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2014年1月25日 (土)

國難の時期である今日において「勅撰和歌集」が撰進されるべきである

本居宣長は「もののあはれを知るといふことをおしひろめなば、身ををさめ、家をも國をも治むべき道にわたりぬべきなり。…民のいたつき、奴のつとめをあはれとおもひしらむには、世に不仁なる君はあるまじきを云々」(『源氏物語玉の小櫛』)と論じてゐる。宣長は「もののあはれを知る」心が日本人の道義精神の原理であり、さらには政治の原理であるとしてゐる。天皇が和歌を詠ませられると共に、『勅撰和歌集』の撰進が行はれたのは、まさに御歴代の天皇が「もののあはれを知る心」を養ひたまふことを國家統治の基本とされてきた事を証しする。

 

和歌は天皇・皇室を中心に継承されて来た。和歌の中心に常に天皇が存在し、和歌集の多くは勅撰によって成立した。天皇の國家統治の基本に和歌がある。和歌は天皇の國家御統治と一體である。

 

天皇國家統治をやまとことばで「きこしめす」「しろしめす」と申し上げる。天皇の御心を民に示し、民の心を天皇が知り給ふために實に和歌が重要な役割を果たしたのである。天皇の國家統治は、西洋や支那の皇帝・國王のように権力・武力によって國民と國土を支配するのではない。日本天皇は、まつりごとと和歌といふ二つの信仰的精神的営為によって國民と國土を統治されてきたのである。

阿部正路氏は、「日本の傳統の最もあれはてた現代にこそ新しい真の意味での勅撰集が編まれるべきではないだろうか。それが具体化するかどうかに、日本の傳統の意志の行方が見定められることになるのだと考える。…勅撰集に明らかに見ることのできる、一系の天皇の、和歌に対するゆるぎない信頼の中においてこそ《悠久》の世界を具体化し得たのであった」(『和歌文學発生史論』)と論じてゐる。

 

國難の時期である今日において、まさに、「國風文化」が復興しなければならない。大化改新といふ大変革・壬申の乱といふ大動乱の時に『萬葉集』が生まれ、平安中期の國風文化勃興の時に『古今和歌集』が生まれたやうに、畏れ多いが、國難に晒されてゐる今日において、偉大なる「勅撰和歌集」が撰進されるべきであると信ずる。それが言霊の復活であり、世の乱れを正す大いなる方途である。

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