある。日本民族の「始まりの時」における神や聖なる存在の誕生、國土の生成などの出来事をつづった物語である。言ひ換へると、神話は、日本民族の「始まりの時」を説明し、生きとし生けるもの・ありとしあらゆるものが、どのようにして生まれ存在し始めたかを語ってゐる。わが國においては、神話と祭祀は分かち難く一體である。

 神や聖なる存在の誕生、國土の生成など日本民族の始まりの〈時〉の出来事は、日本人一人一人およびその共同體としての國家の生き方・在り方(文化・信仰・文學・政治・教育・芸術など一切)の模範を示す。つまり、神話は日本民族そして日本國家の根源的なものを表現するものであり、日本民族の在り方・生き方に決定的な役割を持ってゐる。

 「始まりの時」に帰ることによって現状を変革するといふ希望はあらゆる生命體が持ってゐる。一人の人間として、新年を迎へた時や、春四月を迎へた時には、心機一転「初心」(始まりの時の心)に帰り新たなる気分になって仕事や勉學などに励もうとする。それと同じやうに、日本人一人一人およびその共同體としての國家は、つねに「始まりの時」=「神話の世界」への回帰によって現状を革新しやうといふ希望を持つ。明治維新といふ國家的大変革も、「神武創業への回帰」(神武天皇が即位された時への回帰)がそのスローガンであった。

 そして神話の世界は、『古事記』『日本書紀』といった記録・文献として語り傳へられると共に、儀礼・祭祀といふ生きた現實として継承される。太古の神聖な物語を「文献」と「行事」によって今日まで傳へてゐるといふ意味において、神話といふ「文献」と祭祀といふ「現實に生きた儀礼」は一體である。

 

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千駄木庵日乗二月十五日

午前は、諸雑務。

午後は、原稿執筆の準備など。

夕刻、病院に赴き、母に付き添う。食事の介助。次第に食欲が出てきた。

帰宅後は、『萬葉集』解説原稿執筆。

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2014年2月15日 (土)

天皇を中心とする日本國體の淵源と系統を記した物語が「日本神話」である

『古事記』において神代を語った上巻と、神武天皇以後のことを語った中・下巻とは決して別のものではなく、一続きにつながってゐる。「神代」と「今」はつながってゐるし、天皇は高天原にまします神の地上における御代理・御顕現=現御神であらせられる。そして「神代即今」である。そこには断絶は一切ない。だからこそ皇統連綿・万世一系なのである。かかる「神話的真實」を否定することは日本國體を否定することである。

 

 「日本神話」は、神々の世界が地上に連続するものであること=「神統譜」を語ってゐる。そして、日本の神々の根源神が造化の三神であり、その靈統を継承される高天原の主宰神が天照大神であり、その生みの御子が邇邇藝命であり、そのご子孫として地上に顕はれられた神が現御神日本天皇であらせられる。つまり「日本神話」においては、「神統譜」と「皇統譜」を一続きとして語られてゐるのである。まさに天皇を中心とする日本國體の淵源と系統を記したものが「日本神話」である。

 

 上山春平氏は「『古事記』の神統譜が、一方にタカミムスビーイザナギーアマテラスーニニギという高天の原の系譜、他方に、カミムスビーイザナミースサノヲーオホクニヌシという根の國の系譜を設定し、この二つの系譜が、アメノミナカヌシを共通の始点とし、イハレヒコ(神武天皇)を共通の終点とする、という形でとらえられ…」(『神々の體系』)と論じてゐる。

 

 伊耶那岐命の國土生成は、『古事記』冒頭に示された「天つ神」=「天地初発の時に高天原になりませる神々」のご命令によって行はれたのである。

 

 「日本神話」は神統神話であり皇統神話なのである。一貫した道統・靈統の継承がはっきりと明確に示されてゐるのである。「万世一系の天皇」は「天地生成の神からの靈統・神統・皇統を継承する天皇」といふことである。

 

 日本民族は、天之御中主神を天地宇宙の根源神と仰ぎ、天照大神を日本の神々の中で最高至貴の神と仰ぎ、天皇を現御神(地上に生きたまふ神)として仰いだのである。

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千駄木庵日乗二月十四日

午前は、諸雑務。

午後は、資料の整理。

夕刻、病院に赴き、母に付き添う。食事の介助。

帰宅後は、書状執筆など。

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2014年2月14日 (金)

この頃詠みし歌

我の好物すじと白滝食しつつぬる燗を呑むことのうれしさ

菩提寺の本堂に響く読経の声 力強ければ魂(たま)奮ひ立つ

太鼓の音と共に響ける読経の声 観世音菩薩普門品偈

福は内と強く叫びて豆撒けば明日よりの幸を強く信ぜむ

力強く僧侶の声は響きたり 念彼観音力刀尋段段壊

命の力甦りませとただ祈る母の枕辺に我は坐しつつ

風吹きて雪の舞ひ散る夕つ方バス待ちをれば腹空きにけり

窓の外に雪降りしきる寒き夜を一人の部屋でもの書きてゐる

マッチつけ燈明あげて手を合はす観世音菩薩像の白き御姿

立春の日に白雪降りにけり今年の米は豊かなるべし

この國の誇りを忘れし者共が蠢きてゐるは許せざるなり

とくとくと亡國の言論を吐きてゐる男の顔の憤ろしも

衰へし母と語らふ病室の悲しき時間は過ぎてゆくなり

友どちの声を電話で聞きてゐつ 今 正念場を迎へし友の

お嫁さんはゐるのと幾度(いくたび)も問ひたまふ母の心を嬉しとぞ思ふ

明日は雪とのニュース聞きつつ一人して病室にゐる母を思へり

降りしきる雪を窓より眺めつつ病室にゐる母を思へり

弱りたる母をいとしみ今日もまたその手を握り話しかけゐる

母上の口に御粥を運びたり一日でも長く生きてゐませと

雪の降る道歩みつつしかすがに自分の人生を省みるなり

暗闇の窓の外には激しくも雪降り続き夜は更けゆく

ははそはの母の手握り語らへる時にとことはの生を祈れり

雪やみし朝(あした)に窓より見渡せば白色の世界が広がりてゐる

久しぶりに新宿駅頭で演説す 紀元の佳節の麗しき日に

麗しき日の本の歴史を語りたり 建國記念日の街頭に立ち

千早振る神の御稜威に生かされて我は強者の道歩むべし

 

