« 2013年12月 | トップページ | 2014年2月 »

2014年1月31日 (金)

最近お贈りいただいた書籍を紹介します。

日本人は偉大だ 増子岳寿氏著 コスモトゥーワン発行 著者より

世界を「あっ!」と言わせた日本人 黄文雄氏著 海竜社発行 著者より...

日本人はなぜ特攻を選んだのか 黄文雄氏著 徳間書店発行 著者より

幻の祖国に旅立った人々・北朝鮮帰国事業の記録 小島晴則氏著 高木書房発行 三浦小太郎氏より
               ◎
お贈りいただいた方々に心より感謝申し上げます。
四宮 正貴さんの写真
四宮 正貴さんの写真
四宮 正貴さんの写真
四宮 正貴さんの写真

| | トラックバック (0)

日本は神代以来「言靈」によって護られる國である

言葉ほど大切なものはない。言葉は人間の心を表現する。言葉のない生活は考へられない。言葉は、共同体において生活する人と人とを結合させ、人と人との間をつなぎ相互に理解を成立させる。言葉は、人間生活そのものを体現し、共同体は基本的に言葉によって成立する。

 

「言葉の乱れは世の乱れ」といはれる。今の日本は乱れてゐる。乱世である。その原因は、言葉の乱れが重大な要素になってゐると考へる。

 

日本民族は古来、言葉を大切にし、言葉には不可思議にして靈的な力があると信じ、言葉を神聖視してきた。『萬葉集』の歌に「言靈」といふ言葉がある。「言靈」とは言語精靈、言葉に宿る靈力のことである。古代日本人は言葉に精靈が宿ってゐると信じ、言靈即ち言葉に内在する靈的力が人間生活に大きな影響を与へると信じた。

 

古代のみならず今日の日本人にも、言葉に宿る神秘的な力によって禍福が左右されると信じるのみならず、「言靈」によって護られ栄えゆく國が日本國であると信じてゐる人は多い。信仰を持ってゐる日本人は、言葉に靈が宿ると信じ、言葉を唱へることによってその靈の力が発揮されると信じてゐる。故に言葉を慎み、畏敬する。

 

神道で「祝詞」を唱へ、仏教で経文・経典を読誦し題目や念仏を唱へるのは、それらの言葉に神秘的にして不可思議な力が宿ってゐると信ずるからである。

「祝詞」は人間が神への訴へかけた言葉であり、「歌」も人間の魂の他者への訴へである。「祝詞」にも「歌」にも魂が込められてゐる。祝詞を唱へ歌を歌ふと、そこに宿る言靈が発動し偉大なる力を発揮すると日本人は信じた。神・人・天地自然にまでその力が及ぶのである。これが「言靈の幸はふ」といふことである。神に対してだけでなく、恋人や親や死者など他者に対する何事かを訴へかけが日本文藝の起源である。

 

折口信夫氏は、「(言靈信仰とは)古くから傳ってゐる言葉の持ってゐる靈力・魂といふものを考へてゐるのであり、それが言靈、つまり言語の精靈である。祝詞には勿論これがあると信じてゐた。…言葉そのものに威力・靈魂があると考へた。それが言靈である。それは唱辭(トナヘゴト)以外、…抒情詩其他のものゝ上に皆あると信じたのである。古い物語を語るとその内の靈魂が動き出す、歌を歌ひかけると、その歌のうちにひそんでゐる靈魂が働きかけると信じてゐたのである」(『古代人の信仰』)と論じてゐる。

 

他者に対して何事かを訴へるものが「歌」であり、何事かを語りかけるものが「物語」である。「うた」の語源は、神様に何事かを「訴へる」といふところから来てゐる。神に自分の心・神への願ひ事を訴へることが歌の起源である。

 

「言靈の幸はふ國」といはれるわが國においては、「祝詞」や「歌」は何よりも大切な神への捧げものとされた。日本文藝の起源は、神への訴へかけである。「やまとうた・和歌」は神聖な文藝であると考へられてゐた。

 

『萬葉集』に歌はれた「言靈の幸はふ國」とは、言葉の靈が栄える國、言葉の靈の力によって生命が豊かに栄える國といふ意である。「いふ言の恐(かしこ)き國」とは、言葉におそるべき力が宿る國であるといふ意である。「言擧せぬ國」とは、多弁を慎む國といふ意である。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月三十日

午前は、諸雑務。

昼、知人と懇談。都知事選など内外の諸情勢について意見交換。

この後は、在宅して、『萬葉集』解説原稿執筆など。

| | トラックバック (0)

2014年1月30日 (木)

 太刀・剣の神聖性

 わが國の武士は太刀を「力と勇気と名誉と忠誠の表徴」として尊んだ。そればかりでなく太刀は神聖なものとして尊ばれた。太刀を御神体とする神社もある。日本武尊が「床の辺に 吾が置きし つるぎの大刀」と歌っておられるやうに、太刀は床の間に置かれた。太刀に対する侮辱はその太刀の持ち主に対する侮辱とされた。刀鍛冶は単なる工人ではなく、神聖なる職に従事するものであった。刀鍛冶は斎戒沐浴して工を始めた。太刀を作ることは神聖な宗教的行事とされた。

 

 太刀(タチ)の語源は、「断()ち」であり、「顕()ち・現()ち」である。罪穢を断つと共に、罪穢を断った後に善き事を顕現せしめるといふ言霊である。罪穢を祓い清めた後、神威を発動せしめる意である。太刀によって邪悪を滅ぼし、穢れを清め、本来の清らかさを顕現せしめるのである。

 

 太刀は「幾振り」と数へられるやうに、魂ふり(人の魂をふるい立たせ活力を与へ霊力を増殖させる行事)のための呪具でもあった。日本の剣は人の命を絶つための道具ではなく、人の命を生かす道具なのである。まさに「活人剣」なのである。

 

 太刀・剣には魂が籠ってゐると信じられ、太刀を授受することは精神的・魂的な信頼関係が成立したことを意味する。敗者から勝者へ太刀・剣が奉られるのは、恭順の意を表する象徴的行事である。小野田寛郎氏がそれを行ったことは多くの人が記憶してゐるところである。小野田氏がルパング島で発見された後、当時のフィリッピンのマルコス大統領に軍刀を差し出した。軍人の魂であるところの軍刀を差し出すといふことは恭順の意を表するといふことである。小野田氏は昭和の御代において武人の伝統を継承した人物だったのである。

 

 さらにいへば、「タチ」は「タツ」と同じ語源であり、それは「龍(タツ)」である。龍神は水の神であるから、水のよく出る山奥には龍神の祭った神社が多い。蛇を祭った社(やしろ)も水の神である。道を歩いてゐて、蛇を見ると光ってるやうに見える。「龍」や「蛇」は長くて光る動物であるので、「刀」とよく似てゐる。ゆえに「刀」は「龍・蛇」を連想させる。また、雷が鳴ると必ず雨が降る。だから水の神と雷神とも近い関係にあると考へられた。雷の稲妻は、光を放つので太刀を連想した。このやうに、「刀」「龍」「蛇」「水の神」「雷神」はきはめて近い関係にあるものと信じられた。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月二十九日

午前は、諸雑務。

午後は、『萬葉集』解説原稿執筆。

この後、病院に赴き、母と会う。

午後六時半より、春日の文京シビックセンターにて、『國體政治研究会』第六五回例会開催。小生が司会。茂木貞純国学院大学教授が「三島由紀夫と昭和二十一年元旦の詔書」と題して講義。質疑応答。

終了後、出席者と懇談。

帰宅子後は、諸雑務。

| | トラックバック (0)

2014年1月29日 (水)

天皇の日本国統治の意義

 天皇が日本国を統治されるということは、決して権力によって支配されるということではない。三潴信吾氏は「帝国憲法第一条の『統治ス』は、政治に限らず、国家・国民の活動の一切にわたっての根源者、総親たらせ給ふの意で、ここでいふ「統治」は権力作用たる『統治権』のことではない。日本古来の伝統的『やまとことば』で云ふ『しろしめす』のことである。」(日本憲法要論)と論じておられる。

 

 それでは「やまとことば」の「しろしめす」(「しらしめす」ともいう)とは一体いかなる意義なのであろうか。「しろしめす」は「知る」の尊敬語である「知らす」にさらに「めす」という敬意を添える語を付けた言葉である。『續日本紀』に収められている文武天皇の宣命には「現御神と大八島國知ろしめす天皇」とある。また『萬葉集』では「御宇天皇代』と書いて「あめのしたしらしめししすめらみことのみよ」と読んでいる。この場合の「知る」とは単に知識を持っているという意ではない。もっと深い精神的意義を持つ。天下の一切のことを認識し把握するというほどの意であろう。

 

 文武天皇の「宣命」には「天津神の御子ながらも、天に坐す神の依さし奉りし随(まにま)に、聞こし看し(め)し来る此の天津日嗣高御座の業と現御神と大八島國知ろしめす倭根子天皇命の授け賜ひ負せ賜ふ…」と示されている。また「萬葉集」巻十八所収の大伴家持の長歌に「葦原の 瑞穂の國を 天降り しらしめしける 天皇の 神の命の 御代重ね 天の日嗣と しらし来る 君の御代御代…」とある。

 

 「しらしめす」即ち<天皇の統治>とは、天津神の御命令で日本に天降って来られて、天津神の御委任で天津神の日の神の霊統を継承される現御神として、天津神の命令のままに天の下をお知りになる(お治めになる)という、きわめて宗教的というか信仰的な意義があるのである。天皇の統治は決して権力行為ではない。

 

 天下の一切の物事を「お知りになる」ということは、<無私>の境地であられるということであり、天下の一切の物事に対して深い<慈愛の心>を持たれているということである。<無私>と<慈愛>の心が無くては対象を深く認識し把握する事はできない。

 

 先帝昭和天皇陛下が、よく「あっそう」というお言葉をお発しになられたのは、まさに無私と慈愛の心で相手の言う事をお聞きになられお知りになったということである。有難き限りである。

 

 「大日本帝国憲法」において「しらしめす」の漢語表現として「統治」という言葉を用いたのである。そしてこの「統」という言葉は統べる(統一する)という意であり、「治」は治める(本来の位置に置く)という意である。明治天皇が明治元年三月十四日に発せられた『明治維新の宸翰』に「天下億兆一人も其處を得ざる時は、皆朕が罪なれば…」と仰せになっている。このお言葉こそまさしく「治める」の本質なのである。無私と慈愛というまさに神の如き御心で日本を統治されるお方が日本天皇であらせられるのである。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月二十八日

午前は、諸雑務。

午後二時半より、ある新聞社の文化部長来宅。『建国記念の日』特集に掲載のため、小生にインタビュー。日本國體と和歌文学、『萬葉集』、『勅撰和歌集』について話す。

この後、病院に赴き、母に会う。

帰宅後は、書状執筆など。

| | トラックバック (0)

2014年1月27日 (月)

日本國は天皇を祭り主と仰ぐ祭祀共同體

 

 人間が人間として生活するためには、多くの人々によって成立する共同體が必要不可欠である。そういう共同體が、発展し巨大化したものが、「國家」である。幾億人と存在する人間というものにもそれぞれ個性があるように、世界の多くの共同體としての國家にもそれぞれに個性があり特殊性がある。

 

 日本という國には民族的個性がある。と言うよりも民族的個性を離れては國家は存立し得ない。日本という國そして日本人という民族の主體的な歴史性、風土、信仰精神の意義正しき把握により、正しき日本國家観が確立される。

 

 人間の道義精神・道義に則った生活の実現も、そして道義國家・人倫國家の回復も、抽象的な「人類普遍の原理」によって実現され得るものではない。倫理・道義・信仰は、それぞれの國の歴史伝統・民族信仰の中から培われ、それぞれの民族の伝統精神として表現されてきている。民族的歴史性・個性を通して表現されない<普遍の原理>などというものはありえない。たとえあると錯覚しても、それは抽象的な観念に過ぎない。その意味において「人類普遍の原理」だなどと称する欧米民主主義思想を基本原理としている「現行占領憲法」は無國籍憲法である。 

 

 宗教上の神や仏も、それぞれの宗教教団或いはそれぞれの宗教の発生した地域において、特殊な個性ある神・仏として信じられて来ている。ユダヤ教・キリスト教・回教という一神教ですら、地域及び民族のよってそれぞれ個性ある神となっている。日本仏教も真言宗・日蓮宗・浄土宗・禅宗等々それぞれ各宗派ごとに個性ある仏を拝んでいる。

 

 日本という國家には日本の長き歴史の中から生まれてきた日本独自の<立國の精神>というものがある。それは、日本列島の豊かな自然環境と共に生きる生活・風土の中から生成して来た。

 

 日本民族の生活の基本は稲作であり、日本人の主食は米である。古代から現代に至るまで、稲作を中心とした農事を営む人々が、五穀の豊饒を神に祈り、豊作を神に感謝する祭祀を行って来ている。

 

 祭祀を中核とする共同體の統率者(祭り主)は信仰的権威を担っている。古代にける祭祀の祭り主(共同體を代表して神に祈り、神の意志をうかがい知りそれを國民に告げる役目の人)を中心とする信仰的な血族関係即ち共通の祭祀と文化を持つ村落共同體が、民族共同體へと自然に発展し生成してきた國家が、日本國なのである。つまり、稲作文化が祭祀を生み、その祭祀の祭り主を中心とした共同體の生成が、日本という國家の成立である。 

 

 稲作に欠かすことのできない自然の恵みが太陽であり大地である。その太陽と大地を神として拝んだ。その太陽の神が天照大神である。また大地の神は國津神として祭られた。また稲穂そのものも神の霊が宿っているものとして尊んだ。そして、古代日本人は太陽を最も尊貴なる神として崇めた。それが天照大神である。

 

 天照大神をはじめとする天津神、そして大地の神である國津神、および稲穂の霊をお祭りされ、國民の幸福と五穀の豊饒を祈られる祭り主は、天照大神の御子即ち日の御子として國民から崇められた。これが即ち日本天皇であらせられる。天照大神は、太陽の神であるのみならず、天皇の御祖先でるあると信じられた。そして、祭り主たる天皇を稲作を営む古代日本人の共同體の連帯の中心として仰いだ。

 

 つまり、古代日本の統一は、日の御子たる天皇が行われる太陽神・天照大神

の祭祀を頂点とし、その神聖なる権威が他の多くの地方の神々と祭祀を次第に全國的に統一されることによって実現したのである。つまり、古代日本の統一(日本國の生成)は、祭祀的統一である。各部族間の武力闘争はあったにしても、その有限的にして相対的な勝利は、最終的には神の祭祀によって聖化された。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月二十七日

午前は、諸雑務。

午後からは、在宅して、原稿執筆、資料整理、明日受けるインタビューの準備など。

| | トラックバック (0)

伊勢皇大神宮について

第一〇三代・後土御門天皇は、明応四年(一四九九)「伊勢」と題されて、

 

「にごりゆく世を思ふにも五十鈴川すまばと神をなほたのむかな」

 

と詠ませられた。

 

後土御門天皇の御代は、応仁文明の乱・疫病の流行・大火大地震・武家の専横などがあり、御皇室の衰微が極に達した。崩御になられた後、御大葬は行われず、御遺体を宮中に御安置申し上げたまま四十九日に及んだという。この御製は聖天子の篤き祈りの御歌である。

 

今日の日本も「にごりゆく世」である。本来の日本の清き姿に回帰することを日本国民は神に熱祷しなければならない。 

 

伊勢の皇大神宮に参拝すると本当に日本人に生まれ来た喜びと有難さを感する。吉川英治は「ここは心の ふるさとか そぞろ参れば 旅ごころ うたた童に かへるかな」と詠んだが、本当に魂のふるさとに帰って来た心地がする。

