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2014年1月27日 (月)

伊勢皇大神宮について

第一〇三代・後土御門天皇は、明応四年(一四九九)「伊勢」と題されて、

 

「にごりゆく世を思ふにも五十鈴川すまばと神をなほたのむかな」

 

と詠ませられた。

 

後土御門天皇の御代は、応仁文明の乱・疫病の流行・大火大地震・武家の専横などがあり、御皇室の衰微が極に達した。崩御になられた後、御大葬は行われず、御遺体を宮中に御安置申し上げたまま四十九日に及んだという。この御製は聖天子の篤き祈りの御歌である。

 

今日の日本も「にごりゆく世」である。本来の日本の清き姿に回帰することを日本国民は神に熱祷しなければならない。 

 

伊勢の皇大神宮に参拝すると本当に日本人に生まれ来た喜びと有難さを感する。吉川英治は「ここは心の ふるさとか そぞろ参れば 旅ごころ うたた童に かへるかな」と詠んだが、本当に魂のふるさとに帰って来た心地がする。

 

伊勢の神宮の神域を流れる五十鈴川は別名を御裳濯川(みもすそがわ)という。倭姫命(垂仁天皇皇女)が御裳のすその汚れを濯がれた事から名付けられた。

 

日蓮上人は、『聖愚問答鈔』で「念仏の行者は弥陀三尊よりほかは…諸天善神を礼拝雑行と名づけ、又之を禁ず。しかるを日本は夫れ神国として、伊奘諾・伊奘再尊此国を作り、天照大神垂迹御坐(あとたれいま)して御裳濯川の流久うして今にたえず豈此の国に生を受けて此の邪義を用ゆべきや」と書いている。

 

創価学会は、会員の神社参拝を禁止しているが、これは日蓮の教えに全く背くものである。学会は日蓮の意志通り「神祇不拝の邪義」を捨て、天照大神などわが国の天神地祇をお祀りする伊勢の神宮など全国の神社に参拝すべきである。

 

神宮には「伊勢の神杉」といわれる通り、神霊が宿っておられるごとくに神々しい大樹がある。伴林光平は、

 

「度会の宮路に立てる五百枝杉かげ踏むほどは神代なりけり」

 

 と歌っている。「度会の宮路」とは伊勢に神宮の参道のこと。神宮が度会郡に鎮まりたもうゆえにかくいう。「五百枝杉」とは枝葉の繁茂する杉。伴林光平は河内の人。真宗の僧であったが、加納諸平・伴信友に国学と歌道を学び、還俗して、天誅組の大和義挙に参加。京都六角の獄で斬罪に処せられる。この歌は宇治橋を渡って歩み行く人々全ての実感ではなかろうか。

 

 保田與重郎氏は、この光平の歌について論じ、「神苑の杉の並木を歩いてゐると、いつの程にか神代の心に我身我心もなりきってしまふといふ意で、神宮参拝の心持を非常によくうつした名作である。…樹そのものが神と思はれるのである。さうしてその感覚の中では、自分と木は一つになる。…大木を大切にすることの必要さなどといふことは、大木を見て神を知った者は必ず切実に感じる。さうしてさう感じる心が、即ち日本の本質である。日本の生々発展の神の創造力に奉行し得る。…大木を見ても、たゞこれを伐って何に利用しようかといふやうに考へるたぐひの心持が、日本人の一部に動いてゐるが、私はこれを無限に悲しみ、憤ってゐる。…この神苑の大杉は物ではなく、神である。この感覚が永久に日本を支へる感覚である」(橿ノ下)と述べておられる。

 

 近代歌人・窪田空穂も、「遠き世にありける我の今ここにありしと思ふ宮路を行けば」と歌っている。伊勢の神宮に参拝すると「今即神代・神代即今」を真実に実感する。

 

何年か前に伊勢に於いて詠んだ拙歌を記させていただく。

 

 伊勢の海見はるかす宿の窓に倚り新春寿ぐ今朝すがすがし

 日の御旗高くはためく美しさ伊勢の宮居の新春の幸

 神路山新春の日に照らされて緑輝く美しさかな

 天地に満ちてゐませる日の神の御稜威に生くる日の本の民 

 民族の心のふるさとに参り来て神の懐に抱かれし幸  

 

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