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千駄木庵日乗二月十三日

午前は、諸雑務。『伝統と革新』編集の仕事。

午後は、『政治文化情報』原稿執筆。

夕刻、病院に赴き、母に付き添う。食事の介助。やや食欲が回復したのがうれしい。

帰宅後も、原稿執筆、脱稿、送付。

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2014年2月13日 (木)

今日思ったこと

韓国だったら、村山富市や河野洋平は『親韓派』として糾弾され、財産を没収される事だろう。北朝鮮なら銃殺だろう。売国奴も大手を振って歩くことができる日本は本当に「良い国」である。呵々。

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外圧の危機と維新変革

今日の日本は大きな転換点に立っている。激動の時代であり混迷の時代であることは確かである。かかる時においてこそ、目先の事象を見て右往左往することを慎み、物事を長い目で見る必要がある。わが國は悠遠の歴史を有している。三千年に及ぶ歴史を貫いて来たわが日本の傳統精神、民族の精神的核に立ち返って、現状を正しく観察し、変革の方途を見出すべきである。

 

我が國は過去において何回か國家的危機に際會し、見事に乗り越えて来た。外圧によって國家の独立が危殆に瀕した時、強烈な民族精神・尊皇精神が勃興し、変革を断行し、危機を打開して来た。

 

大化改新は唐新羅連合軍侵攻の危機があった時に行はれた。元寇=蒙古襲来の時、日本國民は愛國心を燃え立たせ神國意識を強固なものとした。それは建武中興へとつながった。明治維新は欧米列強による侵略の危機があった時に行はれた。

 

今日においてもわが國の本来の姿に回帰することによって、危機を乗り越えていかねばならない。必ず乗り越えることができると確信する。民族の歴史と傳統の精神を基本原理とする日本の革新即ち維新は、それを志す者が、自らの精神と行動に、憧憬すべき時代の先人たちと同じ決意と歓喜と行動の源泉を甦らしめることによって實現する。

 

わが日本國民が護るべき最高のものは傳統精神であり、変えるべきものは国家民族の真姿を隠蔽する全ての事象である。

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千駄木庵日乗二月十二日

午前は、諸雑務、『伝統と革新』編集の仕事。

午後は、本日行われる『萬葉集』講義の準備。

この後、病院に赴き、医師及び相談員の方と話し合い。詳しいことはまだ書けないが、この病院に転院する前に入院していた厚生年金病院の責任は重いことを実感する。

午後六時半より、『萬葉古代史研究会』開催。小生が、高市黒人の歌などを講義。質疑応答。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

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2014年2月12日 (水)

天皇の國家統治について

 

 日本天皇は、日本國家を武力や権力で支配する覇者・王者ではなく、稲作生活を基本とする日本人の「くらし」を永遠に保証する祭り主であり信仰的御存在である。

 

 

 

 天皇の國家統治の根本そして國家民族の理想を稲の稔りを以て象徴するのは、稲が我々日本人の生命を養う最も大切な主食であるからである。そして、天皇の祭りは稲作りをはじめとしてその他諸々の生産に及ぶのである。豊かな生産に支へられた日本國家の繁栄を希求する。

 

 

 

豊葦原中国と言ふ地上の現実世界は、太陽神の神霊と稲穂の神霊を体現された神聖なる君主によって永遠に統治され、永遠に栄えるのである。天皇が、現御神・現人神であらせられるといふ信仰は、かうした麗しい神話がその起源なのである。

 

 

 

かうした神話と信仰が、神代から我が国に伝承されてきてゐるが故に、日本国はいかなる困難があってもそれを乗り越えることができる。

 

 

 

日本天皇の国家統治は稲作生活と不離一体である。稲作生活は、永遠の循環の生活であり、人と人との共生の生活であり、自然との共生の生活であり、勤労の生活である。これが日本および日本人の基本であり中核精神である。

 

 

 

大震災・国難に遭っても、日本国民が混乱・闘争・退廃に陥ることがなかった根本原因は、まさに神話の世界以来の日本人の平和的な中核精神が生き続けていることによると考へる。

 

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千駄木庵日乗二月十一日

午前は、諸雑務。

午後一時より、新宿駅西口駅頭にて行われた建国記念の日を祝う会主催の街頭演説に参加。小生も二回街頭演説を行う。多くの同志が参加した。

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   演説する阿形充規氏

 

この後、病院に赴き、母に付き添う。母はすやすや寝ていた。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆など。

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2014年2月11日 (火)

維新変革について

「天地の初発の時」即ち神がお生みになった日本國の最初の時の姿を回復することによって、この危機的状況を打開することができるというのが、我が國の伝統的な信仰である。

 

 維新とは、実に罪穢を祓い清め國家の本来の清浄な姿・神のお生みになったままの麗しい姿を回復することである。したがって、今日行うべきことは罪穢を祓い清めることである。

 

 國家の本来の清浄な姿・神のお生みになったままの麗しい姿とは、キリスト教や浄土思想の説くような遥か彼方にある天國とか極楽浄土ではない。今此処に、日本人の本来の生活と信仰とを戻すことである。

 

 実際、日本民族は、全國各地で毎日のように禊と祭りを行っている。それは信仰共同體日本の本来の姿を回復する祈りが込められている行事である。

神への祈り・神を祭る心を回復すべし

 

 國家を愛することができなくなっているのは、國民の多くが國家に対して誤った見方をしているからである。精神的共同體としての國家と権力機構・経済體制としての國家とをはっきり区別して考えなければならない。権力機構・経済體制としての國家がいかに混乱し破滅的状況にあっとしても、精神的共同體としての國家は永遠に不滅である。

 

 わが國の歴史を顧みても、これまで、壬申の乱、南北朝時代、応仁の乱そしてそれに続く戦國時代というような大混乱の時代も経験したが、天皇を中心とする精神共同體としての國家・日本は生き続け、國家的・民族的統一を全く喪失する事なく必ず太平の世を回復してきた。

 

 今日のこの混迷も必ずこれを打開して正しき日本の姿を回復するに違いない。しかしそのためには、歴史を回顧して明らかな如く、真に國家の伝統精神を継承する者たちの必死の努力精進が必要である。

 

 現状に満足し、変革の意思を持たない者は幸福である。換言すれば変革は現状に満足している者には変革はできない。愛國運動・維新運動とは、現代に危機感を抱いている者たちによって行われる運動である。

 