 

伊勢の神宮の神域を流れる五十鈴川は別名を御裳濯川(みもすそがわ)という。倭姫命(垂仁天皇皇女)が御裳のすその汚れを濯がれた事から名付けられた。

 

日蓮上人は、『聖愚問答鈔』で「念仏の行者は弥陀三尊よりほかは…諸天善神を礼拝雑行と名づけ、又之を禁ず。しかるを日本は夫れ神国として、伊奘諾・伊奘再尊此国を作り、天照大神垂迹御坐(あとたれいま)して御裳濯川の流久うして今にたえず豈此の国に生を受けて此の邪義を用ゆべきや」と書いている。

 

創価学会は、会員の神社参拝を禁止しているが、これは日蓮の教えに全く背くものである。学会は日蓮の意志通り「神祇不拝の邪義」を捨て、天照大神などわが国の天神地祇をお祀りする伊勢の神宮など全国の神社に参拝すべきである。

 

神宮には「伊勢の神杉」といわれる通り、神霊が宿っておられるごとくに神々しい大樹がある。伴林光平は、

 

「度会の宮路に立てる五百枝杉かげ踏むほどは神代なりけり」

 

 と歌っている。「度会の宮路」とは伊勢に神宮の参道のこと。神宮が度会郡に鎮まりたもうゆえにかくいう。「五百枝杉」とは枝葉の繁茂する杉。伴林光平は河内の人。真宗の僧であったが、加納諸平・伴信友に国学と歌道を学び、還俗して、天誅組の大和義挙に参加。京都六角の獄で斬罪に処せられる。この歌は宇治橋を渡って歩み行く人々全ての実感ではなかろうか。

 

 保田與重郎氏は、この光平の歌について論じ、「神苑の杉の並木を歩いてゐると、いつの程にか神代の心に我身我心もなりきってしまふといふ意で、神宮参拝の心持を非常によくうつした名作である。…樹そのものが神と思はれるのである。さうしてその感覚の中では、自分と木は一つになる。…大木を大切にすることの必要さなどといふことは、大木を見て神を知った者は必ず切実に感じる。さうしてさう感じる心が、即ち日本の本質である。日本の生々発展の神の創造力に奉行し得る。…大木を見ても、たゞこれを伐って何に利用しようかといふやうに考へるたぐひの心持が、日本人の一部に動いてゐるが、私はこれを無限に悲しみ、憤ってゐる。…この神苑の大杉は物ではなく、神である。この感覚が永久に日本を支へる感覚である」(橿ノ下)と述べておられる。

 

 近代歌人・窪田空穂も、「遠き世にありける我の今ここにありしと思ふ宮路を行けば」と歌っている。伊勢の神宮に参拝すると「今即神代・神代即今」を真実に実感する。

 

何年か前に伊勢に於いて詠んだ拙歌を記させていただく。

 

 伊勢の海見はるかす宿の窓に倚り新春寿ぐ今朝すがすがし

 日の御旗高くはためく美しさ伊勢の宮居の新春の幸

 神路山新春の日に照らされて緑輝く美しさかな

 天地に満ちてゐませる日の神の御稜威に生くる日の本の民 

 民族の心のふるさとに参り来て神の懐に抱かれし幸  

 

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月二十六日

午前は、諸雑務。

午後は、『萬葉集』解説原稿執筆。

この後、病院に赴き、母に会う。

午後六時より、春日の文京区民センターにて『日本の心を学ぶ会』開催。渡邊昇氏が主催者挨拶。小生が「日本國體について」と題して講義。活発な質疑応答が行われた。

帰宅後も、原稿執筆。

| | トラックバック (0)

2014年1月26日 (日)

自民党は公明党創価学会との連立を解消すべし

池田大作が、「SGIの日記念提言・地球革命へ価値創造の万波を」を発表した。お臍で茶を沸かす、チャンチャラおかしいとはこのことだ。ヤクザを使って反対勢力つぶしをやった団体の長、悪質なる手段を用いて対抗する人物や勢力つぶしを行った団体の長がこのような提言をすること自体、茶番でありまやかしである。それは独裁者が専制支配を行っている國が「民主主義人民共和国」を名乗っているのと同じである。独裁者というのは同じ体質持っているのである。池田は国家権力を掌握していないだけの話だ。自民党はもういい加減に国家基本問題で足を引っ張り始めている公明党との連立を解消すべきである。

| | トラックバック (0)

2014年1月25日 (土)

國難の時期である今日において「勅撰和歌集」が撰進されるべきである

本居宣長は「もののあはれを知るといふことをおしひろめなば、身ををさめ、家をも國をも治むべき道にわたりぬべきなり。…民のいたつき、奴のつとめをあはれとおもひしらむには、世に不仁なる君はあるまじきを云々」(『源氏物語玉の小櫛』)と論じてゐる。宣長は「もののあはれを知る」心が日本人の道義精神の原理であり、さらには政治の原理であるとしてゐる。天皇が和歌を詠ませられると共に、『勅撰和歌集』の撰進が行はれたのは、まさに御歴代の天皇が「もののあはれを知る心」を養ひたまふことを國家統治の基本とされてきた事を証しする。

 

和歌は天皇・皇室を中心に継承されて来た。和歌の中心に常に天皇が存在し、和歌集の多くは勅撰によって成立した。天皇の國家統治の基本に和歌がある。和歌は天皇の國家御統治と一體である。

 

天皇國家統治をやまとことばで「きこしめす」「しろしめす」と申し上げる。天皇の御心を民に示し、民の心を天皇が知り給ふために實に和歌が重要な役割を果たしたのである。天皇の國家統治は、西洋や支那の皇帝・國王のように権力・武力によって國民と國土を支配するのではない。日本天皇は、まつりごとと和歌といふ二つの信仰的精神的営為によって國民と國土を統治されてきたのである。

阿部正路氏は、「日本の傳統の最もあれはてた現代にこそ新しい真の意味での勅撰集が編まれるべきではないだろうか。それが具体化するかどうかに、日本の傳統の意志の行方が見定められることになるのだと考える。…勅撰集に明らかに見ることのできる、一系の天皇の、和歌に対するゆるぎない信頼の中においてこそ《悠久》の世界を具体化し得たのであった」(『和歌文學発生史論』)と論じてゐる。

 

國難の時期である今日において、まさに、「國風文化」が復興しなければならない。大化改新といふ大変革・壬申の乱といふ大動乱の時に『萬葉集』が生まれ、平安中期の國風文化勃興の時に『古今和歌集』が生まれたやうに、畏れ多いが、國難に晒されてゐる今日において、偉大なる「勅撰和歌集」が撰進されるべきであると信ずる。それが言霊の復活であり、世の乱れを正す大いなる方途である。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月二十五日

午前は、諸雑務。

午後、『政治文化情報』発送完了。購読者の皆様には週明けにはお届けできると思います。

この後、病院に赴き、母と会う。病院側の要請によりゆっくり話すことができないのが残念。

午後六時より、神田学士会館にて、『憲法懇話会』開催。高乗正臣平成国際大学副学長が「政教分離」について講義。活発な質疑応答、討論が行われた。内容は後日報告します。

帰宅後は、明日開かれる『日本の心を学ぶ会』において行う講義の準備など。

| | トラックバック (0)

2014年1月24日 (金)

宮本雅史産経新聞編集委員の講演内容

昨年十二月二十三日に開催された『天長節を祝ふ会』において行われた宮本雅史産経新聞編集委員の記念講演の内容は次の通り。

 

 「先月まで沖縄にいた。生まれは紀州。父親はシベリアに抑留され無事帰国した。母は小学校の教師。低学年のみを担当。母は日教組が大嫌いだった。和歌山は日教組が強い。低学年で何を教えるかが大事。今年は学徒出陣七十年。追悼式典に参加した。この四年間、民主党ダッチロール政権。安倍政権に、美しい日本とは何か、何時の時代を以て美しい日本と言うのか、という事を質問したい。経済発展をした日本は何かものすごく大事なものを忘れてしまった。沖縄に四年間いて、日本を見直し。そのことをあらためて実感した。沖縄ではまた利権争いが始まっている。酒と軍かが好きだったが、歌うことができなくなった。軍歌を歌って戦地へ赴いた英霊のことを思うと歌うことができなくなった。歌詞の一句一句を讀むと涙が止まらなくなる。本当に戦になったら戦える人が何人いるか。愛国心を初めから言う人を僕はあまり信用しない。沖縄には、琉球保守がある。身内を守るためなら何でもする。特攻隊の人々は國體護持のために亡くなった。政治家は選挙の時に『命を賭けて』というが冗談じゃない。政治家は公約を守れなければ自決すべし。出撃の二時間前の特攻隊員の写真はみんなニコニコしている。きれいな笑顔」。

 

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月二十四日

午前は、諸雑務。

午後は、母の転院について病院、ケアマネージャーなどと相談、打ち合わせ。

この後、『萬葉集』についての原稿執筆の準備、原稿執筆。

| | トラックバック (0)

2014年1月23日 (木)

潮匡人拓殖大学日本文化研究所客員教授の講演内容

昨年十二月七日に開かれた『アジア問題懇話会』における潮匡人拓殖大学日本文化研究所客員教授の「二〇二〇年のアジアと日本」と題する講演内容は次の通り。

 

「二〇二〇の五輪大会はめでたい。二〇二〇年の日本はそして中国はどうなっているのか。中国の三中全会で、市場主義経済の取り組みが党を挙げての姿勢であることが決まった。彼らなりの改革の成果を二〇二〇年までに挙げると言っている。しかしそれは無理という分析もある。二〇二一年は中国共産党創立百年。官民挙げて共産党に拍手する国になっていなければいけない。二〇二〇年までにGDPと一人当たりの所得を現在の倍にする。上海をニューヨーク、ロンドンと並ぶ国際金センターにする。天然ガスの使用比率が上がっている。天然ガスが眠っているところを占有する。二〇二〇年までに深海底開発有人宇宙ステーション建設を完了する。第二列島線で中国の権益を拡大するのが中国の国家目標。

 

アメリカは国防費の大幅な削減を迫られている。空母七隻体制になりかねない。欧州にアメリカの国益を直接害する国はない。かつてのソ連がこれからの中国という分析がある。二〇二〇年に第二列島線に中国は迫って来る。第二列島線の西側の海を中国の海にしたい。中国が自由に行動できる海にしたい。劉華清(註・元中国人民解放軍海軍司令員、鄧小平の部下、故人)は『制海権を取る』と言った。しかしそれは少し考えにくい。制海権という言葉を専門家は使わない。中国の国家戦略に我々はどう対処するか。

 

台湾を取るのが重要なファクター。侵略能力を二〇二〇年までに完備する。アメリカ軍が中国大陸に向かって来るのを阻止する。第一列島線の内側で中国が行動の自由を確保するというようなある一定の領域において中国軍が行動の自由を確保したいと思っている。アメリカの機動部隊が入って来ることができないようにしたい。現状では中国の脅威におびえる必要はないとワシントンからは見えるが、何時まで続くは分からない。中国は、太平洋を中米で分割統治しようという要求を米中会談で突きつけている。中国は空軍が発言力を増している。

 

空将輔制服自衛官が官邸配置になった。安倍氏の措置を評価する。NSC(国家安全保障会議 、National Security Council)が出来たがために警告射撃が現場の判断で出来なくなる恐れがある。日本は空母機動部隊を保持する方向に舵を切るべし。第二列島線近くの島に中国の空母が通るのを阻止するには自衛隊が対処せざるを得ない。中国は開戦の口実を作りたい。NSCレベルでどう対処するのかはっきり方針が示されるべし。

 

二〇二〇年に北朝鮮はどうなっているのか。金正恩が作っているのは最悪のシナリオ。二〇代の若造が最高指導者・元帥というのをコツコツ働いてきた軍がどう考えるか言うまでもない。北の体制は盤石とは言い難い。崩壊に至る事態は金正日の時代より高まっている。

 

要らなくなったアメリカの空母を日本が買うのも一方法。空母保有は憲法解釈上禁止されてゐない。自衛隊を名実ともに軍にすべし。つまり攻撃力を持つべし。その分かり易い例が空母保有。トマホークミサイルもアメリカのお古を買うべし。弾頭ミサイルを保有するのも方法。攻撃力を持つのが基準。

 

憲法九条を変えるべし。集団的自衛権は地理的範囲無し。地球の裏側でも行使できる。北朝鮮崩壊の過程で拉致された人々を救出することは憲法に違反するのか。私はそうは思わない。集団的自衛権は実務上の問題であると共に倫理上の問題。『俺はお前を助けるのに、お前は俺を助けないのか』と外国から言われる。自分は守るが友は見殺しにするのか。専守防衛は不道徳。美しい国ではない。『秘密保護法』に反対する政党の母国こそ最も秘密国家」。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月二十三日

午前は、諸雑務。

午後は、『政治文化情報』発送準備など。

夕刻、病院に赴き、母と会う。喜んでくれる。病院内のノロウイルスが蔓延しているので一日も早く転院させたい。

帰宅後は、原稿執筆。

| | トラックバック (0)

日本武尊の捨身無我・ますらをの精神

人間が命懸けになった時、素晴らしい歌が生まれる。それは明治維新の志士たちが大事を実行するに当たって決意を込めた歌を詠んだことや、大東亜戦争の時特攻隊員が和歌に自分の最後の思ひを託して死地に赴いて行ったことを見ればわかる。詩歌は「命懸け」の精神と行動の美的表現なのである。

 

 村上一郎氏は、文学及び詩歌を定義して「詩的な言語表現をもってする人間の生き死にの道の表現である」(『明治維新の精神過程』)と語ってゐる。人間の「生き死にの道」の表現を言語で行ふことは、言語といふものの価値を最高に認めるといふことである。

 

日本武尊御歌

 

「孃女(おとめ)の 床の辺(へ)に 吾が置きし つるぎの大刀 その大刀はや」(乙女の床のそばに私の置いてきた太刀、あの太刀よ)

 

 本朝最古の辞世歌である。日本武尊は景行天皇のご命令により九州の熊襲建を平定して大和に帰られるが、さらに東國を平定せよとのご命令を受け、それを終へた帰りに、尾張で結ばれた美夜受姫(みやずひめ)のところに、叔母君であった倭姫命から授けられた草薙の劔を預けて出発され、熊煩野(三重県亀山市)で急病になられた時の御歌である。

 

守護霊が宿る神剣を美夜受姫に預けたために、急病となられたことを嘆かれた御歌である。ご自分の命を見つめながら歌った哀切極まりない絶唱である。慎みの欠如・傲慢さから剣を置いて素手でも勝てると思って出発したのが間違ふのもとといふ物語である。

 

剣や玉など呪器に籠る霊力を振はせることによって、人間などの力を復活させることを「魂触り」と言ふ。御神輿が練り歩くのも、神体等を揺り動かすことにより神霊を活性化させる意義がある。それと同じく剣を振る事によって本来活力を失った魂を再生し活力を再生させる。鎮魂は、ミタマシズメ・ミタマフリと言ひ、枯渇した人間の魂を振り起し、復活させ、衰微した魂の生命力を再生し復活させる行事である。

 

「刀は武士の魂」として大切にされて来たばかりでなく、神社の御神体即ち祭祀と礼拝と祈りの対象となってゐる。

 

この御歌は乙女への愛と武の心が渾然一體となってゐる。そしてその奥に天皇への戀闕の心がある。日本武尊の悲劇の根本にあるのは、武人の悲劇である。神との同居を失ひ、神を畏れなくなった日、神を失って行く時の悲劇である。

 

英雄にして大いなる歌人(うたびと)であられた日本武尊の辞世の歌にふさはしいロマンと勇者の世界が歌はれてゐる。文字通り「剣魂歌心」の御歌である。

 この御歌には、恋愛詩と英雄詩が一つに結合融和して現れてゐる。この精神こそ、戦ひにも強く恋にも強い大和民族の原質的民族性であり、日本武士道の本源となっている。これを「剣魂歌心」といふ。

 

日本武尊は、上代日本の武人の典型であると共に詩人の典型であらせられた。日本の英雄は歌を愛した。「ますらをぶり」は優美さを否定するものではない。

もののふのこころ・ますらをぶりとは、清明心と表裏一體の精神であり、天皇のため國のためにわが身を捧げるといふ「捨身無我」の雄々しい精神でもある。その精神の体現者が日本武尊であらせられる。「たけるのみこと」とは猛々しさを表す御名である。

 

新渡戸稲造氏は、吉田松陰の歌「かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂」を引用して、「武士道は一の無意識的なるかつ抵抗し難き力として、國民および個人を動かしてきた」(『武士道』)と論じてゐる。

 

新渡戸氏はさらに、「(『武士道』については)精々口傳により、もしくは数人の有名なる武士や學者の筆によって傳えられたる僅かの格言があるに過ぎない。むしろそれは語られず書かれざる掟、心の肉碑に録されたる立法たることが多い」と論じてゐる。

 

日本武尊は武人の典型であると共に詩人の典型であらせられ、武士道精神の祖であらせられる。戦闘的恬澹・捨身無我の精神は後世の武士に強く生かされる。

 

余談であるが、日本国の政治も「ますらをの精神」「武士の心」「やまと魂」を保持した人が第一線に立つべきであ。そういう時に来ている。小賢しい学者や、一人で立つことのできないバカ殿では駄目である。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月二十二日

午前は、諸雑務。

午後は、『政治文化情報』発送準備。

この後、病院に赴き、母と会う。そして医師と転院について相談。

午後五時半より、ANAインターコンチネンタルホテルにて、田原総一朗氏にインタビュー。『伝統と革新』誌掲載のためなり。

帰宅後も、発送準備など。

| | トラックバック (0)

2014年1月22日 (水)

「戦争犯罪」と「戦争責任」を混同してはならない

最近、安倍総理の靖國神社参拝に対する支那や韓国の「戦犯が祀られている神社に参拝することは許せない」という批判に関連して、「戦争責任についてわが国がきちんと総括していない」という意見が出されている。『月刊日本』今年二月号において、東郷和彦氏はそういう意見を述べ、且つ、「村山談話」は「戦後の日本の到達点として世界に誇れるもの」とまで言っている。これは全く受け入れることのできない議論だ。

 

私たちは「戦争責任」と「戦争犯罪」とを混同して議論してはならない。大東亜戦争開始そして敗戦について、東條英機・近衛文麿両氏をはじめ政治面・軍事面で責任を負うべき政治家・軍人はいるであろう。在野の人々にもいるだろう。

東條氏は明確にその責任を感じていた。それは、東條氏が、

 

「たとへ身は 千々にさくとも 及ばじな 栄し御世を おとせし罪は」

 

という辞世を遺されていることによって明白である。

 

しかし、今日、支那や韓国は靖国神社に「戦争犯罪人」が祀られていると言って非難攻撃し内政干渉してきているのだ。つまり、東條氏など靖国神社に祀られている「昭和殉難者」を「犯罪者だ」と言っているのである。

 

しかし、わが国には、大東亜戦争に関して責任を負う人々はいても、「戦争犯罪者」は一人もいない。「A級戰犯」といわれる人々は、人類の貴重な法文化たる法原則=「罪刑法定主義」の原則に全く反して被告を断罪した「東京國際軍事裁判」、つまり、裁判とは名ばかりの非常の野蛮で公平性を全く喪失した戰勝國による一方的な復讐劇=リンチの場において、「有罪」と断罪され、「絞首刑」に処せられた人々である。

 

 「平和と人道に対する罪=侵略戰争遂行の犯罪」「共同謀議の罪」を新たに作り、勝者が敗者を問答無用的に断罪した「東京國際軍事裁判」は、“法の真理”に照らして完全に間違ったものであった。東郷氏もそれに近いことを言っておられる。

 

 戰勝國は、「戰争は非人道的な行為だ」と主張しながら、「軍事裁判」の「法廷」では、かつてのわが國の指導者を罵倒し、拘置所に収容した「被告」たちには、それこそ非人道的な処遇を強要した。それはあまりにも残虐にして一方的な処遇であった。そして「絞首刑」という名の非人道的なリンチ虐殺が行われたのである。

 

 戰勝國は、復讐のためにいわゆる「戰争犯罪人」を捕らえ「裁判」にかけたのである。戰勝國による復讐の軍事裁判は、見せしめのための裁判であった。そして、わが國に侵略國家の汚名を着せそれを全世界に宣傳したのである。

 

「A級戰犯が祭られている靖國神社に総理大臣が参拝するのは侵略戰争を讃美することになる」などという議論は、戰勝國が行った法律なき「軍事裁判」即ち非人道的にして残虐無比な復讐を肯定することとなる。

 

「A級戰犯」という呼称はあくまでも戰勝國側の呼称であって、わが日本においては「昭和殉難者」と称するべきである。昭和殉難者は、敵によって死に至らしめられたまさに英靈であり戦没者である。だから、靖國神社においては「昭和殉難者」「戰死者」として祀られているのである。

 

その事と、戦争責任の総括とは全く別問題である。ともかく、「戦争犯罪」と「戦争責任」を混同して議論してはならない。

| | トラックバック (0)

2014年1月21日 (火)

今日における維新変革について

日本は今、国難に遭遇している。そして「維新」とか「改革」という言葉が横行している。今日における「維新」「改革」はいかなるものであるべきか。何を改革すべきか。「国難打開」はいかにしてなされるべきか。

 

安倍総理は「戦後レジーム」からの脱却と言っていたが、最近は、あまり言わなくなったように思える。「戦後体制打倒」は、維新変革と直結する民族運動の主要目標である。

 

今日、日本の最大の外交課題は、支那とどう対峙したらいいかという事である。支那の膨張政策、わが国への圧迫、「中華帝国主義」にどう対処すべきかが最大の外交課題である。

 

靖国神社参拝に関連して大東亜戦争の正義を主張すればするほど、アメリカと対立する可能性がある。歴史問題と日米同盟は複雑に絡み合う。日本を戦争に追い込み、日本に二発の原爆を落とし、主要都市を焦土とし、無辜の民を殺戮したアメリカ。戦争後は、日本を弱体化し、国家破壊工作を行ったアメリカと同盟を結ばなければ、日本の安全を保持できないという状況から脱却するにはどうしたら良いのか。

 

対米自立ということが言われるが、軍事的には核武装なくして対米自立はあり得ない。北朝鮮や共産支那と同様、日本も核武装すべきなのか。しかしそれは可能か。第一、アメリカは許さない。支那も許さない。核アレルギーの日本国民の多くも反対するだろう。これをどう解決するべきか。それとも、核兵器以上の新兵器が開発される可能性があるのか。

 

このほか、原発、TTPなど重要な問題がある。率直に言って、私はこの二つの問題については、自分の主張を明確にすることはできない。実際のところ分からないのである。

 

さらに大切なのは、「保守」ということである。日本人が保守すべきものは何か。わが国は建国以来、安定と平和と統一と繁栄の核は、天皇・皇室である。天皇を君主と仰ぐ日本國體を保守することが真の保守である。維新というも革新というも、その基本に國體護持が無ければならない。大化の改新、明治維新という歴史上の大変革は、國體護持・天皇尊崇が基本精神にして断行された。今日の維新変革もそうであらねばならない。つまり真の保守は真の革新なのである。

 

 

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月二十一日

午前は、諸雑務。

午後二時より、衆議院第二議員会館にて、中山成彬衆院議員にインタビュー。『伝統と革新』掲載のためなり。

夕刻、『伝統と革新』編集実務担当者の方々と、今後の編集実務について打ち合わせ。

帰宅後は、『政治文化情報』発送準備、明日のインタビューの準備など。

今日は母が入院している病院に行くことができなかった。

| | トラックバック (0)

日本の「神」について

 「神」(カミ)の語源といふか、意義について書かせていただきたい。「カミ」のカは接頭語。ミとかムに意味がある。ミ・ムは霊的な力をいふといはれてゐる。ミは身であり実である。即ち存在の実質・中身のことである。このやうに強い霊力・霊威を持った存在のことをカミといふ。國語学上は上の方にゐるからカミといふといふ説は誤りであるといふ。

 

 本居宣長は、「凡て迦微(カミ)とは、古御典等(イニシヘノフミドモ)に見えたる天地の諸の神たちを始めて、其を祀れる社に坐す御霊(ミタマ)を申し、また人はさらに云はず。鳥獣(トリケモノ)木草のたぐひ海山など、其餘何(ソノホカナニ)にまれ、尋常(ヨノツネ)ならずすぐれたる徳(コト)のありて。可畏(かしこ)き物を迦微(カミ)とは云なり、すぐれたるとは、尊きこと善きこと功(いさを)しきことなどの、優(スグ)れたるのみを云に非ず、悪(アシ)きもの奇(アヤ)しきものなどをも、よにすぐれて可畏(かしこ)きをば、神と云なり」と述べてゐる。この考へ方が今日の神道学の神観となってゐる。

 

 

 神に掛る枕詞は「千早振る」である。「チ」は霊のことであり、「ハヤ」は激しいといふ意、「振る」はふるへる意。霊が激しく振ふことをいふ。

 

 漢字の「神」は象形文字で、偏の「示(しめすへん)」は、神へ供へ物を献ずる台の形を表す。つくりの「申」は稲妻の形を表す。即ち「神」といふ漢字は、雷を神として祀る信仰から発したのである。即ち日本でも支那でも「雷」は神として仰がれ恐れられたのである。

 

 古代人にとって、太陽のやうな有り難い神もをられるが、雷のやうな恐ろしい神もをられたのである。「カミナリ(雷)」といふ言葉は「神が鳴る」といふ意味である。歌舞伎にも「雲の鳴神上人」といふのが登場する。

 

基本的には、海の神、地の神は、基本的には人間に幸を与へまふが、時に、荒ぶる神となられ、大地震や大津波のやうに人間に大きな災厄をもたらすこともある。宣長の云ふ通り、「悪(アシ)きもの奇(アヤ)しきものなどをも、よにすぐれて可畏(かしこ)きをば、神と云なり」なのである。

 

日本民族は、人間にとって最も大切な自然である太陽を神と崇めた。天照大御神様である。天照大御神の祭祀主であり、地上における御代理即現御神が、日本天皇であらせられる。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月二十日

午前は、諸雑務。

午後二時より、有楽町交通会館にて、ある出版社社長と著書出版の打ち合わせ。交通会館に来たのは久しぶり。有楽町駅前で週一回街宣をしていた時は良く来た。懐かしい。ここの地下の「長崎ちゃんぽん」が美味しい。

この後、病院に赴き、母の病状及び及転院について医師と話し合い。

帰宅後は、原稿執筆、明日のインタビューの準備。

| | トラックバック (0)

2014年1月20日 (月)

祭祀と維新

 日本伝統信仰の祭りとは、人の霊・心・肉そして天地一切を更新し清浄化する行事である。そもそも祭りとは神人合一・今即神代を実感する行事である。恐れながら、天皇御即位の御時の大嘗祭もしかリである。天皇の肉身は変わられても現御神(あきつみかみ・天照大神の地上的御顕現)としての天皇の御本質は不変で、新たなる天皇の肉身に神霊が天降られ天孫降臨が繰り返されるという信仰の祭儀であるところの大嘗祭と伊勢の御遷宮(大神嘗祭)は相似である。

 

 真弓常忠氏は「神宮の遷宮は二十年一度の大神嘗祭であり、…皇祖の大御神の神威に新たな甦りを仰ぐ最大最重の厳儀である。それは、宮中の大嘗祭に相相応する大儀である。このことは、皇居においても、御代ごとに遷宮する例であったのが、持統天皇の藤原京より恒久的な皇居を営まれたことも照応する。昔から伊勢の遷宮を『皇家第一の重事、神宮無双の大営』(『遷宮例文』)といわれてきた所以がここにある。それは始源においては、大嘗祭と表裏一体の相対応する大儀であった」(大嘗祭の世界)と論じておられる。

 

 常に全てを祓い清めて新生を繰り返し永遠の生命を甦らしめるというのは、日本伝統信仰の根本である。日本は長い歴史を有する国であるが、ただ古さを誇りとするのではなく、伝統を顧みつつ常に新生を繰り返してきたところに素晴らしさがあるのである。単に歴史が長いというのなら支那・朝鮮・エジプト・ギリシアなどの国々も長い歴史を有している。しかし、それらの国々の古代民族信仰は皆滅びたり大きく変質し、今日残っている神殿なども廃墟と化し、ただ観光施設として見物の対象になっているのみである。

 

 ところがわが日本おいては、これだけ科学技術が進歩し物質文明が豊かになっている今日においても、古代信仰・民族信仰が脈々と生きており、伊勢の神宮をはじめとした全国各地で神社で毎日のようにお祭りが行われている。のみならず日本伝統信仰の祭り主であらせられる天皇は多くのみ祭りを厳修され、国家の平安・国民の幸福・五穀の豊饒を神に祈り続けられている。そしてその祭り主たる日本天皇は日本国家の中心者として君臨あそばされている。このようにわが祖国日本は永遠の生命を保ちつつ革新を繰り返してきている国である。これが世界に誇るべき日本の素晴らしさである。

 

 維新といい、日本的変革というも、要は日本国そして日本国民一人一人を新生せしめ、清浄化し、天皇国日本の本来の姿そして「み民われ」としての日本国民本来の姿を回復することによって現状の革新を行うということである。大化改新も明治維新も建武の中興もそういう精神に基づいて断行された。

 

 影山正治氏は「我々は神前に大祓の祝詞を至心に奏上することによって御國の罪・穢を祓ひ清めて神國の本来に還へらむ事を祈り、また我の罪・穢を祓ひ清めて神我の本領に還へらむことを祈るのである。…今こそ全日本人が朗々と大祓の祝詞を斉唱しつつ、皇國の維新、全世界の維新に當らねばならない」(正続古事記要講)と論じておられる。

 

 現代日本の汚れを祓い清め、正しき国の在り方・日本人としての正しき姿を取り戻すことが維新である。日本は伝統と変革が共存し同一なのである。だから維新を<復古即革新>というのである。

 

 この場合の「復古」とは単に時間的過去に逆戻りすることではない。古代の伝統精神の新たなる発見である。古代からの日本の伝統精神を復活せしめ硬直し腐敗した現代を一新する。これが維新である。古事記の編纂もかかる維新の精神の基づいて行われたのである。太安萬侶(おおのやすまろ)は古事記序文において「古を稽(かむがへ)て風猷を既に頽れたるに繩(ただ)したまひ、今を照して典教を絶えなむとするに補ひたまはずといふこと無かりき」(いつの時代にあっても、古いことを調べて、現代を指導し、これによって衰えた道徳を正し、絶えようとする徳教を補強しないということはありませんでした、というほどの意)と述べている。これが復古即革新の精神である。

 