 維新変革は、この國を何とかしなければならないという情熱を持つ者によって行われるのである。情熱は時として誤れる方向に突っ走ることがある。それを防ぐためには、深い神への祈り、神を祭る心、神の意思通りに生きんとする心を持たなければならない。

 

 明治維新が徳川幕藩體制を打倒して天皇中心の國體を明らかにした如く、現代における禊祓いとは、今日の日本に巣食っている邪悪な者共を殲滅することである。そして現代における祭りとは、禊祓いの後に天皇國日本の真姿を回復することである。

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千駄木庵日乗二月十日

午前は、諸雑務。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事、『政治文化情報』の原稿執筆。

夕刻、病院に赴き、母の付き添う。食事の介助。今日は少し元気そうなのでうれしい。

帰宅後も、原稿執筆。

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2014年2月10日 (月)

「第三十七回日本の心を学ぶ会」のお知らせ

 

演題「日本神話に学ぶ建国の精神」

 

二月十一日は「紀元節・建国記念の日」です。

そもそも世界の国々はそれぞれ、その国にとって意義のある特定の日を「記念日」と定めています。そして毎年その記念日を、その国の歴史や固有の伝統を再確認し、後世に伝える日としてきました。「独立記念日」や「革命記念日」など「ナショナルデー」と呼ばれる日がそれにあたります。

わが国の「国民の祝日に関する法律」では、「建国記念の日」の趣旨を「建国をしのび、国を愛する心を養う」としています。

しかし、我々は学校教育のなかで日本の建国の経緯について習った記憶はないのではないのでしょうか?。

わが国は、他の国々と違い日本の建国は神話の時代にさかのぼります。戦後長らく、「歴史的事実ではない」とか、「復古主義」だとか、「軍国主義の復活」だとか言われて、「神話」は否定されてきました。しかし、わが国の悠久の歴史を偲び、建国の経緯や精神を継承するうえで、神話が大切なものであることは言うまでもありません。

他の国々では「独立宣言」「革命宣言」などに「建国の精神」が記されていますが、わが国の「建国の精神」は、『古事記』『日本書紀』に記された「神話の精神」から発するのであります。これは世界の誇るべき事実であります。

「建国の精神」を学ぶことは、<原初のあるべき姿>に回帰するということであります。そしてそれは現代日本における「変革原理」を学ぶということでもあります。

 

【日 時】平成2632日(日)午後6時より

【場 所】文京区民センター 東京都文京区本郷 4-15-14地下鉄

春日下車1分(大江戸線、三田線)、後楽園下車3分(丸の内線、南 北線)、JR(水道橋)

【演 題】日本神話に学ぶ建国の精神

【登壇者】講 師 四宮正貴 四宮政治文化研究所代表     

     司会者 渡邊昇

【参加費】資料代500

終了後、近隣で新年会(3千円くらいの予定です)

【連絡先】渡邊昇 090-8770-7395  

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昭和十六年十二月八日の一億の感激

『米國及び英國に對する宣戦の詔書』渙発が、いかに國民に感激を與へたかを示す文章及び歌を記させていただく。

 

保田與重郎氏「對米宣戦の大詔を拝し、皇國の向ふところ、必ず神威発するあるを確信した。…神命は常に國際謀略を霧消せしめ、萬民草莽の苦衷は必ず大御心のしらしめすところ、まことに神州たる所以、神州不滅の原理を感銘し、感動し、遂に慟哭したのである」(『日記』)

 

河上徹太郎氏「遂に光栄ある秋が来た。…これまでの政府の抜かりない方策と手順、殊に開戦劈頭聞かされる輝かしき戦果。すべて國民一同にとって胸のすくのを思はしめるもの許りである。いまや一億國民の生まれ更る日である。…私は今本当に心からカラットした気持ちでゐられるのが嬉しくて仕様がないのだ。…混沌暗澹たる平和は、戦争の純一さに比べて、何と濁った、不快なものであるか!」(『光栄ある日』)

 

青野季吉氏「米英に宣戦が布告された。当然の帰結といふ外はない。戦勝のニュースに胸の轟くのを覚へる。何といふ巨きな構想、構図であらう。」(『経堂襍記』)

 

折口信夫氏「宣戦のみことのりの降ったをりの感激、せめてまう十年若くて、うけたまはらなかったことの、くちをしいほど、心をどりを覺えた。けれども、その日直に、十首近く口にのって作物が出來、その後も、日を隔てゝ幾首づゝ、何だか撞きあげるものゝやうに、出來たのである。」(『「天地に宣る」追ひ書き』)

そして折口氏などの歌人は次のやうな歌を詠んだ。

 

折口信夫氏

暁の霜にひゞきて 大みこゑ 聞えしことを 世語りにせむ

天地に響きとほりて 甚大(おぎろ)なる 神の御言(みこと)を くだし給へり

 

尾上柴舟氏

大勅(おほみこと)捧げまつればおのづから心のふるへ手に及ぶかも

 

佐々木信綱氏

あなさやけ今日のさやけさ國つ敵(あだ)うてとし宣(の)らす大詔(おほみこと)くだる

 

土岐善麿氏

撃てと宣す大詔(おほのことのり)遂に下れり撃ちてしやまむ海に陸に空に

 

影山正治氏

「いざ行きて今こそ撃てと待ち待ちし神のみことは天降りたり」

「そ根芽つなぎ撃ちてし止まむ皇軍(みいくさ)の起ちのきほひはさやかなるか、

 

中河幹子氏(中河與一氏夫人)

「戦へば勝つ皇軍やいにしへゆしか思へども涙あふるる」

 

中村武彦氏は、戦争直後獄中で「今こそ撃てと詔(みことのり)/承けて起ちたる暁の/あの一億の感激を/敗けたからとて忘られよか/そうだ敗けても國護る/大和魂われにあり」と歌った。

 

まさに昭和十六年十二月八日の一億の感激は、歴史から抹殺することもできなければ否定することもできない。況や「間違ってゐた」などと言ふのはあまりにも僭越であり、靖國の英霊も、そして銃後でアメリカ軍の爆撃などによって斃れた無辜の國民も、ソ連に抑留され彼の地で非業の最期を遂げた多くの同胞も、さらに大東亜戦争に協力して戦ひ戦死された多くの東亜同胞も、犬死だったといふことになる。

 