 大化改新も明治維新も、神武建国への回帰・神武建国の精神の復興がその原基であった。

|

千駄木庵日乗一月十九日

午前は、諸雑務。

午後は、原稿執筆。

夕刻、病院に赴き、母と会う。ノロウイルスが蔓延しているとのことで母とゆっくり話すことができない。ベッドに横たわっている母に声をかけ、帰って来る。

帰宅後は、資料の整理と、今週行われる『伝統と革新』掲載のためのインタビューの準備。

| | トラックバック (0)

2014年1月19日 (日)

第三十六回 日本の心を学ぶ会

 演題「國體を考える」

 

  平成二十六年が始まりました。安倍首相の靖国参拝の波紋は広がり、周辺国との関係改善の糸口も見えない状況 が続いています。二月には都知事選も行われ、それ以外にもヘイトスピーチ禁止の立法化、カジノ 法案など目が離せない問題がそろっています。今年も内に外にと騒がしい一年になりそうです。こうした内憂外患の諸問題に対処するため、我々はしっかりとした国家観を持つ ことが必要です。軸となる国家観がなければ、その時々の流行にひたすら右往左往することになり かねません。そして、ここのような国家観は「國體」とも呼ばれ。世界各国がそれぞれに固有 の「國體」をもっています。ただし、日本國體と普通一般の国のいわゆる國體とは全く異なります。新年、第一回目の勉強会は再確認の意味も込めて我々の運動の根っこにあるべき 「國體」について考えたいと思います。日本国を日本国として、成立させている原理とは何か?保守を名乗る勢力は一体何を保守しなければならないのか?國體を護る上で敵とは何か?こうした日本国の本質について根源的なところから、みなさんと議論したいと思 います。皆様お誘い合わせの上、ご参加ください。

 

 

【日 時】平成26126日(日)午後6時より

【場 所】文京区民センター 3-D会議室  東京都文京区本郷 4-15-14地下鉄 春日下車1分(大江戸線、三田線)、後楽園下車3分(丸の内線、南 北線)、JR(水道橋)

 【演 題】国体を考える

【登壇者】講 師 四宮正貴 四宮政治文化研究所代表

     http://www.max.hi-ho.ne.jp/m-shinomiya/

     司会者 渡邊昇

 【参加費】資料代500円 終了後、近隣で新年会(3千円くらいの予定です)

 【連絡先】渡邊昇 090-8770-7395

| | トラックバック (1)

「日本伝統工芸展60回記念 人間国宝展―生み出された美、伝えゆくわざ―」参観記

本日参観した「日本伝統工芸展60回記念 人間国宝展―生み出された美、伝えゆくわざ―」は、「生活の中で用いられる器や衣服、道具に美を求める工芸。日本では古くから、陶芸・染織・漆芸・金工・木竹工・人形などの工芸が発達し、その芸術性は今日においても高く評価されています。『人間国宝』(重要無形文化財の保持者)は、現代にも続く伝統の『わざ』の継承者であると同時に、日本が誇る工芸の発展に尽くし、日本工芸史に残る作品を生み出してきた功労者といえるでしょう。この展覧会では、国宝・重要文化財など歴史的に評価されてきた古典的な工芸と、現代の人間国宝の作品を一堂に集め、日本が誇る工芸の『わざ』の美をご覧いただきます」との趣旨(案内書)で開かれた。


歴代人間国宝104人の作品が「古典への畏敬と挑戦」、「現代を生きる工芸を目指して」、「広がる伝統の可能性」という3つのテーマで展示されていた。、また、現代の作家の作品だけでなく、国宝や重要文化財を含む古美術の名品も展示され、なかなか見ごたえのある重厚な美術展であった。

 

加藤卓男の三彩花器「爽容」、喜多川平朗の「黄地入子菱地臥蝶丸文様二陪織物表着」、相州正宗の日本刀、室瀬和美の「蒔絵螺鈿八稜箱彩光」、平田郷陽「人形・抱擁」、仁清の「色絵月梅図茶壺」、玉楮象谷の「堆朱二重彫御皷箱」、奈良利寿の「雨下猛虎図鐔」、濱田庄司「白釉黒流掛大鉢」、高村豊周の「彫金・鼎」、徳田八十吉(三代)の「耀彩壺・恒河」、生野祥雲齋の「竹華器・怒濤」などが美しく、感動した。国宝・重要文化財・重要美術品が多く展示されていた。色彩が実に美しい作品が多く、また緻密な工芸品は目を見張らせるものがあった。伝統を継承しつつ、新たなる美が生み出されている。日本は文化国家といわれるがまさにその通りである。上野の森に来るといつもその事を実感する。

 

彫金家の高村豊周氏は、彫刻家の高村光雲の三男、高村光太郎の弟であり、私の家の近くに住んでおられた。何回か御姿を拝見した。お子さんと教会学校で一緒であった。

140118_1701010001
夕暮の上野公園

 

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月十九日

午前は、諸雑務。

午後は、上野公園の東京国立博物館平成館にて開催中の「人間国宝展ー生み出された美、伝えゆくわざ」参観。

帰宅後は、『伝統と革新』編集の仕事。書状執筆。

| | トラックバック (0)

2014年1月18日 (土)

正しき國體観を基礎とした憲法であるべし

 日本の國體は約三千年の歴史を有し、それだけでも尊いわけですが、それを今日の合理主義、科学思想、近代民主主義でもって合致させたりすること自体やはり無理なことだと思います。西洋の合理主義と我が國の國體は次元が違うものだと考えなければなりません。日本の國體は、天皇という一人の人間が特別な存在になっており、これは民主主義の理念に反すると、平等社会を目指している進歩的考えに合わないとよく言われますが、よく考えておきたいのは、公平ということはあり得ても平等な社会とはあり得ないということです。

 

平等な社会を目指したのがマルクス・レーニン主義の集団であり國だったわけですが、国内の共産党、極左勢力にしても平等な社会を目指すという運動の過程で、内部で殺し合いをしているわけですから。ちょっとでも考えが違うとスパイだとか言ってリンチして殺してしまう。また共産主義國家ぐらい差別社会は、他にないのではないでしょうか。今でも北朝鮮では、金正恩は何をやっても許されるけど一般庶民は飢え死にしている。平等を目指している國家、集団ほど差別がひどく、殺し合いもしている。

 

理不尽で言われなき差別は排除すべきですが、天皇と國民の関係、即ち「君臣の別」というものは、神話以来の、信仰共同体としての麗しき歴史の形体であります。よその國と比較しても、日本の國が分裂國家にもならず、國民の苦しみも少なかったのも、天皇中心の國體というものが厳然として残ったからだと思うわけです。君臣関係・親子関係・長幼関係・師弟関係は当然あるべきであります。

 

 今日、近代合理主義、科学技術、グローバリゼーションはだんだんと國を不幸にしつつある。麗しい天地、山河を守り、日本の伝統精神を守り、天地自然の中におられる神々を拝み、祭りするという伝統信仰というものがますます大事にしていかなくてはならない。國體精神、日本の伝統に立脚した憲法に回帰すべきです。

 

現行占領憲法は、天皇は神聖でもないし、元首でもない。歴史伝統も書かれていない。こういう憲法では今後の日本を正しく導くことはないだろうと、私は思います。

 

正しい憲法としては、やはり日本國は天皇を君主と仰ぐ立憲君主國である、天皇は日本の國における歴史的永続性の体現者であり、日本國を統治する、天皇の皇位は萬世一系である、天皇は神聖であり不可侵である、などといったことをきちんと書かなければならない。

 

それから、天皇の御役目として、やはり國軍との関係も書く必要がある。國軍に栄誉を与えるということを大きな國事行為として明記されなければと思います。天皇陛下と自衛隊は関係を遮断されていると言っても過言ではありません。國賓が来ても、天皇陛下は閲兵できないということはおかしな話です。天皇様が平和を祈られることは事実ですが、國軍、武との関係全くなかったわけではありません。神武、天武、聖武と「武」という御諡号がある天皇様は何人もおられますし、天皇様は「武」が嫌いということではありません。三種の神器にも剣がある。剣の精神が地上を統治する一つの要素として存在するわけです。ですから武と切り離してはいけないわけで、このことも憲法に明記しなければならない。

 

さらに大事なのは、天皇が祭祀を行われることも、國事行為として明確に示すべきであります。

| | トラックバック (0)

千駄木庵乗一月十七日

午前は、諸雑務。

午後は、病院に赴き、母に付き添おうと思ったが、またしてもノロウイルスに院内感染してしまった。顔色はそれほど悪くなく、熱もないのだが、食欲が全くないという。そして点滴をするという。母が点滴を嫌がっている。もうすぐ九十四歳なのでとても、心配である。医師・看護師と話す。何とかしなければならない。有名病院なのだが、何かおかしい。このままでは母があまりにも可哀想である。

午後五時より、東新宿にて、同志が集まり「建国記念の日政府式典開催要求全国統一街宣」について討議。活発な意見が出た。自民党は選挙の時、「建国記念の日」「竹島の日」に政府主催行事を行うと公約したのに実行されていない。

帰宅後は、資料の整理。

| | トラックバック (0)

2014年1月17日 (金)

小野田寛郎氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

小野田寛郎氏が逝去された。昨年九月七日、早稲田のリーガロイヤルホテル東京で開かれた『末次一郎先生を偲び、近況を語り合う会』でお会いし、名刺交換させていただいた。小野田氏の講演を拝聴したことがあるし、会合などでお姿を拝したことがあったが、親しくお話しさせていただいたのはその時が初めてであった。

 

小野田氏がフィリッピンから帰国された時、飛行機の下まで出迎えられた小野田氏の母上が「あなたは偉い」としっかりとして口調で言われたのを今でもはっきりと覚えている。「この母にしてこの子あり」という言葉を実感した。

 

その事を小野田氏に申し上げたら、笑っておられた。小野田氏は大正十一年のお生まれで、九十一歳であられた。小野田氏に御話する機会が与えられて本当に光栄であった。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

| | トラックバック (0)

絶対尊皇思想について

村岡典嗣氏は、「歴史日本が創造した道徳的價値の重要なものとしては、尊皇道と武士道との二つを、擧げ得る。尊皇道徳は太古に淵源し、我が國體の完成とともに、而してまたその根柢ともなって成就したものである…そは即ち、天皇に對し奉る絶對的忠誠の道徳であって…太古人がその素朴純眞な心に有した天皇即現人神の信念こそは、實にその淵源であった」と論じている。(『日本思想史研究・第四』)

 

第二十三代・顕宗天皇はその父君・市辺押磐(いちのべのおしは)皇子を殺したまふた雄略天皇をお怨みになり、その御霊に報復せんとされて御陵を毀損しやうとされ、弟君・意祁命(おけのみこと)にそれを命じられた。だが、意祁命は御陵の土を少し掘っただけで済まされた。天皇がその理由を尋ねられると意祁命は「大長谷の天皇(註・雄略天皇の御事)は、父の怨みにはあれども、還りてはわが従父(をぢ)にまし、また天の下治らしめしし天皇にますを、今単(ひとへ)に父の仇といふ志を取りて、天の下治らしめしし天皇の陵を悉に破壊りなば、後の人かならず誹謗(そし)りまつらむ」(『古事記』)と奉答された。

 

如何に非道の天皇であると思っても、天皇に反逆してはならないというのがわが国の尊皇精神なのである。この絶対尊皇精神は太古以来の伝統である。

 

本居宣長は、「から國にて、臣君を三度諌めて聽ざる時は去といひ、子父を三たびいさめて聽ざるときは泣てしたがふといへり、これは父のみに厚くして、君に薄き悪風俗也。…皇国の君は、神代より天地と共に動き給はぬ君にましまして、臣下たる者去べき道理もなく、まして背くべき道理もなければ、したがひ奉るより外なし。なほその君の御しわざ悪くましまして、従ふに忍びずと思はば、楠主の如く、夜見の國へまかるより外はなきことと知べし、たとひ天地はくつがへるといふとも、君臣の義は違ふまじき道なり…然れば君あししといへ共、ひたふるに畏こみ敬ひて、従ひ奉るは一わたりは婦人の道に近きに似たれ共、永く君臣の義の敗るまじき正道にして、つひには其益広大なり。」(『葛花』)と論じている。

 

天皇は現御神であらせられ絶対的に尊ぶべき御存在である。もしも、万が一、天皇の御心や御行動が、自分の考えや思想や理想と異なることがあっても、天皇陛下をあからさまに批判する事は絶対にあってはならない。むしろ自らの祈りが足りないことを反省すべきである。楠正成が言われた如く「仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱うべし」なのである。

 

天皇陛下が間違ったご命令を下されたり行動をされているとたとえ思ったとしても、国民は勅命に反してはならず、まして御退位を願ったりしてはならない。どうしても従えない場合は自ら死を選ぶべきであるというのが、わが国の尊皇の道であり、勤皇の道であるということを本居宣長先生は教えているのである。

 

自己の抱く道徳的・政治的・法律的な善悪の区別によって神々や御歴代の天皇のご行動を評価してはならない、というのが絶対尊皇思想である。

 

山崎闇斎(江戸初期の朱子学者、神道家。朱子学の純粋化・日本化に努め、門弟は数千人を数えた。また、神道を修め、垂加神道を創始し、後世の尊皇運動に大きな影響を与へた)を祖とする「垂加神道」は、「異国には大君の上に天帝あり。敕命の上に上天之命あり。吾国の大君は、所謂天帝也。敕命は所謂天命と心得べし。假令へば天災ありて、大風洪水或は時疫流行して人民多く死亡に至ると雖も、一人も天を怨むる者なく、下民罪ある故に、天此災を降せりとして、反て身を省る、是常に天帝の清明なるを仰ぎ尊む故なり。」(玉木清英『藻盬草』)と説いている。

 

村岡典嗣氏はこの文章を、「(絶對尊皇道徳の)最も代表的なものを山崎闇斎を祖とする垂加神道の所説とする。曰く、日本の天皇は、支那に比すれば天子でなくて天そのものに當る。儒教の天がわが皇室である。儒教でいへば、大君の上に天命がある。勅令の上に天命がある。しかるに我国では、大君なる天皇は即ち天帝であり、勅命はやがて天命である。されば假に君不徳にましまして、無理を行はれるといふやうなことがあっても、日本では国民たるものは決してその爲に、天皇に背き奉り、また怨み奉るべきでないことは、恰かも天災がたまたまあったとて、ために支那に於いて、天帝に背き、また天帝を恨むべきではないとされると同様である。」と解釈し、「これまさしく、わが国民精神の中核を爲した絶対對尊皇思想である。」(『日本思想史研究・第四』)と論じている。

 

二・二六事件に指導的立場で参加し処刑された村中孝次氏(元陸軍大尉)は獄中において「吾人は三月事件、十月事件などのごとき『クーデター』は國體破壊なることを強調し、諤々として今日まで諫論し来たれり。いやしくも兵力を用いて大権の発動を強要し奉るごとき結果を招来せば、至尊の尊厳、國體の権威をいかんせん、…吾人同志間には兵力をもって至尊を強要し奉らんとするがごとき不敵なる意図は極微といえどもあらず、純乎として純なる殉国の赤誠至情に駆られて、國體を冒す奸賊を誅戮せんとして蹶起せるものなり。」(獄中の遺書『丹心録』)と書き遺してゐる。

 

この精神こそが真の絶対尊皇精神である。わが国道義精神の基本は「清明心(きよらけくあきらけきこころ)」である。それは「まごころ」「正直」と言い換えられる。まごごろをつくし清らかにして明るい心で大君に仕えまつる精神が古来からのわが国の尊皇精神である。

 

和辻哲郎氏は、「上代人は『善悪の彼岸』にいたのである。ここに上代の道徳的評価意識の第一次の特徴がある。…スサノヲの命は親イザナギの命に対して不孝であった。夫婦喧嘩、兄弟喧嘩は神々や皇族の間に盛んに行われている。…後代の道徳思想においては最も非難すべきものとせられているにかかわらず、神聖な神々の行為として、平然と語られているのである。…神々の行為には確かに悪もある。しかし神々は善事にまれ悪事にまれ『真心』に従って行なうゆえに、すべてそのままでいいのである。神々の行為は善悪の彼岸において神聖なものである。」(『日本古代文化』)と論じてゐる。

 

道徳的・政治的・法律的な善悪の区別、硬直した倫理教条あるいは自己の思想信条によって、神々や御歴代の天皇のご行動を評価してはならないのである。わが国史において、後代の道徳思想政治思想から見ればあるいは「失徳の天子」といはれる天皇がをられたかもしれない。しかし、基本的に日本民族は太古以来の絶対尊皇精神を保持してきたから、禅譲放伐・易姓革命が起らず、天皇中心の國體が護持され、国家民族の安定が基本的には保たれてきたのである。その根源には、祭祀主としての日本天皇の神聖性への国民の「かしこみの心」があるのである。わが国の國體が護持されてきたのは、日本国民一人一人の天皇・皇室に対する尊崇の心すなわち尊皇精神がその基底にある。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月十六日

午前は、諸雑務。

 

午後は、『政治文化情報』脱稿。印刷所に送付。

 

午後五時より、赤坂の日本財団ビルにて、「第72回 東京財団フォーラム2014年の内外情勢を展望する〜東京財団研究員討論会」開催。登壇者は、渡部恒雄 上席研究員・ディレクター、亀井善太郎 研究員・ディレクター、浅野貴昭 研究員、畔蒜泰助 研究員、小原凡司 研究員、加藤創太 上席研究員、染野憲治 研究員、冨田清行 研究員、西田一平太 研究員、坂野裕子 研究員、平沼 光 研究員、三原 岳 研究員、吉原祥子 研究員。モデレーターは、今井章子 研究員・ディレクター。

 

帰宅後は、資料の整理など。

| | トラックバック (0)

2014年1月16日 (木)

舛添、細川のどっち都知事になってもろくなことにならない

 

自民党はもっとしっかりしなければ駄目だ。元総裁が敵方を応援し、除名した人物を候補者にするというのだから…。小泉は安倍氏に恨みがあるのだろうか?