そのやうな歴史観では日本民族の誇り・自尊心を取り戻すことは出来ない。そればかりではなく、上御一人の『開戦の詔書』『終戦の詔書』を否定することとなる。

 

大東亜戦争を侵略戦争として断罪し、他國に謝罪することによって國際協力を果たさうとするのか、あるいは大東亜戦争の果たした役割と意味に誇りを持ち、歴史の継承から世界に貢献しやうとするかは、同じ世界への寄與でも全く違ってくる。

 

欧米列強からの独立・解放が日本の努力とアジア諸民族の奮闘によって實現した今日、アジアにおいて大東亜共栄圏に近いものが生み出されてつつある。『大東亜共同宣言』に謳はれた理想は今こそ完全に實現されなければならない。問題は、日本國民の多くがいまだに敗戦後遺症から脱却できないがゆゑに亡國の危機にさらされてゐることである。これを正す事が今日最も大切であると信ずる。

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千駄木庵日乗二月九日

午前は、諸雑務。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆、『伝統と革新』編集の仕事など。

母校に赴き、都知事選挙の投票。「母なる大地の田の神」に国家の安穏を祈る気持ちで投票。

この後、病院に赴き、母に付き添う。食事を介助。

帰宅後も、原稿執筆。

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2014年2月 9日 (日)

孝明天皇と明治維新

孝明天皇御製

 

「あさゆふに民やすかれとおもふ身のこゝろにかゝる異國(とつくに)の船」

「戈とりてまもれ宮人こゝへのみはしのさくら風そよぐなり」

 

東亜百年戦争といはれた。阿片戦争以来の歴史を顧みなければ、大東亜戦争の意義は理解できない。この御製は侵略の危機に瀕する日本を憂へられた御歌である。この御製を拝した多くの志士たちが尊皇攘夷の戦ひに決起した。

 

宮部鼎蔵(熊本藩士。尊攘派志士として、京都を中心に活躍。諸藩の有志たちと協議を重ね尊攘派運動を推進したが、池田屋事件にて自刃)は、孝明天皇の御製にこたへ奉り、次の歌を詠んだ。

 

「いざ子ども馬に鞍置け九重の御階(みはし)の桜散らぬその間に」

 

維新の志士の孝明天皇への赤誠・戀闕の心が、尊皇倒幕・明治維新の行動を起こさしめた。

 

徳富蘇峰氏は、「維新の大業を立派に完成した其力は、薩摩でもない。長州でもない。其他の大名でもない。又当時の志士でもない。畏多くも明治天皇の父君にあらせらるゝ孝明天皇である。…孝明天皇は自ら御中心とならせられて、親王であろうが、関白であろうが、駆使鞭撻遊ばされ、日々宸翰を以て上から御働きかけになられたのである。即ち原動力は天皇であって、臣下は其の原動力に依って動いたのである。要するに維新の大業を完成したのは、孝明天皇の御蔭であることを知らねばならぬ。」(『孝明天皇を和歌御會記及御年譜』「序」)と論じてゐる。

 

孝明天皇の國を憂ひ民を思はれる大御心が明治維新の原点であり、孝明天皇の大御心にこたへ奉る変革が明治維新であった。君民一體の神國日本の清潔さ・純潔を守らうといふ國粋精神が日本の独立を守った。そしてその國粋精神の體現者・實行者が孝明天皇であらせられた。

 

 

 

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千駄木庵日乗二月八日

午前は、諸雑務。

午後からは、在宅して、原稿執筆、資料の整理。

久しぶりの大雪なり。

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2014年2月 8日 (土)

在日米大使館の報道担当官の発言こそ馬鹿げている

 在日米大使館の報道担当官は二月七日、偏向売国新聞=毎日新聞の日米対立を煽りたてることを目的とした取材に対して、NHK経営委員の百田尚樹氏が東京都知事選の街頭演説で「南京大虐殺はなかった」などと語ったことについて「責任ある立場の人物は、地域の緊張をさらに悪化させるような発言を控えるよう望む」と非難した。
 

さらに百田氏が同じ演説で、原爆投下と東京大空襲を「大虐殺」と位置づけ、東京裁判を「これをごまかすための裁判だった」と主張したことについては「ばかげた意見」と非難した。

アメリカは、原爆投下・東京大空襲・全国主要都市への爆撃即ち日本人大虐殺、殲滅作戦に対する批判が巻き起こることを回避するために、嘘八百の「南京大虐殺」「慰安婦問題」という虚構によって日本が非難され中傷されることを望んでいるのだ。

内外の反日勢力による日本破壊・日米離間策謀が次第に功を奏するようになってきている。しかし日本の真の再生は、歴史問題の正しい決着無くしてあり得ない。わが国は、正義の主張を正々堂々、支那や韓国に対してのみならず、アメリカに対しても突きつけ、日本を侵略国家とする誤れる歴史の修正を実現すべきである。

 

アジア最大の侵略国家は支那であり、その手先になって来たのが朝鮮である。それがアジアの歴史である。わが日本は、支那及び欧米列強のアジア侵略を打ち砕く戦いをして来たのである。その歴史を正しく知らしめるべきである。

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日本は、言葉の靈が栄える國であり、言葉の靈の力によって生命が豊かに栄える國である

 日本民族は、言葉を神聖視してきた。日本人は、萬物は言葉=神によって成ってゐると信じた。即ち言葉が事物の本質であるといふことを本然的に信じてゐた。

 

日本の國は、「言靈の幸はふ國」といはれる。日本は、言葉の靈が栄える國であり、言葉の靈の力によって生命が豊かに栄える國である、といふ意味である。日本人は、言葉に靈が宿ると信じ、言葉は生命を持ち、言葉を唱へることによってその靈の力が発揮されると信じた。

 

『御託宣』『神示』は神靈が籠り神威が表白された言葉である。『祝詞』は人間が神への訴へかけた言葉であり、『歌』も人間の魂の他者への訴へである。祝詞にも歌にも靈が込められてゐる。祝詞を唱へ歌を歌ふと、そこに宿る言靈が発動し偉大なる力を発揮すると日本人は信じた。神・人・天地自然にまでその力が及ぶのである。これが「言靈の幸はふ」といふことである。日本文藝の起源はここにある。

 

日本の古代信仰のみならずあらゆる宗教は、神や佛に対して祈りを捧げたり経典を読誦したり、題目や称名念佛など特定の言葉を唱へることが基本的行事である。

 

折口信夫氏は、「(言靈信仰とは)古くから傳っている言葉の持ってゐる靈力・魂というものを考へてゐるのであり、それが言靈、つまり言語の精靈である。祝詞には勿論これがあると信じてゐた。…言葉そのものに威力・靈魂があると考へた。それが言靈である。それは唱辭(トナヘゴト)以外、…抒情詩其他のものゝ上に皆あると信じたのである。古い物語を語るとその内の靈魂が動き出す、歌を歌ひかけると、その歌のうちにひそんでゐる靈魂が働きかけると信じてゐたのである。」(『古代人の信仰』)と論じてゐる。

 

「言靈のさきはふ國」といはれるわが國においては、祝詞や歌は何よりも大切な神への捧げものとされた。日本文藝の起源は、神への訴へかけである。やまとうた・和歌は神聖な文藝であると考へられてゐた。神に対してだけでなく、戀人や親や死者など他者に対する何事かを訴へかけが、日本文藝の起源である。

他者に対して何事かを訴へるものが「歌」であり、何事かを語りかけるものが「物語」である。「うた」の語源は、神様に何事かを「訴へる」といふところから来てゐる。神に自分の心・神への願ひ事を訴へることが歌の起源である。

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千駄木庵日乗二月七日

午前は、諸雑務。

午後は、『萬葉集』解説原稿執筆。

夕刻、病院に赴き、母に付き添う。医師及び相談員の方と話し合い。

帰宅後も、『萬葉集』解説原稿執筆。

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2014年2月 7日 (金)

田母神俊雄氏の立候補について

田母神俊雄氏の都知事選立候補について、「軍人が政治に関わるのは如何なものか」という批判があるが、それは、戦後の似非平和主義にもとづく発想である。西村真悟氏の言うとおり、フランスのドゴールは軍人である。また、アメリカのアイゼンハワーも軍人である。また、日本に軍国主義が復活しているなどと嘘八百を並べ立てて非難する共産支那の革命第一世代の指導者、毛沢東・朱徳、周恩来、鄧小平、葉剣英、彭徳懐、賀龍、林彪、羅瑞卿など全て軍人である。また、反日国家韓国の歴代大統領にも朴正煕、全斗煥、盧泰愚など軍人が多い。

何故田母神氏だけが批判されるのか。国家的危機には、軍人が政治に携わることは正しいことである。

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西村真悟衆院議員の発言

本日行われた『日本再生同志の会』における西村真悟氏などの発言は次の通り。

小田村四郎日本再生同志の会会長「『支那討つべし』は爽快な本。全国会議員に読んでもらいたい。」

 

滝沢幸助元衆院議員「西村真悟氏は民社党元委員長西村栄一先生のご子息。全面的に心から支持する。会津の立場からも総理の靖國神社参拝は当然。『支那討つべし』の著書通りに日本がやって行けば間違いない。一言一句胸のすく文章。表題も素晴らしい。」

 

西村真悟衆院議員「わが国は外国から来た売春婦の稼ぎ場所になっている。平和を望むのなら戦いに備えなければならない。そういう状態にわが國はある。田母神俊雄候補は勇猛果敢。世界に冠たる日本に軍人知事が誕生すれば支那韓国は仰天する。これほどの抑止力はない。

 

日本人は国のためなら命を捨てる覚悟で戦う。支那がわが国に対して核攻撃の準備をすれば、F十五に爆弾を満載して突っ込んでいく。平和を望むのなら戦に備える。

 

『都』とは帝(みかど)がおられるところ。大阪都が出来たら兵庫都ができる。維新の会は分裂。政界再編が行われる。

 

田母神俊雄氏は四つの星を付けた将軍。ドゴールが二つの星を付けた将軍。田母神氏が都知事になれば危機管理の先頭に立つ。

 

我々は歴史を剥奪された。アセアン諸国およびロシアと首脳会談をしながら支那とはしなかったのは安倍総理の最大の功績。そして靖國神社参拝を行った。孤立しているのは支那と韓国。他のどの国も安倍総理を批判していない。

 

韓国人、支那人は祖国を愛していない。支那の支配者はアメリカに財産を移して生き延びようとしている。日本人の九四%は日本に生まれて来てよかったと思っている。支那韓国は国か持たないから朝から晩まで日本を批判している。

安倍総理は毎日靖国神社に参拝すればいい。

 

集団的自衛権を行使するか否かは最高指揮官たる安倍総理が決めるべきこと。国会で選ばれ、天皇陛下に任命された人が軍の指揮を執るのが日本のシビリアンコントロール。わが国に集団的自衛権は不可決。自分の家族に対する攻撃は自分への攻撃と思って戦う。集団的自衛権は行使しなければならない。

 

結いの党は左翼。平沼赳夫先生を中心とする真の政界再編の段階に入っている。

 

『現行憲法』を無効にして危機に対処しなければ無理。ミサイルを飛ばされたら憲法改正では間に合わない。

 

これからの国難は福沢諭吉の『脱亜論』に直面する国難。中朝国境が危ない。三十八度線が対馬と釜山の間に後退する。自己統治能力のない朝鮮統治を日本とアメリカが合同で行う。

 

支那の共産党政権が崩壊すると、一億人の難民が押し寄せる。難民を送り込んでその国を支配するのが支那のやり方。チベット、ウイグルはそれでやられた。」

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千駄木庵日乗二月六日

午前は、諸雑務、『萬葉集』解説原稿執筆。

午後も、原稿執筆。

病院に赴き、母に付き添う。食欲がないのがとても心配である。

午後六時より、グランドヒル市ヶ谷にて、「日本再生同志の会」全国総会開催。お田村志朗氏が開会の辞を述べ、滝沢幸助元衆院議員、三宅博氏衆院議員、増本照明氏、、田母神俊雄氏、村山實氏、そして小生氏などが祝辞を述べた。林慎平氏の音頭で乾杯を行い、盛宴に移った。加瀬英明氏が閉会の辞を述べた終了した。

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     小田村四郎氏

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   滝沢幸助氏

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   西村真悟氏

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  田母神俊雄氏

帰宅後は、原稿執筆。

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2014年2月 6日 (木)

萬邦無比の國體とは

 日本國家の存立の精神的中核は、天神地祇を尊崇し稲穂を大切にする信仰精神であり、日本という國家は<天皇を祭祀主とする信仰共同體>なのである。ゆえに日本國は天皇國といわれるのである。

 