 

 

 

小泉新次郎は、「自民党が一番苦しい時に「自民党の歴史的使命は終わった」と言った舛添応援に大義は無い」と言った。正論である。

 

 

 

しかし、それでは小泉純一郎氏の細川応援に大義はあるのか。ありはしない。細川護煕は自民党参院議員として政治家になったくせに小沢一郎の掌に乗っかって、反自民政権の総理となり、失われた二十年を作り出した張本人ではないか。小沢に言わせれば細川も「軽くてパー」なのだろう。日本を駄目にした男が都知事になりたいなどという細川のような人物を「恥知らず」と言う。細川は、小泉や小沢という「強い男」の後ろ盾がなければ何できないのである。まさに「バカ殿だ」。そのくせ、陶芸家だなんて言っても、きわめて政治的人間なのだ。お公卿さんの悪い体質を背負っている。

 

 

 

舛添には、國體観がない。尊皇心が乏しい。憲法に関する考え方も全く駄目。ともかく舛添は駄目。

 

 

 

ともかく、舛添、細川のどっち都知事になってもろくなことにならない。田母神俊雄氏しかいない。

 

| | トラックバック (0)

神聖君主日本天皇へのかしこみの心

近年、國體護持・皇室尊崇の念を持つ人々による、皇室・皇族に対する「諫言・批判・苦言」と称する文章などが雑誌新聞などに発表されることが多くなった。天皇・皇室を仰慕し、国の将来を案ずる憂国の思いからの切言であろうから、これを反國體勢力の皇室批判と同列に論ずることはできない。

 

尊皇愛国の精神篤い人は、天皇様や皇太子様が「自分たちの抱く天皇の理想像」あるいは「天皇様にはこうあっていただきたいという思い」と異なる御発言や御行動をされた時、天皇様や皇太子様を批判の思いを抱くことがある。心の中でそういう思いを抱くことはあるいはやむを得ぬことかも知れない。

 

しかし、天皇皇后両陛下をはじめ皇太子同妃両殿下などの皇族方の御行動・御発言に対し奉り、雑誌新聞などで色々と批判し苦言を申し上げることは如何なものであろうか。

 

日々神を祭り、国家国民そして世界の平和と幸福を祈っておられる天皇陛下は、最高に尊い御存在である。生きたもう神であらせられる。天皇陛下以上に国家・国民を思い、その幸福安泰を神に祈られている御方はいないのである。そういう尊貴なるお方に対し奉り、いかなる憂国の士・学識のある愛国者といえども、自分の考え方や、ものの見方や、思想・理論で批判する資格はない、と私は思う。天皇・皇族のご意志ご行動が、自分たちの抱く理想像や自分たちの抱く國體思想と異なっているからと言って、天皇・皇族をあからさまに雑誌新聞などで批判するのは慎むべきである。

 

皇室にかかわる重要な御事については、ます以て天皇陛下の大御心に沿い奉るのが臣下・国民としての姿勢である。皇室の重大事について臣下・国民が真摯に議論し、その結論を天皇陛下に申し上げることは許されても、自分たちの考え方を天皇陛下及び皇族方に押し付けるなどということがあってはならない、と私は思う。

 

久保田収氏は、「楠正成が、わが国史上の英雄として崇拝されて来たのは、その絶対尊皇の精神と行動にある。『太平記』四十巻の中で、近世の人々が最も感動深く読んだものは、正成の活動と忠誠とであった。正成が天皇の御召しを受けて参上し、力強く決意を申し上げたこと、千早の険に拠って、北条氏の大軍を向こうにまわして奮戦し、建武中興の糸口をつくったこと。『七生報国』の志を残して、湊川で戦死したことなど、正成が死生を超越し、一意至誠をもって天皇に捧げた純忠の精神は、読む人に深い感動を与え、正成への憧憬と、その志を受け継ごうとする決意とを生み出したのである。天和二年(一六八二)に亡くなった山崎闇斎の学問の流れを汲んだ若林強斎が、その書斎を望楠軒といって、楠公を崇拝する気持ちを明白にし、正成が『仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱うべし』と申したということに感じて楠公崇拝の心をおこした、と伝えている。強斎は、このことばが『わが国士臣の目当』であると考え、正成を日本人の理想像として仰いだのである」と論じている。(『建武中興』)

 

楠正成公が『仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱うべし』という心こそ、真の尊皇精神であり、わが国の臣民のあるべき姿勢である。天皇を現御神と仰ぎ絶対の信を寄せることが日本の臣道である。尊皇精神とは、日本国の祭祀主として神聖なる君主であられる天皇へのかしこみの心である。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月十五日

午前は、諸雑務。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

夕刻、病院に赴き、母に付き添う。ノロウィルスに感染する危険があるとのことで、母とゆっくり付き添い話すことが出来なかった。母には感染していないが、病院は決して衛生的なところでも、安全なところでもない。早く転院させねばならない。

帰宅後は、原稿執筆、資料の整理。

| | トラックバック (0)

2014年1月15日 (水)

日本民族の伝統的な信仰精神を正しく継承し現代において生かす事が大切である

 人間は理論や理屈では死ねないし、世界は理論や理屈では動かない。学問や芸術のみならず、歴史そのもののも、人間の情念によって動いてきた。歴史の根底を支えてきた民衆は、政治思想や政治技術によっては容易に動かず、心性を揺さぶる情念によって動かされてきたし、自己の情念が美しいと感じたものに対して命を捧げてきた。己れの「美学」が死をも厭わぬ行為に駆り立てるのである。  

 

 つまり今日の人類の危機を打開するためには、合理的発想を重んじるとともに、科学技術・物質文明に偏した考え方を改めて、人間の精神性の復活・内面から発する情念の正しき統御が大事なのである。イデオロギーとしての合理主義やある理論体系や教義で全ての世界が説明できるという傲慢な考えを捨てて、壮大なる宇宙の神秘=無限の可能性は、人間の理性や知能によって全てが説明できるものではないという謙虚な姿勢を持つべきである。ここに宗教の必要性が生じてくる。

 

 先進諸国の<近代合理主義>を根底に置いた物質文明及び経済至上主義の行きづまりによる今日の混迷を打開するためには、正しき「宗教精神」への回帰が大切である。

 

 しかし、「宗教精神」への回帰とは、安易にしていかがわしい神秘主義や狂信的な教団宗教へのよりかかりであってはならない。むしろそうしたものを厳しく否定しなければならない。

 

 日本伝統信仰すなわち神道は「神への祭り」を行い、「神の道」に随順して生きる事を大切にしている。これが、わが国の伝統的な信仰精神の基本である。つまり日本神道の本質は、特定の人物によって書かれた教条・教義の中には無いのである。文字通り「神」及び「道」のそのものの中にあるのである。我々日本人は、その「神」を祭り「神の道」を現実に生きることによって宗教的安穏を得るのである。

 

 今日の日本人には、西洋精神の影響を受けて自然への畏敬の念を失ってしまった人が多いが、古来、日本人は自然を神として拝み尊んでいた。これは一種の神秘思想と言っていい。そうした日本民族が継承してきた伝統的な正しき信仰精神を正しく継承し現代において生かす事が必要なのである。

 

 「神への回帰」「自然への畏敬」という精神性を重視した世界観・文明観を確立することが、これからの人類の生存のために不可欠である。であるがゆえに、神道(神ながらの道)という精神伝統を保持する日本が、新しい文明を切り開いていく可能性が非常に高いのである。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月十四日

午前は、諸雑務。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

夕刻、病院に赴き、母に付き添う。看護師さんと打ち合わせ。なかなか親切なので有り難い。

帰宅後も、原稿執筆。書状執筆。

| | トラックバック (0)

2014年1月14日 (火)

この頃詠みし歌

大つごもり根津のみやしろに参り来て今年の御守護を謝し奉る

 

 

 

新しき年を迎へて鎮守の神のゐます社に参り来にけり

 

 

 

新しき年を迎へて楽しくも年賀の葉書をめくりゐるかな

 

 

 

瑞穂の國わが日の本のうるはしき祭りの心世の光なる

 

 

 

晴れわたる大空の下二重橋を渡り行きたり正月二日(新年参賀)

 

 

 

この国に生まれ来し幸を思ひつつ すめらみことのお出ましを待つ()

 

 

 

大君のお出ましを待ち立ちてゐる民草の上に天津日は照る()

 

 

 

大君の清らけき御声響きわたる皇居の庭に光満ち満つ()

 

 

 

声の限り聖壽万歳唱へまつる皇居の庭に光満ち満つ()

 

 

 

わが総理靖国神社に参りけり伊勢神宮にも参りたりけり

 

 

 

うら若き孫のやうなる看護師に労はれつつ過ごすわが母

 

 

 

母を置きて帰らんとする時のさみしさよ病院といふ冷たき場所に

 

 

 

母の頬を撫ぜて別れを告げにけり冬の夕暮のさみしき病室

 

 

 

若くして逝きし友どちの詠みし歌 幾度讀みても胸を打つなり

 

 

 

宮柊二氏のもとで学びて佳き歌を詠みし若者は早く逝きたり

 

 

 

亡き友の手紙讀みつつはるかなる時の流れを悲しみてをり

 

 

 

図書館に我を訪ね来し若き友と歌のことなど語らひし昔

 

 

 

空海が祈りを込めし曼荼羅の佛の世界に我も入り行かん

 

 

 

高層のビルの窓明りキラキラと輝くを見れば人の恋しき

 

 

 

カレーライス食して昼餉を終えにけり母のゐまさぬさみしき部屋で

 

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月十三日

午前は、諸雑務。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

夕刻、病院の赴き母に付き添う。語らいつつ夕食の介助。

帰宅後も、原稿執筆。

| | トラックバック (0)

2014年1月13日 (月)

日本傳統信仰は自然の中に神の命を拝む心・祖靈を尊ぶ心

わが國には神話時代(神代)以来の傳統精神がある。わが國の神は天津神、國津神、八百萬の神と言はれるやうに、天地自然の尊い命であり、先祖の御靈である。日本傳統信仰は、日本人の農耕生活の中から自然に生まれた信仰で、天神地祇崇拝(祖先の靈と自然に宿る神を尊ぶ心)を基本とする。そこから明朗心・清明心・武の心・慈しみの心・むすびの心・神人合一観・すべてに神を観る心・天皇仰慕の心・まつりの心など、日本民族の傳統精神が生まれた。それは古代日本の稲作生活から発した大自然と人間の共生の精神でもある。

 

日本傳統精神の本質は、自然を大切にし、自然の中に神の命を拝む心・祖先を尊ぶ心である。きはめて自然で自由で大らかな精神である。日本人は、自然の摂理に素直に随順し、人間と自然は相対立する存在とは考へない。人と自然とは生命的に一体であるとの精神に立つ。

 

わが國の自然を大切にする心=自然保護の精神は、歴史的にも文化的にも「神社の森」「鎮守の森」がその原点である。わが民族の祖先は、古代から神々の鎮まる緑豊かな「神社の森」「鎮守の森」を大切に護って来た。それは「鎮守の森」には、神が天降り、神の靈が宿ると信じて来たからである。「鎮守の森」ばかりではない。ふるさとの山や海に神や精靈が生きてゐると信じてきた。秀麗な山には神が天降り、神の靈が宿ってゐると信じて来た。

 

天皇の御祖先である邇邇藝命は高千穂の峰に天降られた。そして、富士山・三輪山・大和三山・出羽三山・木曾山など多くの山々は神の山と仰がれ今日に至ってゐる。

 

さらに、海の彼方にも理想の國・麗しい國があると信じた。それが、海神(わたつみ)信仰・龍宮信仰である。海は創造の本源世界として憧憬され崇められた。

わが國傳統信仰は、自然の中に生きる神の命と人間の命とが一體となって結ばれる信仰である。それと共に自分たちの祖先の靈を崇め感謝し奉る信仰である。これを「敬神崇祖」といふ。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月十二日

午前は、諸雑務。

午後からは、在宅して、『政治文化情報』の原稿執筆など。

夕刻、千駄木で長らくご無沙汰していた友人と懇談。

帰宅後も、原稿執筆。

| | トラックバック (0)

2014年1月12日 (日)

オピニオン雑誌『傳統と革新』第十四号 

オピニオン雑誌『傳統と革新』第十四号 
たちばな出版発行(四宮正貴責任編集) 定価 一〇五〇円 来年一月中旬発売

特集 正義・法・國家――法治國家とは何か?
【巻頭言】...
傳統的「祭祀共同体」の再生が、わが國における「法治國家」「正義」の實現である
                                四宮正貴
○インタビュー
権力は國民にある、という形をしっかり保たなきゃいけない     鈴木宗男
憲法問題は、「九条」と「天皇制」について堂々の論争をすべきです  小林 節
日本の國柄に相応しい、憲法にすべき                八木秀次
〔佐藤 優の視点〕
特定秘密保護法によって社稷を保全できるか            佐藤 優
我が國を再興するために回帰すべき原点とは             西村眞悟
戰後補償判決・法の支配・法の傳統                髙池勝彦
腐敗化する法治國家を超えて                   西垣内堅佑