 天皇が現御神であられるということは、天皇は「今生きておられる神」「この地上に実在する神」「人にして同時に神なる方」「天神地祇・稲穂の神靈の體現者」ということである。

 

 そしてわが國には太古以来の信仰が、祭祀という行事と共に今もわが國民の日常生活に生きている。また、天皇の祭祀は今日唯今も生きた姿で傳承されている。

 

 つまり、日本傳統精神は、天皇の祭祀と神社の祭祀を通して、今もなおその生命を傳えられている。そして、現実に天皇及び皇室の自然の命を慈しみたもう御精神と御行動、そして神社の鎮守の森が、自然破壊と人心の荒廃を食い止める原基となっている。

 伊勢の神宮の神殿は、二十年目ごとに必ずくり返される式年遷宮によって永遠に新しい姿に復元し生まれ変わる。古代の神殿が永遠に新鮮な姿で我々の眼前に立っている。

 このように、日本民族は古代信仰を今日唯今も生活の中に生かしているのである。そして古代信仰の祭祀主を今日の日本国の君主として仰いでいるのである。これが日本國の素晴らしさである。

 

 今上天皇は、初代の神武天皇から数えて第百二十五代の御子孫であらせられると共に、天照大胡神の生みの御子として、現御神として、邇邇藝命・神武天皇そして御歴代の天皇と全く同じご資格で國家を御統治されている。萬世一系の皇統は、高天原より地上へと、天照大御神・邇邇藝命・神武天皇から今上天皇へと、時間を超えて一貫して連綿として傳えられている。

 

 「現行占領憲法」においては、「天皇は日本國の象徴・國民統合の象徴」と規定している。しかし実體的には日本國の君主・國家元首として君臨あそばされている。つまり古代以来一系の天子が國家の君主であられるのである。これは世界史の奇跡であり、他の國家・民族には見られない事実である。これを「萬邦無比の國體」と言うである。         

 

 

 

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千駄木庵日乗二月五日

午前は、諸雑務。

午後は、『萬葉集』解説原稿執筆など。

夕刻、病院に赴き、母に付き添う。水分を取ってもらうことが大切とのことなので、紅茶などをすすめるのだが、なかなか飲んでくれない。少し熱がある。

帰宅後は、資料の整理など。

偏向メディアの長谷川三千子さん攻撃を粉砕しなけばならない。

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2014年2月 5日 (水)

 もののふとは

 

もののふとは、武人・武士のことを、やまとことば(和語すなわち漢語や西洋などからの外来語に対し、日本固有の語)で言った言葉であり、雅語(上品な言葉。正しくてよい言葉。特に、和歌などに使う、平安時代風の言葉)的表現である。

 

 「もののふ」とは、「宮廷を守護する者」即ち「物部」の音韻が変化した語である。「もの」とは「もののけ」の「もの」と同じで、不思議な霊力がある存在のことである。物部氏という氏族は、もっとも有力な「もののふ」だったという。

 

 「物部」の原義は、宮廷の妨げをするものを平らげ鎮める働きをする部(群れ・組。世襲的に一定の職業に従事した団体)のことである。物部氏は、古代の氏族の一つで、朝廷の軍事・刑獄のことを司った。古代日本では、霊的力即ち巫術(呪術の一つ。超自然的存在が人にのりうつり、その人を通して話し、行動する術)を以て戦場に臨み、敵軍を守る精霊を抑圧するものが「もののふ」(物部)であったという。

 

 もののふのみち即ち武士道は、物部、大伴の二氏によって明確なる史実として表現せられた。

 

 物部氏は饒速日命の後裔で武勇を以て聞こえた家柄で、神武天皇に奉仕し、御東征の折に大和で長髄彦を討って勲功があった。大伴氏と共に宮門を護衛し、軍事を担当した。これが後世武士の起こる濫觴とされている。用命天皇の崩御直後(用命二年・五八七)、仏教受容を唱えた蘇我氏の馬子と物部守屋が争い破れて物部氏は滅びた。

 

 なお、「武士」(ぶし)とは、折口信夫の説では、野に伏し山に伏して主君のために仕える者であるからという。「伏す士」という事であろうか。

 

 もののふの道(武士道)とは、古代日本(古事記・萬葉)においては、宮廷を守護すること即ち皇室に忠誠を尽くすという精神である。それが原義である。

 

笠金村の次の歌にそれは明らかである。(笠金村は伝未詳。作歌年代の明らかな歌は、霊亀元年【七一五・元正天皇の御代】から天平五年【七三三・聖武天皇の御代】まで)

 

「もののふの 臣(おみ)の壮士(をとこ)は 大君の 任(まけ)のまにまに 聞くといふものぞ」

(武人として朝廷に仕える男は、大君の仰せの通りに御命令の通りに聞き従   うものであるぞ、という意)。

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千駄木庵日乗二月四日

午前は、諸雑務。

午後は、『萬葉集』解説原稿執筆。

夕刻、病院に赴き、母に付き添う。夕食の介助。「雪が降る、あなたは来ない」という歌があったが、「雪が降る、都バスは来ない」という経験をした。

帰宅後は、『月刊日本』連載の『萬葉集』講義原稿執筆・脱稿・送付。

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2014年2月 4日 (火)

今こそ、言霊の力による国の再生が図られなければならない

現代日本はまさに国家的危機に瀕している。今こそ、言葉を正さねばならない。やまとことばの復興、言霊の力による国の再生が図られなければならない。一切の改革・変革の基本に、言霊の復興がなければならない。

 

情報とは言葉である。今の日本は情報・言葉は洪水のごとく氾濫し、濫用されている。森本和夫氏は、「スターリンによって、『生産用具、たとえば機会と違わない』といわれた言語が、ますますその方向を突き進んで、いまや生産用具の主座にすわろうとしている。それこそ“情報社会″と呼ばれるものの意味であろう」(『沈黙の言語』)と論じている。

 

言葉が意志伝達の手段としか考えられなくなり、人間が言葉への畏れを無くした時、人氾濫し濫用された時、文化と道義は頽廃し、人間は堕落する。それが現代社会である。

 

言葉への畏れを喪失するということは、言葉を単なる情報伝達の手段と考えることである。「言葉は意志伝達の手段、人間の扱う道具だ」という観念が、国語の軽視と破壊の原因である。言葉が単なる情報伝達の手段であるのなら、なるべく便利で簡単で負担が少ない方が良いということになる。漢字制限はそういう安易な便宜主義・目先の理由によって行われたと考える。