愚かなり! 九十六条先行改正論――奇策に溺れ遠のく九条改正   慶野義雄
法治國家は強いか                        尾﨑幸廣
弁護士會の反日・左翼勢力                    三堀 清
「南京取り立て訴訟」と闘う                   藤本隆之
法治國家の理念                         高乗智之
風通しの悪くなった國家は死滅する                木村三浩
―學徒鎮魂・集団的自衛権・特定秘密保護法―
我が体験的維新運動史 第14回                 犬塚博英
  野村秋介烈士没後二十年 「群青忌」に思うことなど
〈石垣島便り ⑧〉                       中尾秀一
「やまと歌の心」                      千駄木庵主人
編集後記  
ISBN978―4―8133―2499―7 C0030 Y1000E
 定価 本体価格1000円+税。 160頁
もっと見る
オピニオン雑誌『傳統と革新』第十四号 

たちばな出版発行(四宮正貴責任編集) 定価 一〇五〇円 来年一月中旬発売予定全國
特集 正義・法・國家――法治國家とは何か?
【巻頭言】
傳統的「祭祀共同体」の再生が、わが國における「法治國家」「正義」の實現である
                                四宮正貴
○インタビュー
権力は國民にある、という形をしっかり保たなきゃいけない     鈴木宗男
憲法問題は、「九条」と「天皇制」について堂々の論争をすべきです  小林 節
日本の國柄に相応しい、憲法にすべき                八木秀次
〔佐藤 優の視点〕
特定秘密保護法によって社稷を保全できるか            佐藤 優
我が國を再興するために回帰すべき原点とは             西村眞悟
戰後補償判決・法の支配・法の傳統                髙池勝彦
腐敗化する法治國家を超えて                   西垣内堅佑

愚かなり! 九十六条先行改正論――奇策に溺れ遠のく九条改正   慶野義雄
法治國家は強いか                        尾﨑幸廣
弁護士會の反日・左翼勢力                    三堀 清
「南京取り立て訴訟」と闘う                   藤本隆之
法治國家の理念                         高乗智之
風通しの悪くなった國家は死滅する                木村三浩
―學徒鎮魂・集団的自衛権・特定秘密保護法―
我が体験的維新運動史 第14回                 犬塚博英
  野村秋介烈士没後二十年 「群青忌」に思うことなど
〈石垣島便り ⑧〉                       中尾秀一
「やまと歌の心」                      千駄木庵主人
編集後記  
ISBN978―4―8133―2499―7 C0030 Y1000E
 定価 本体価格1000円+税。 160頁

| | トラックバック (0)

『米国の対外姿勢の変化と日米関係の影響』と題するパネルディスカッションにおける登壇者の発言

昨年十一月十八日に行われた『米国の対外姿勢の変化と日米関係の影響』と題するパネルディスカッションにおける登壇者の発言は次の通り。

 

中山俊英氏(青山学院大学国際政治経済学部国際政治学科教授)「アメリカの外交について日本には疑念が生まれている。シリア・中国への対応で内向き志向が共和党の中にも見え隠れしている。信用して良いのかどうかが浮かび上がっている。アジア太平洋地域の重要性は変わらない」。

 

William Kristol氏(The Weekly Standard【政治専門誌】創設者兼編集者)「アメリカは新しい時代、混乱した時代に突入している。一九八〇年代から二〇〇〇年代までのアメリカは安定していた。政策にコンセンサスがあった。議論の範囲は狭かった。抜本的議論ではなかった。二〇〇六年、共和党が議会を制していることに国民は飽きた。上下両院で民主党が制した。二〇〇八年、二回目の大勝利。オバマが当選。政府のリベラル化が進むと思われたが、二〇一〇年に反動が来た。上下両院で共和党が勝利。州議会でも共和党が勝利。新しい不確実の時代に入った。アメリカは左へ行くべきか、右に行くべきかの話になった。政策論議も変わった。二〇一二年僅差でオバマが当選。下院は共和党が勝利。行きづまり状態が続いている。突破口を切り開くことがいつ実現するかつかめない。予測不可能な状況。国防予算が削減。戦争に疲れた状況。孤立主義を説く人が共和党の中にいる。不確実で危険な時代。アメリカへの信頼が失われている。アメリカ自体は強い国であり続けている。日本のような同盟国はもう少し責任を引き受けてもらいたい。アメリカの保守主義とは伝統的価値観・強い国防・小さな政府の三つ。アメリカの伝統・宗教を守って行かねばならない。アメリカは自己改革能力を持っている。アメリカが消えてなくなることはない。喧嘩は活力の源。世界秩序の保障国であれば強くなければならない。私は日本が自己主張の強い外交姿勢をとることを問題視していない。日本の国民は過剰な攻撃的手段とることはあり得ない。アメリカも日本もやるべきことをやる。安倍はナショナリスト、コールもミッテランもサッチャーもナショナリスト。これらの國は力強い同盟国であった。安倍氏のナショナリズムは日本を要塞化するナショナリズムではない。安倍氏はアセアン諸国を訪問、首脳会議を主催する。自国の自信を持つのは大事。民主主義の価値観と矛盾しない」。

 

Gary Schmitt 氏(アメリカン・エンタープライズ研究所専任研究員兼マリリン・ウェア安全保障研究センター共同ディレクター兼アメリカ市民権プログラムディレクター)「アメリカの内政が外交に影響を及ぼしている。アメリカの東アジア政策はこの十年中国の焦点を当て過ぎた。アメリカの対中国政策は過大に評価されてきた。米中の共通の敵はソ連だった。米中関係は悪化し、中国は近隣諸国に対して攻撃的になった。ネオコンの動きはムーブメントである。アメリカの世界観の一つ。学術的、伝統的見方の一つ。世界の状況の中でネオコンの考えが国民を惹きつける時代がある。習近平が権力基盤を固めたかが問題。改革の継続と一党支配の継続の両立が難しい。どちらかを取らねばならない段階に来ている」。

 

Christopher J. Griffin氏(FPI常務理事)「安倍首相は強い野心を政権に課している。国家安全保障会議創設は強力な政府が日本に存在することがいかに重要かという事。弱体な政府が日本には続いた。日米協力は重要。アメリカの国防予算は一兆ドルの削減を続けて来た。日韓関係が悪いのは残念。当事国にとってもマイナス。北朝鮮をテロ支援国家リストから解除したことと六者協議は大失敗。取るべきものを取ってやるべきことをやらないという北朝鮮のやり方を繰り返させてはならない。北朝鮮に対して『軍事同盟を強化し対応するぞ』と言った方が良かった。北朝鮮に対して日米韓の協力が大切」。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月十一日

午前は、諸雑務。

午後二時より、内幸町の日本プレスセンターにて、『アジア問題懇話会』開催。武貞秀士氏が「張成沢粛清後の北朝鮮」と題して講演。活発な質疑応答が行われた。後日報告します。奥野誠亮先生にご挨拶。齢百歳になられても矍鑠としておられる。国士政治家の一層のご長寿を祈る。

この後、病院に赴き、母に付き添う。夕食を介助。

帰宅後は、『政治分が情報』の原稿執筆など。

| | トラックバック (0)

2014年1月11日 (土)

近代合理主義の限界と超克

 これまで人類の多くは、「人間の技術と労力によって自然を征服し作り替えることによって幸福な人間生活が営むことができる」というニュートン及びロック以来の<科学技術万能主義>の考え方に立ち、社会の生産力を高め、物質生活を豊かにしてきた。「人類の快適な生活=幸福」のために、科学技術を駆使して未利用の資源を開発し自然を作り替えて来た。つまり自然や人間を、生命のない物質=機械と同じものと考えて来た。その結果、自然が破壊され、資源は枯渇し、地球及び人間の生命と心が蝕まれている。

 

 さらに、「人間が発見したとする物理科学の法則が天体の運行を予測するようにすべての物事には秩序があり、その秩序は数学的公式と科学的観察によって確かめることができる」という考え方が近代文明社会の基本にある。つまり、人間の発見したとする<科学技術の法則>によって人間社会の将来の予測を正確に行うことができるというのが近代人の基本的態度であった。これを<近代合理主義>という。

 

 しかし社会全般は、自然科学の世界においてすら「自然科学の法則」によって絶対的に支配されているわけではない。まして、我々人間の営んできた社会生活全般や人類の長い歴史においては、社会や歴史の「法則」に類するものを見つけることはできるかもしれない。しかしそれは、「法則」などという絶対的なものではなく、「傾向性」もしくは「確率」と称すべきものである。つまり想定の範囲外の事が何時起るは分からないのである。以上の事は、東日本大震災の地震・津波そして原発事故という悲惨よって日本国民は痛切に体験的に実感したのではないか。

 

 <イデオロギーの終焉>ということがいわれ、宗教対立・民族対立が激化してきている現代において、社会や人間の活動が混乱し、人間の不規律な行動、国家や世界の政治・経済の不安定な動向は、「合理的」「科学的」を自称する<近代合理主義>によってはとても説明も予測もできなくなっている。むしろ近代合理主義は、「真理を完全に所有している」という傲慢不遜な考え方を抱くことによって、かえって真理を見失ってしまったのである。

 

 政治思想・社会思想の面でも、マルクスやウェーバーなどの思想のような「合理的」「科学的」を自称する歴史哲学がヨーロッパに起こり、世界を支配する状況が作り出された。しかしその結果、今日の世界は、貧富の差が拡大し、人間の新たなる精神的経済的隷属が始まっている。さらに、組織の官僚制化によって、その組織の中に生活する人間の自由は、次第に奪われるようになった。

 

 現代人の生活全般にわたる「合理化・科学技術偏重思想」すなわち<近代合理主義>は、人間の精神の自由を無視した画一的な規則と機構による支配と束縛、悪平等の一律主義の横行、労働における非人間的扱いを生んだ。そして、社会主義体制は崩壊しつつあり、資本主義体制も重大な危機に瀕している。

 

 資本主義経済体制も社会主義経済体制も、科学技術の進歩を謳歌することによって、こうした危機的状況を作り出してきたと言える。これを救うことが今日の人類の緊急の課題である。それには、自然を神とおろがむ日本の伝統的信仰精神に回帰することが大切である。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月十日

午前は、諸雑務。

午後は、病院に赴き、母に付き添う。介護施設の方が病院に来て、母と面談。

午後六時より、一ツ橋の如水会館にて、『一水會フォーラム』開催。木村三浩氏が講演、質疑応答。とても興味深い内容であった。後日報告します。

140110_201802_2

講演する木村三浩氏

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

| | トラックバック (0)

2014年1月10日 (金)

祭祀主天皇の無私の大御心が日本國民の道義の規範 

現御神信仰の公的表現は、『宣命・詔勅』に「現神(あきつかみ)と大八洲知ろしめす倭根子天皇(やまとねこすめらみこと)」と示されている。とりわけ『文武天皇即位の宣命』には「天津日嗣高御座の業と、現神と大八嶋知ろしめす倭根子天皇命の、授賜ひ負賜(おほせたま)ふ貴き高き廣き厚き大命受賜り恐み坐して……明き淨き直き誠の心以て、御稱(いやすす)み稱(すす)みて緩怠(たゆみおこた)る事無く」と示されている。

 

「明き淨き直き誠の心」こそ、わが國の道義心の根本である。天皇は現御神として天の神の御心を地上で体現されるお方である。日本伝統信仰の「祭祀」とは自己を無にして神に奉仕する(つかへまつる)ということである。そして祭祀によって神と人とが合一する。

 

天皇の「祭祀」そしてそれと一体のものとしての「無私の大御心」が日本國民の道義の規範なのである。人間の限り無い欲望・闘争心を抑制せしめるには、天皇の無私にして神ながらなる大御心に回帰する以外にない。

 

日本國の生命・歴史・伝統・文化・道義の体現者たる天皇の大御心・御意志に「まつろう」(服従し奉仕する)ことが日本國民の道義心の根幹である。そして天皇の大御心・天皇の國家統治の基本は、天照大神の御命令である「高天原の理想を地上に実現する」ということである。神の意志を地上において実現する使命を持つお方が天皇であらせられるのである。 

 

日本民族の古代からの天皇尊崇の心・現御神信仰を回復し、人間獣化=聖なるものの喪失から脱却することなくして、日本の再生はあり得ない。 

 

尊皇精神・勤皇精神が希薄になればなるほど、日本國民の道義心・倫理感が希薄になる。なぜなら、天皇は、日本國民の道義感・倫理感の鏡であるからである。今日の皇室への尊崇の念の希薄化と道義心の低下とは相関関係にあると考える。日本民族が尊皇精神を喪失した時、日本國は崩壊の危機に瀕するのである。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月九日

午前は、諸雑務。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

夕刻、病院に赴き、母に付き添う。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆など。

| | トラックバック (0)

2014年1月 9日 (木)

國體と憲法

「法」とりわけわが国にとっての「成文法」とは何かを考えなければならない。西洋法思想が入って来る以前、即ち江戸時代以前にも、わが國には法の支配はあった。日本は法治国家であった。古くからわが国にあった「成文法」と西洋近代の「成文法」との違いを考えねばならない。

 

今日の日本は「法治国家」であり、「法の支配」が行われていると思う。しかしそれは日本の伝統に深く根ざしたものであるのか、日本の伝統と矛盾したものではないのか、日本國體と相容れないところは無いのかが重要な問題である。

 

道徳・正義を実現する手段が「法」であるというのが通説である。法を守ることが道徳を実行することと同意義だということだ。しかし「法」がすべて正しいとは限らない。悪法というものも時に制定される。『現行占領憲法』によって正義・道徳が実現されているとは決して言えない。

 

憲法とは「国家の組織や運営にかかわる基本的な事項に関する定めをしてきた法」「この國のかたち」(Constitution)を成文化してものである、つまり「国家の組織・構成・大政・体質、政治の在り方、その拠って立つ伝統や文化」を記したものという定義がある。

 

西洋近代的意味の憲法は、絶対主義支配を打倒した市民革命によって出来上がった政権を正当化するための法律である。だから「憲法は権力の制限規範」「憲法は主権者・国民が権力を託した人々を管理するための規範」「憲法は主権者国民と政治家の間の最高度の約束である」ということになる。この議論を正当化するために依拠したのがルソーの「社会契約論」である。個人の権利を保障するために国家が作られるという思想である。そして国家と国民との間の契約が近代的意味での憲法ということになる。

 

しかしこの思想は、君民一体の信仰共同体であり、天皇を祭祀主と仰ぐわが日本國體とは絶対に相容れない思想である。わが国には絶対主義支配体制打倒の市民革命は起らなかった。明治維新は國體明徴化による変革であった。

 

『現行占領憲法』は日本の政治伝統や文化が成文化されていないから正しい「憲法」ではない。

 

日本國という國家は、単なる権力機構・政治的支配機関ではない。もっと大らかにして神聖なる存在であり、精神的・道義的・信仰的・文化的存在である。人と人とが精神的に結合した共同體である。日本國はその生成の過程を見れば明らかな通り、天皇を祭祀主とする信仰共同體である。日本國は革命とか開拓によって人為的に造られた國ではなく、神が生みたもうた國であるという神話と信仰が古来からの國體思想である。

 

 國家を単なる権力機関として見ると、國家の神聖性・道義性が隠蔽され、日本國の文化も、伝統信仰も、文化も、道義も、全て権力機関としての國家の下に置かれ、その支配を受けなければならなくなる。そして権力機関としての國家のみが前面に出て、国家が國民と対立し、やがて國家の中で権力と國民の闘争が日常化する。現代日本は、まさにそうした状況に置かれつつある。

 

 今日においてさらに重大な問題は、日本國天皇の祭祀という共同體國家日本の存立の基本である<天皇の祭祀>が、憲法の制約下に置かれるようになっていることである。

 

 憲法に、日本の國柄に反し天皇の御本質を正しく表現していない「天皇条項」があるから、日本は安定を欠いている。

 