 

それは言霊の喪失である。現代ほど言霊が軽視されている時代はない。文藝においてすら言霊を喪失している。そして日本人の魂は、今、よすがなく彷徨っているように思える。さまよえる魂を鎮め、鎮魂し、再生させるために、やまとことば・言霊の復活が大切である。それは、言霊が籠り、天地(あめつち)を動かし目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思わせる「やまと歌」の復活である。今日において、まさに、「国風文化」が復興しなければならない。

 

大化改新という大変革・壬申の乱といふ大動乱の時に『萬葉集』が生まれ、平安中期の国風文化勃興の時に『古今和歌集』が生まれたように、畏れ多いが、国難に晒されてゐる今日においても、偉大なる「勅撰和歌集」が撰進されるべきであると信ずる。それが言霊の復活であり、世の乱れを正す大いなる方途である。

 

日本天皇を「すめらみこと」と申し上げる。「すめらみこと」とは、天つ神の「みことのり」「神勅」を地上において実現される最高に尊いお方という意味である。日本の「言葉」で最も大切な言葉は、天皇の「みことのり」(詔勅)である。「詔を承りては、必ず謹む」精神即ち「承詔必謹」が日本国民の最高絶対の道義精神であり、国家永遠の隆昌の基本である。

 

 「言靈のさきはへ」が今こそ必要なのである。和歌の復興が必要なのである。現代日本において和歌を詠む人は多いが、変革の情念、特に日本人の深層精神において継承して来ている民族の共同精神を表白し訴えるものとしての和歌を詠んでいる人は少ない。真の意味において和歌が復興した時代こそが日本が再生した時代である。和歌の力というものの偉大さを今こそ実感すべきである。

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千駄木庵日乗二月三日

午前九時、病院に赴き、母の転院に付き添う。今日までの病院の支払いを済ませ、色々な書類や薬をもらい、介護タクシーで新たなる病院へ。病院に到着、医師・看護師の話を聞く。しばらく母に付き添う。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事、原稿執筆・脱稿・校正・送付など。忙しい時の方が仕事がはかどるのが不思議。精神的に緊張するからだろうか。

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2014年2月 3日 (月)

萬葉古代史研究會

四宮正貴が講師となり「萬葉集」を勉強する會が次の通り開かれます。主要作品を鑑賞しつつ古代日本の歴史精神と美感覚を學んでおります。多くの方々の御出席をお待ちしております。

 

日時 二月十二日(毎月第二水曜日) 午後六時半より

會場 豊島区立駒込地域文化創造館

東京都豊島区駒込二の二の二 電話〇三(三九四〇)二四〇〇 山手線駒込駅北口徒歩二分

會費 千円  テキストは、岩波文庫本『萬葉集』上巻。

 

初参加の方は、テキストはなくても結構です。初めての方でも分かりやすい内容です。

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天神地祇について

 日本民族は太古より「天地の神」を信仰して来た。わが國の神は天の神・地の神、陽の神・陰の神に系統が分かれてゐる。『古事記』冒頭に「天地の初発の時、高天原になりませる神の御名は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ) 。次に高御産巣日神(たかみむすびのかみ) 。次に神産巣日神(かみむすびのかみ)」と記されてゐる。この三神を造化の三神といふ。天地宇宙の根源の神であり生成の神である宇宙大生命の神といってもよい。高御産巣日神は陽の神であり、神産巣日神である。

 

 そして、國土生成の神であられる伊耶那岐命・伊耶那美命は、伊耶那岐命が男性神・陽の神であり、伊耶那美命が女性神・陰の神である。伊耶那岐命が筑紫の日向の小門の阿波岐原で身禊をされた左の目を洗はれた時になりませる神が天照大神である。鼻を洗はれた時になりませる神が須佐之男命である。

 

 天照大神の系統の神様が天の神である。天照大神の御孫であらせられ、地上に天降られて地上を統治される神が、皇室の御祖先である邇邇藝命である。また、天照大神の弟君である須佐之男命の子孫の神が國土の神であり邇邇藝命に「國譲り」をされた大國主命である。そして、神武天皇をはじめとした御歴代の天皇は、天の神・地の神の霊威を身に帯びられて國家を統治されて来てゐる。

 

 全國各地に、天照大神をお祀りした神社、須佐之男命をお祀りした神社があるやうに、わが國民は、天の神・地の神(これを天神地祇といふ)を共に敬って来た。農耕生活を営む上において、天の恵み(太陽)と地の恵み(土と水)は欠かすことができないので、わが國の祖先は天神地祇を篤く信仰したのであらう。

 

「天神地祇」といふやうに、日本人は、天の神・地の神を対立して考へず、一体のものとしてとらへた。天の神・地の神として全てを包み込んでしまひ、漏れ落ちることがないといふのが日本人の伝統信仰である。

 

 地の神である須佐之男命も、天の神である天照大神の弟神であられる。天の神も地の神も根源的には姉と弟であり一つなのである。そして、須佐之男命は、天照大神に反抗して高天原で大暴れするけれども、出雲の國に天降ると、豊饒の神となって、民を助ける。日本人は「天と地」・「善と悪」を厳しく峻別するといふ考へ方はなく、「悪」も見直し・聞き直しをすれば「善」となるといふ寛容にして大らかな精神を持ってゐる。

 

 キリスト教などの一神教では天と地とは隔絶した存在であり、人間がこの世から天國へ行くのは簡単ではない。イエス・キリストを神の一人子として受け容れ、信仰し、他の宗教を捨て、原罪を悔い改めなければならない。

 

 しかし、わが國の伝統信仰においては、天と地とは隔絶した存在ではないととらへてきた。それはわが國が四方を海に囲まれてゐて、水平線をよく見ることができる。水平線の彼方は海(天)と空とが一体になっている。ゆえに空のことも「天(アマ)」といひ、海のことも「アマ」といふ。日本人は、天地は一如であると観察してゐたのである。

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2014年2月 2日 (日)

千駄木庵日乗二月二日

午前は、諸雑務、『萬葉集』解説原稿執筆。

午後一時過ぎ、北区の菩提寺に参詣。四宮家の墓を掃苔、ご先祖にご冥福とご加護を祈る。お墓を清め、線香と供花を手向け、祈りをささげると、本当に心洗われる。午後二時より、本堂にて、『節分会法要』執行。読経、御護摩、豆撒きが行われた。この後、懇親会。

帰宅後は、原稿執筆、書状執筆。

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2014年2月 1日 (土)

木村三浩氏の講演内容

一月十日に行われた『一水会フォーラム』における木村三浩氏の講演内容は次の通り。

 

「優秀な都知事が辞任せざるを得なくなったことに責任を感じている。米軍横田基地返還・軍民共用がこれで遠のいてしまう。私は大物と言われるような人間ではない。中間管理職のようなことをやっているから中物右翼。安倍首相の靖国神社参拝に対して、米国務省は『失望に値する』と出た。『失望』の解釈が色々出た。日本を取り戻すというスローガンを掲げた第一次安倍内閣で参拝できなかったので安倍氏は『慚愧の念』を持った。

 

四島一括返還は難しい。プーチンが再任されたこの時こそ話し合うべし。『引き分け』の中身を調べ、向こう側の言い分を尊重し、面積を等分する。四島一括ではなくてもっと柔軟に考えて取り返した方がいい。永久の固定化して帰って来ないよりそれが良い。

 

ロシアにも友人がいる。ウラジミール・ジリノフスキーさんと北方領土の議論をしてきた。ジリノフスキーは自由民主党の党首でプーチンと親しい。『日本政府が北方領土返還要求をしたら日本に原爆を落とせ』と言った人物。一九九三年のイラクで開催された国際会議で親しくなった。二〇〇二年日韓ワールドカップの日本での試合の時、丹波實ロシア大使(当時)がロシアのオピニオンリーダーを日本に招待した。ジリノフスキーが日本に来て帝国ホテルに泊まった。私はタス通信の支局長と親しかった。彼から『ジリノフスキーが来ている。電話してみたら』と言われ、電話をしたら『すぐ来てくれ』と言われ帝国ホテルで色々話した。一緒に京都に行って豆腐を食ったりして親しくなった。リップサービスはうまい。彼はロシア国内の日ロの融和・妥協勢力に対抗するために極端なことを言わなければならない。

 

ジャンマリー・ルペンのフランス国民戦線四十年大会に呼ばれて、ニースに行った。欧州三十か国から代表団が来ていた。四年前に東京の椿山荘で『世界平和をもたらす愛国者の集い』という国際的愛国者の連帯の大会を開いた。ヨーロッパ八か国十六人に代表が来た。靖国神社に参拝した。『ジリノフスキーは、肌合いが違うのでヨーロッパだけにしてくれ』と言われた。そのせいかどうかジリノフスキーとは没交渉になってしまった。

 

ハイル・ヘールイ前駐日ロシア大使にインタビューした。いずれ北方領土にビザなしで行かしてくれとロシアに交渉している。実現するまでそういう動きをしていきたい。

 

『一水会フォーラム』は平成の老壮会。左右の論客の勉強会。老壮会はわずか二年しか続かなかった。今これを平成の世に呼び戻すことができたらどうか。

 

『主権回復の日式典』に反対しても三日間ハンガーストライキをした。どう考えても主権はまだ回復されていない。五項目の建白書を提出した。『建国記念の日』を政府主催、総理出席でお祝いしてもらいたい。わが国が本当に独立を勝ち取ることが右翼運動の主眼。東西冷戦構造下、左が強かった。自主憲法を制定し、自分の國は自分で守らなければ駄目。『日米地位協定』すら改定できない。

 

ルース前駐日アメリカ大使に二度会った。ロシア大使の送別パーティの時、ルース大使に『広島に行った事に敬意を表し、長崎に行くべきだ』と言った。その後ルース大使に手紙を出した。公使から返事が来た。その後、新任のロシア歓迎パーティでもルース大使に会ったので、同じ要請をした。ルース大使は長崎に行ってくれた。私は非常に感謝した。

 

首都圏一都八県の上空には横田管制空域というのがある。日本の民間機は通ることができない。一部が民間に返還された。燃料代九十八億円のロスが省けた。占領状態が続いているという屈辱を何とかしなくてはいけない。石原慎太郎氏は『嫌米』と言った。横田基地を取り返す運動をしなければならない。アメリカとの友好を結びつつ日本国民の利益を守る。中国・韓国に対しても是々非々、自主外交を展開していかねばならない」。

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千駄木庵日乗二月一日

午前は、諸雑務。

午後二時より、靖国神社境内の啓照館にて、『第十回先哲に学ぶ会』開催。永江太郎日本学協会理事が「激動の幕末に日本人の心を詠んだ歌人・橘曙覧」と題して講演。質疑応答。

この後、病院に赴き、母を見舞う。母はぐっすり寝ていた。

午後六時より、歌舞伎町の花車にて、『水野正彦氏の喜寿を祝う会』開催。犬塚博英氏が祝辞を述べ、三本菅啓二氏の発声で乾杯を行い、盛宴に移った。水野氏が謝辞を述べ、小生の発生で手締めを行い閉会した。多数の同志が参加し、盛大な祝賀会となった。

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水野正彦氏

帰宅後は、原稿執筆など。

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この頃詠みし歌

千早振る神の御稜威に生かされて今日も生きたり明日も生きなむ

 

銀杏の葉散り尽くしたる頃にして新しき年を迎へたりけり

 

気丈なる母は弱音を吐くことなく大丈夫だよとのらせたまへる

 

光放つ日本刀を見つめゐて何ゆゑか魂が奮ひ立つなり

 

何事か大声でしゃべる人のゐる地下鉄車内に黙す人々

 

母と我の命の絆しみじみと思ひつつ母の手を握りゐる

 

通ひ慣れし病院への道いくらかの勾配あれば息切らしのぼる

 

わが身にぞ日の神のいのち流れ入り大いなる力湧き来るごとし

 

天津日に柏手を打ち今日一日(ひとひ)の幸を祈りて心あらたまる

 

耐え難き悲しみなるか わが母が病室に横たはり苦しみたまふは

 

太りたる身に階段は敵の如し 昇り行くにも下り行くにも

 

夜深く心静かにものを書く一人の部屋に暖房機の音

 

逢ひ得ざる女(ひと)の面影眼に浮かべ今日も一人で歌詠みてゐる

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千駄木庵日乗一月三十一日

午前は、諸雑務。

午後は、原稿執筆の準備など。

夕刻、病院に赴き母と語らう。

お茶の水にて、おでんを食しつつ知人と懇談。

帰宅後は、資料の整理など。

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