 國家の基本法典たる憲法は必ず、その國民の、立國以来の歴史の中に培われてきた國民共同体(これが憲法上の「國民」の真の意味である)に立脚しなければならない。

 

 日本の伝統的國家観・君主観とは絶対的に相容れない原理で成り立っている現行憲法が長く続けば続くほど、麗しい伝統的な日本の國柄が隠蔽され破壊され続けることとなる。これが現代の混迷の根本原因である。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月八日

午前は、諸雑務。

午後三時より、西荻窪にて、西尾幹二氏にインタビュー。『伝統と革新』掲載のためなり。

午後六時半より、豊島区立地域文化創造館にて、『萬葉古代史研究会』開催。小生が柿本人麻呂の歌を講義。

帰宅後は、原稿執筆の準備など。

| | トラックバック (0)

2014年1月 8日 (水)

国難にどう対処すべきか

日本は今、国難に遭遇しています。そして多くの政党・政治家が「維新」という言葉を使っています。今日における「維新変革」はいかなるものであるべきか。「国難打開」はいかにしてなされるべきか。維新変革の正しい道筋を示している政治家・政党は少ないように思います。私は、維新とは尊皇攘夷の精神、復古即革新の原理にもとづく変革であると思います。尊皇精神のない維新はあり得ません。

 

 

「保守」という言葉についても、保守政党といれる政党はいくつかありますが日本人が保守すべきものは何かが明確ではないようです。現体制を保守するというのは真の保守ではありません。建国以来の國體護持、傳統の継承こそが真の保守であります。

 

 

今日、日本の最大の外交課題は、アメリカ及び支那とどう対峙したらいいかという事であると存じます。支那の中華帝国主義、アメリカの「明白なる宿命」という言葉を根幹にした西進・膨張主義にどう対処すべきか。大東亜戦争の正義を主張すればするほど、アメリカと対決しなければなりません。日本を戦争に追い込み、日本に二発の原爆を落とし、主要都市を焦土とし、無辜の民を殺戮したアメリカ。戦争後は、日本を弱体化し、国家破壊工作を行ったアメリカと同盟を結ばなければ、日本の安全を保持できないという状況から脱却するにはどうしたら良いのか。

 

 

支那・北朝鮮の軍事的脅威・侵略策謀にいかに対処すべきか。北朝鮮や共産支那と同様日本も核武装すべきなのか。しかしそれは可能か。「アメリカは許さない。支那も許さない。核アレルギーの日本国民の多くも許さないだろう」という現実をどう変えるかが問題であります。

 

 

| | トラックバック (1)

2014年1月 7日 (火)

千駄木庵日乗一月七日

午前は、諸雑務。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。明日の『萬葉古代史研究会』における講義の準備。

夕刻、病院に赴き母と会う。元気になってきているのがうれしい。一日も早く退院してもらうためには、介護施設の入所が決定しなければならない。唯今その交渉中である。

帰途、上野に出て買い物。上野松坂屋は改築中、吉池も改築中。高層ビルが建つようである。上野も大きく変わるのだろうか。老舗のとんかつ屋が「双葉」が閉店した。上野にはどういうわけか老舗といわれるとんかつ屋が多い。とんかつは私の好物である。庶民の街であるとともに、上野公園には博物館、美術館、図書館が多くあるので文化の街でもある。不忍池があり、上野山の緑もあり、なかなかいいところである。さらに、大衆演芸場が二軒ある。

帰宅後は、明日の講義の準備。資料の整理。

| | トラックバック (0)

祭祀の精神と維新

 神道の基本行事は、神を祭ること即ち祭祀である。「祭り」とは神に奉仕(仕え奉る)し、神の御前において自己を無にして神の御心に従い奉ることである。つまり神と自己との一體を確認し、神の御心のままに勤めることをお誓いする行事である。

 

 人は、はじめから神に生かされ、神と離れた存在ではなく神と一體の存在であった。しかし、様々の罪穢が神との一體観・神と共に生きる姿勢と心を隠蔽してしまった。禊によって罪穢を祓い清め、祭りと直會(神と共に供え物を食する行事)によって神との一體観を回復する。これが神道行事の基本である。

 

 つまり人の本来の姿を回復することが祭りの原義である。『古事記』に示されている「天地の初発(はじめ)の時」(天地宇宙の始まりの時)に回帰する行事が祭りである。

 

 今日、混迷の度を深めている我が國も、「天地の初発の時」即ち神がお生みになった日本國の最初の時の姿を回復することによって、この危機的状況を打開することができるというのが、我が國の伝統的な信仰である。

 

 維新とは、実に罪穢を祓い清め國家の本来の清浄な姿・神のお生みになったままの麗しい姿を回復することである。したがって、今日行うべきことは罪穢を祓い清めることである。

 

 國家の本来の清浄な姿・神のお生みになったままの麗しい姿とは、遥か彼方にある天國とか極楽浄土ではない。今此処に、日本人の本来の生活と信仰とを戻すことである。

 

 実際、日本民族は、全國各地で毎日のように禊と祭りを行っている。それは信仰共同體日本の本来の姿を回復する祈りが込められている行事である。

 

 精神的共同體としての國家と権力機構・経済體制としての國家とをはっきり区別して考えなければならない。権力機構・経済體制としての國家がいかに混乱し破滅的状況にあっとしても、精神的共同體としての國家は永遠に不滅である。

 

 わが國の歴史を顧みても、これまで、壬申の乱、南北朝時代、応仁の乱そしてそれに続く戦國時代、大東亜戦争の敗北というような大混乱の時代も経験したが、天皇を中心とする精神共同體としての國家・日本は生き続け、國家的・民族的統一を全く喪失する事なく必ず太平の世を回復してきた。

 

 我が國國民が祭りが好きであるということは、日本人が本来明るい精神を持っているということである。厭世的でもなければ逃避的でもないというのが我が國民性である。いかなる困難も罪穢も神を祭ることによってこれを打開し祓い清めることができると信じ続けてきているのである。

 

 今日のこの混迷も必ずこれを打開して正しき日本の姿を回復するに違いない。しかしそのためには、歴史を回顧して明らかな如く、真に國家の伝統精神を継承する者たちの必死の努力精進が必要である。

 

 維新変革は、この國を何とかしなければならないという情熱を持つ者によって行われるのである。情熱は時として誤れる方向に突っ走ることがある。それを防ぐためには、深い神への祈り、神を祭る心、神の意思通りに生きんとする心を持たなければならない。

 

 明治維新が徳川幕藩體制を打倒して天皇中心の國體を明らかにした如く、現代における禊祓いとは、今日の日本に巣食っている邪悪な者共を殲滅することである。そして現代における祭りとは、禊祓いの後に天皇國日本の真姿を回復することである。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月六日

午前は、諸雑務。

午後からは、在宅して、原稿執筆、原稿執筆の準備など。

| | トラックバック (0)

2014年1月 6日 (月)

現御神日本天皇のご本質

『萬葉集』に収められてゐる柿本人麻呂の長歌には、「やすみしし わが大君 高照らす 日の皇子」と歌はれてゐる。

 

「やすみしし」は、萬葉仮名では「八隅知之」と書かれてゐる。「四方八方を知る」といふ意である。「天皇は空間的に日本國の四方八方をしろしめしたまふ」といふことである。或いは、「安見知之」とも書かれてゐる。これは「やすらけくこれを見、知る」といふ意で、「天皇は空間的にたいらけくやすらけく日本國をしろしめしたまふ」といふことである。

 

 「高照らす 日の皇子」は、「高く照っておられる日の神の皇子」といふ意である。これは、日の神であらせられる天照大神が、生みの御子であられる邇邇藝命を地上に天降らせたまひて天の下を統治せよと御命令になって以来、邇邇藝命のご子孫である天皇が日本國を統治されてゐるといふ時間的事実をいった言葉である。

 

 つまり、「やすみしし わが大君 高照らす 日の皇子」といふ対句表現(語格や意味の相対する二つ以上の句を対照的に並べて表現する修辞的技巧)は、現御神として日本國を時間的に空間的に統治される天皇の御本質を、神話的・詩的に美しく表現した言葉なのである。かうした表現は、『日本書紀』の歌謡の中に現れ、『古事記』では景行天皇記の日本武尊の御歌の中に「高光る 日の御子」といふ言葉がある。

 

 天皇は武力で空間を制圧して國家を治められてゐるのではなく、天照大神(太陽の神)の御子としての神聖なる権威によって治められてゐる。そしてその根幹は太陽神を祭られる<天皇の祭祀>である。

 

稲作生活を営む日本民族にとって太陽はなくてはならぬ存在であるので、わが國では、日の神信仰(太陽信仰)はより強固なものであった。その日の神の御子が祭り主日本天皇であらせられる。

 

 天皇は國民を統率し、神様に祈り、神を祭り、神の御命令を民に伝へるお役目を果たされる。ゆへに、民から拝すれば地上における神の御代理即ち現御神であらせられるのである。

 

 聖徳太子は隋の煬帝に出した國書(國の元首が、その國の名をもって出す外交文書)に「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙なきや」と記し、「日本天皇は日の神の御子である」といふ信仰を高らかにうたひあげた。

 

 この聖徳太子の偉大なる御事績を拝して明らかな如く、「天皇は日の神の御子である」といふ思想は七世紀中頃、即ち大化改新以後につくりあげられたといふ説は、大きな誤りである。

 

 天皇が日の神の御子として國家を統治あそばされるといふ御自覚は、御歴代の天皇に一貫してゐる。第一一六代・桃園天皇(江戸中期)は、

 

 もろおみの朕(われ)をあふぐも天てらす皇御神(すめらみかみ)の光とぞ思ふ

 

といふ御製を詠ませられてゐる。        

 

 天皇が御即位の大礼において、高御座に上られ、天下万民の前にお姿を現されるお姿は、「冕冠・大袖」である。「冕冠」は、『古事談』によると、応神天皇以来のものとされ、中央に金烏を描いた放射状の日像(ひがた)を立てる。これはまさしく日の御子のお姿である。つまり即位式において、天皇が高御座に登られるのは、新しい太陽神の地上における御誕生なのである。また、大嘗祭における鎮魂のみ祭りも、日の神の再生の祭りである。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月五日

午前は、諸雑務、『伝統と革新』編集の仕事。

午後は、原稿執筆の準備・資料の整理検索など。

この後、病院に赴き、母に付き添う。私が帰ろうとすると、母から「一緒に帰る」と言われるのがつらい。

帰宅後も、原稿執筆の準備など。

| | トラックバック (0)

2014年1月 5日 (日)

『サンデーモーニング』における馬鹿な発言

今『サンデーモーニング』という番組で白髪の男が「天皇陛下が参拝されないのだから総理大臣も参拝すべきではない」などと言っていた。馬鹿を言うな、天皇陛下は、大祭の時に勅使を差遣されている。勅使差遣は参拝と同意義である。こういう馬鹿な偏向メディアの論調が、支那韓国の内政干渉を誘発し扇動しているのだ。

 

| | トラックバック (0)

日本人の農耕生活から生まれた暦の思想

 『萬葉集』に収められてゐる「近江の荒れたる都を過ぎし時、柿本朝臣人麻呂の作れる歌」では、天皇の御事を「日知り」と申し上げてゐる。「日知り」とは第一義的には、日の神の御子として日本の國をしらしめす(統治される)御方、日の神の如く統治される御方といふ意である。

 

 また、「日知り」とは太陽の運行を知る、即ち暦を知ることでもある。暦を知ることは古代の君主として非常に大事な権能であった。なぜなら農耕國家では、暦・四季のめぐりが生活にとって殊の外大事であったからである。従って太陽の運行・四季の変化のことをよく知ってゐる人が君主としての資格を持った。

 

 この「日知り」を漢字の「聖」にあてはめた。「聖」の字源は、意味を表す「耳」と、音を表す「壬」とからなる形声字。「壬」の音の表す意味は、「通」(通る意)、あるいは「聴」(聞く意)である。耳の口がよく開いてゐて普通人の耳に聞こえない神の声がよく聞こえる意。支那古代においては、普通人の聞き得ない神の声を聞き得る人を「聖」と呼んだのであらう。「干支」などの暦を知ってゐる人の意である。

 

 つまり、「聖」という漢字の原義は、天体の運行を通暁してゐる人のことである。農業生活にとって重要な暦を見立てる事ができる人が村や部落という共同体の長(おさ)になる。それがもっと精神的なものに昇華し、徳や知恵の優れた人を「聖」といふやうになった。それに聖人思想・有徳王君主思想が加わって意味が拡大し、天子(天の子)として國家に君臨する君主を「聖」といふやうになった。このやうに「聖」という言葉は古代農耕生活と非常に密接に関はっている。

 

 日本の暦は、稲などの植物の生育と栽培の知識から生まれた。温帯に位置してゐるわが國の風土は、穏やかで、四季の変化がはっきりしてゐる。さうした風土の中で稲作生活を主なる生業とすることによって民族を形成してきた日本人は、季節の変化を稲の生育に伴ふ自然の有り様や生活の営みの中で捉へてきた。

 

 日本人は、規則正しい季節の移り変りとそれに伴ふ自然の変化が、生活の基本であるといふことを農耕生活の中で体得してきた。それが<暦の思想>である。かかる生活を営んできた日本人は、<自然の道・摂理・道理>は生活と共にあり、自然の摂理がそのまま人生の規則であるとする日本民族特有の哲學といふか思想精神を身に付けた。

 

 わが國には「月読命」といふ神様がおられる。夜見の國から帰った伊耶那岐命が、禊祓をされた折、右の御目を洗れた時に生まれた神である(左の御目を洗はれた時に生まれた神が天照大神)。「読む」は数へる意味で暦から発生した言葉であるから、月読も月齢による暦を意味するとされてゐる。月読命は農耕に是非必要な手段であった月を数へるといふ生活の知恵をあらはす神名とする説がある。もっとも「月読命」の「読」を「夜見」と解して「隠り世」(あの世)の神とする説もある。 

 

 ただし、日本における「日知り」とは、天体の運行をよく知るといふやうな限られた一種の超能力のやうな事のみを意味するのではない。「日の神の生みの子としてやすらけくたいらけく天の下をしろしめす」といふ意味である。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月四日

午前は、諸雑務。

午後からは、在宅して、原稿執筆(『月刊日本」連載の「萬葉集」解釈)・資料整理・書状執筆など。

| | トラックバック (0)

2014年1月 4日 (土)

萬葉古代史研究会のお知らせ

四宮正貴が講師となり「萬葉集」を勉強する會が次の通り開かれます。主要作品を鑑賞しつつ古代日本の歴史精神と美感覚を學んでおります。多くの方々の御出席をお待ちしております。

 

日時 一月八日(毎月第二水曜日) 午後六時半より

 

會場 豊島区立駒込地域文化創造館

 

東京都豊島区駒込二の二の二 電話〇三(三九四〇)二四〇〇 山手線駒込駅北口徒歩二分

 

會費 千円  テキストは、岩波文庫本『萬葉集』(佐佐木信綱編)上巻。

 

初参加の方は、テキストはなくても結構です。初めての方でも分かりやすい内容です。

 

| | トラックバック (1)

『世界オピニオンリーダーズサミット』における登壇者の発言

昨年十一月十六日、舞浜アンフィシアタ-にて行われた『世界オピニオンリーダーズサミット』における登壇者の発言は次の通り。

 

ジェイムズ・アンドリュー・ケリー元米国務次官補「北朝鮮はユニークな政権を持っているが資源が無い。改革をしたくない。経済と資源の問題が重要。アメリカの国民は他国に軍を派遣することに飽き飽きしている。だから軍事費が減らされている。しかし他国よりはるかに大きい。九・一一は忘れられていない。世界の危険があることをアメリカ国民は分かっている。孤立主義になる可能性は低い。日米同盟が無くなる可能性は無い。世界の警察官という言葉をアメリカ国民は聞きたくない。日米の強固な同盟関係を続けるべし」。

 

ラルフ・コッサ氏(パシフック・フォーラムCSIS理事長)「北朝鮮は経済発展をするには核兵器をなくさねばならない。中国が北朝鮮経済の下支えをしている。経済と核兵器の両方を持つことはできない。アメリカは同盟国の危機には対応する」。

 

藤崎一郎前駐米大使「アメリカの国防省と国務省のトップが『尖閣をカバーしている』と言っているから何も起こらない。抑止力が大きい。昨日ケネディさんが着任したのは、アメリカの日本重視の証拠。北朝鮮は今の体制を引き延ばすことが最大目的。楽観主義が大事」。

 

伊藤憲一日本国際フォーラム理事長「オバマさんは大丈夫なのか。アメリカが孤立主義の戻ることはないのか。アメリカの世界の警察官としての犠牲を評価し、肩代わりできるところは手伝うというのが日本の立場と思う。これが積極的平和主義。日本も限られた努力であってもアメリカと協力して、世界の秩序を守るために努力すべきである。消極的平和主義とは一国平和主義のこと。ナチスドイツは戦略を立ててポーランドに攻め込んだ。日本は戦略不在で真珠湾攻撃を行った。日本にはリーダーシップが不在だった。御前会議では何の議論もしていない。海軍は負けると言っていた。首相として陸軍大臣として何のために開戦の議論をしているのか目的意識すらなかった。国民の平和を守るという根本的意識がなくなっていた」。

 

コリン・パウエル元米国務長官「日本の社会の強さ、経済の発展に感銘している。統合参謀本部議長はハードパワー。国務長官はソフトパワー。ハードパワーは必要な時のみ、ソフトパワーと組み合わせて使うのが大事。経済体制の効率性が大事。人間という要素が基本。私の両親はジャマイカから来た。私はハーレムに生まれた。次世代を育てることが大事。リーダーは部下の能力を最大限に引き出すことが大事。社会のために何をやるか、目的を持たねばならない。イラン・シリアは日本やアメリカにとって脅威ではない。日米関係は崩れない。アメリカは太平洋地域から離れることはできない。リーダーは楽観主義でなければならない。レーガンはそういう大統領だった。ソ連の共産主義は良くないと言い続けた」。

 

小池百合子衆院議員「日米同盟深化の舞台は整いつつある。日本は六年間に十人も防衛退陣が変わっている。日本はリーダーが変わりすぎるのが問題。女性自衛官は全体の五%」。

 

半田晴久世界開発協力機構総裁「本当のリーダーは努力を超えたところにある」。

 

ビル・クリントン元アメリカ大統領「人生には完全な成功も完全な失敗もない。明日が昨日と同じと考えるとくじける。小渕さんは素晴らしい首相だった。アメリカにとって日本とのパートナーシップは大事。安倍氏は抵抗を覚悟すべし。強硬にして謙虚であるべし。忍耐力を持って日本の経済成長を図るべし。若者の働く場を増やすべし。アメリカへの留学生を増やすべし。オバマの医療保険制度改革は良いことをしている。議会の人は冷静になるべし。日本とアメリカは防衛力で絆ができている。南シナ海の問題は悪い方向に向かっている。中国はどうやって近代化するかまだ思案中。領土問題は説得を続けねばならない。共通・共有の戦略に合意すれば、驚くべき結果が出る」。

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月三日

朝、諸雑務。

午前は、ある老人医療施設に赴き、母の入所について相談。

午後は、資料の整理。

この後、病院に赴き、母に付き添う。今日は何時もより気が立っていた。

帰宅後、資料の整理、書状執筆、原稿執筆。

| | トラックバック (0)

2014年1月 3日 (金)

谷口雅宣は祖国への裏切者

 

「独断的に、安倍首相は二十数年ぶりに靖国神社を正式参拝した。中韓両国との関係がこれでさらに難しくなることは、明らかだ。アベノミクスに好意的だったアメリカでさえ、失望と不快感を表明した。しかし、同首相は『話せばわかる』という意味のことを言うだけである。また、『どんな国でも戦没者を尊敬し、礼節を尽くすのは当たり前だ』というのは分かるが、その『戦没者』の中に、戦争を起こし、植民地政策を遂行した張本人が含まれているということを無視し続けている。そんな施設に参拝して“礼節を尽くす”という行為が、海外から見れば戦争と植民地政策を正当化していることになるという簡単な外交的論理が、この首相にはまったく理解できないか、あるいは強引に無視することで国益が増進されるという奇妙な信念をもっているように見える」。

 

以上は、「空前絶後の愛国者」(谷口清超師の言葉)であった生長の家開祖・谷口雅春先生の孫・谷口雅宣が去年の大晦日即ち一昨日に書いた文章です。靖国神社を「施設」とは何事でしょうか。「戦争を起こした」張本人はルーズベルトであり、毛沢東であり、スターリンであり、尾崎秀実であり、ゾルゲであります。「植民地政策を遂行した張本人」は、英米蘭仏の西欧列強であります。歴史の改竄を止めてもらいたい。谷口雅宣はまさに、祖父の教えを踏み躙るばかりか、祖国の裏切者であります。

| | トラックバック (0)

日本伝統信仰を基とした全人類の危機の打開

わが国には太古以来の信仰が今もわが国民の日常生活に生きている。祭祀は、日本天皇が行いたもう宮中祭祀によって今日ただ今も太鼓のままの生きた姿でくり返されている。

 

 伊勢の皇大神宮のように神殿も太古以来のまま今日の継承されている。伊勢の神宮の神殿は、二十年目ごとに必ずくり返される式年遷宮によって永遠に新しい姿に復元し生まれ変わる。古代の神殿が永遠に新鮮な姿で我々の眼前に立っている。

 

 あらゆる日本の文化の根底には伝統信仰・祭祀の精神がある。それは、天皇の祭祀と神社の祭祀を通して、今もなお国民信仰として脈々とその生命を伝えている。のみならず、現実に天皇及び御皇室の自然の命を慈しみたもう御精神と御行動そして神社の鎮守の森が、自然破壊と人心の荒廃を食い止める大きな力となっている。

 

 萬世一系の皇統は、高天原より地上へ、天照大御神・邇邇藝命・神武天皇から今上天皇へと時間を超えて一貫して連綿として皇道が伝えられている。 

 

 現代文明・文化は西洋文化・文明が主流となっている。現代文明とは、事物を科学の論理によって技術革新を行うようになった文明のことであるが、それは、産業革命以来機械技術の発達と資本主義そしてそれに反発するものとしての共産主義の発展を促し、経済至上・物質的豊かさ至上の社会を作り出した。

 

 そして、現代文明は、核戦争の危機・自然破壊・人心の荒廃・経済の破綻を見ても明らかな如く、既に頂点を越えて没落の時期に差しかかっている。

 

 現代文明・文化の欠陥を是正し、新たなる文化を形成するには、欧米文化偏重から東洋文化とりわけ日本伝統文化へと回帰しなければならない。自然の生命の循環と全ての生きるものの相互扶助の不思議な原理を生活の中で体験する農耕民族たる日本民族の信仰精神が世界の真の平和を作り出すであろう。

 

 一切の自然や人に神が宿るという大らかにして健全なる信仰精神たる日本皇道精神が、世界を救い、統合し融和して調和するのである。

 

 自由にして大らかなる日本傳統精神は、教条的で固定的な西洋思想・文化・文明に訂正と活性化を与える。

 

 日本伝統信仰は、大自然を尊ぶ。大自然から、人生を学び、生き方を学び、国の平和と人の幸福の道を学ぶ精神である。山・川・海・風・樹木・石等々全ての自然に神の命が宿ると信じる。また、人の命は神の命であると信じる。一人一人が「命(みこと)」なのである。一人一人が「日子(ひこ・日の神の御子)」であり「日女(日の神の姫御子)」なのである。

 

 日本人は、森羅万象ことごとく神ならざるものはないと考えた。こうした精神は排他独善の精神ではない。あらゆるものから学ぶべきものは学ぶのである。だからわが国は古来外来の文化を大らかに包容摂取してきた。

 

 人も国土も神から生まれた、神が生みたもうたと考える日本民族の信仰は、神が人間と自然を造ったと考える西洋一神教の創造説とは異なる。神と人間と自然とは対立し矛盾した存在ではなく、調和し、融和し、一体の存在であると考える。闘争と自然破壊に明け暮れる現代世界を救済するのには、日本伝統信仰が大きな役割を果たすと信ずる。これからの時代は、古代の日本より継承され、今日も生きている日本伝統信仰を基として全人類の危機を打開しなければならない。 

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗一月二日

朝、諸雑務。

そして、祖父の代から我が家でお世話をさせていただいている「坂下観音堂」(本尊・如意輪観世音菩薩)参拝。

続いて、東都北鎮・根津神社(ご祭神・須佐之男命)に参拝。

皇居参賀。天皇陛下のお言葉を拝聴。聖壽万歳を謹唱し奉る。同志・友人・知人の方とお目にかかる。参賀の人々は例年よりもずっと多いように思った。

病院に赴き、母に新年の挨拶。しばらく付き添う。

帰宅後は、書状執筆・資料の整理など。

140102_130401


皇居参賀

140102_134701


140102_1347020001

| | トラックバック (0)

2014年1月 2日 (木)

新年に思う―危機打開と萬葉の精神

本年も、わが日本にとって、激動の年になると思う。靖国神社参拝に実行した安倍総理の毅然とした姿勢は高く評価したい。日本国民として政治家として総理として当然のことをしたまでと言ってしまえばそれまでだが、これまでの総理が実行しなかったことを実行したことは良かった。

 

靖國神社に関することに限らず、外国から如何なる不当不法な干渉があろうとも、断固として撥ね退けることが大切である。外圧に対しては、国民が一致結束して当たることが大切である。

 

幸いなことに、今回の総理大臣靖国神社参拝に対する国民の支持は高い。YAHOO意識調査では「妥当」との回答が八割近くに達した。TBS系情報番組の緊急世論調査でも「いいんだ」という回答が七割を超えた。偏向「朝日新聞」が十一月六日から十二月二十日、五千五百人を対象に実施したアンケートでも総理参拝に賛成する回答が約六割を占めた。国民に支那や韓国やアメリカの内政干渉、不当な批判に対する反発が強いということであろう。

 

 

今日における我が国の外交問題とは、対支那関係であると思っていた。しかし、対米関係の重大である。日本を戦争に追い込み、日本に二発の原爆を落とし、主要都市を焦土とし、無辜の民を殺戮したアメリカ。戦争後は、日本を弱体化し、国家破壊工作を行ったアメリカと同盟を結ばなければ、日本の安全を保持できないという状況から脱却するにはどうしたら良いのか。このことは大変に重要である。

 

「対米自立」とは、朝鮮や共産支那と同様、日本も核武装しかないと考えるのが自然である。しかしそれは可能か。まずアメリカが許さない。支那も許さない。核アレルギーの日本国民の多くも反対するだろう。

 

対米自立・支那の侵略策謀粉砕のためには、わが民族が精神的に自立し、強固にならねばならない。

今日の日本は、日本民族の主體性・誇りを喪失しつつある。また、戦後日本は祖國の良き傳統を軽視あるいは否定し来た。これがわが國が今日、精神的思想的頽廃が末期的様相を呈している根本原因である。わが國は日本喪失の精神状況から脱出して、日本民族の誇りと矜持を取り戻さねばならない。わが國本来の政治と道義と國の姿を回復することが必要である。

 

それは偏狭な排外主義的と独善に陥ることでは決してない。わが國のすぐれた古典であるところの「記紀・萬葉の精神」への回帰による精神の救済を図るといふことである。「神話の精神・萬葉の精神」の復活によってこそ祖國日本の再生が行はれると確信する。

 

また公害問題・自然破壊問題、そして阪神淡路大震災、東日本大震災が起こり、人間と自然の関係をどうするかが大きな問題となっている。『萬葉集』に歌われている日本伝統信仰の「自然神秘思想」「祖霊信仰」をもう一回見直すべきではないだろうか。

 

『萬葉集』は神話の時代来の「日本の中核的な傳統精神」をうたいあげた真の意味の「古典」であり國家変革・激動・外患の危機の時代の歌集である。

 

『萬葉集』は、大化改新・壬申の乱・白村江(はくすきのえ)の戦ひ(唐新羅連合軍と日本百済連合軍の戦ひ)の敗北という國家変革・激動・外患の危機の時期の歌集である。『萬葉集』が生まれた時代は、明治維新の時期とよく似ている時代であり、今日の日本の状況ともよく似ていた時代であった。

 

『萬葉集』の時代は、わが國が外国の思想・文化・政治制度・法制度を受容した時代であった。わが國が異質の文化(特に仏教・儒教という精神文化と唐の政治法律制度の受容)に遭遇した激動の時期であった。これに対峙するためにわが國傳統的精神文化が興起した結晶が『萬葉集』である。 

 

変革の意志のないところに価値のある文藝は生まれない。『萬葉集』は復古即革新=日本的変革の歌集である。古代日本の律令體制下において、文化革新・文化維新を希求した歌集である。現代においてもそのような文化維新が望まれる。

 

 わが國は白村江の戦い・元寇・明治維新・大東亜戦争など、國家的危機の時に、ナショナリズムが燃え上がった。そしてそれ一體ものとして「まごころを歌ひあげる言の葉」としての和歌が勃興する。それが『萬葉集』であり、幕末維新の志士の歌であり、大東亜戦争で散華した英靈たちの歌である。

 

『萬葉集』は、決して平和安穏の世の文藝ではない。内憂外患交々来るといった國難状況の時に生まれた歌集である。それは明治天皇が「世の中のことあるときはみな人もまことの歌をよみいでにけり」と歌われている通りである。

 

今日の日本も萬葉時代と同じようにわが國には朝鮮半島及び支那大陸からの外患が迫って来ている。精神的・経済的・政治的・軍事的苦悩を強いられてゐる現代においてこそ、また自然災害の危機がいつ訪れるか分からない今こそ、『萬葉集』の精神の復興が大事である。『萬葉集』に歌われた精神の回復によって現代の危機を乗り越えなければならない。混迷の極にある現代においてこそ『萬葉集』の精神へ回帰するべきである。

| | トラックバック (1)

千駄木庵日乗一月一日

午前は、書状執筆、諸雑務。

午後は、親族来宅、懇談。

この後、病院に赴き、母に付き添う。夕食を介助。

帰宅後は、資料の整理など。

| | トラックバック (0)

2014年1月 1日 (水)

新年のご挨拶

新年あけましておめでとうございます。
写真
写真

| | トラックバック (0)

この頃詠みし歌

暗き病室に拘束されしわが母は体も心も衰へてゐる

 

院内感染で苦しむ母のあはれさよ 面会すらも許されぬとは

 

母上が今日はここに泊まってくれと頼みたまふは切なかりけり

 

拘束されし母は苦しげにうめきゐる水が欲しい水が欲しいと

 

ゆるき坂道歩み行きなば母のゐる病院はあり今日も歩めり

 

母上がベッドに苦しむ日が続く今年の師走は悲しくぞある

 

苦しまず安らかにゐませと祈るのみ 病室に横たはる母の手を握り

 

カーテンに影が映りしのみなるに我が来たるを母氣づきたまふ

 

我をしも良い子だから好きだよと言ひてわが母は泣きたまふなり

 

白き気球ゆっくりと動く冬の空 眺めてゐれば心やすらぐ

 

友ら集ふ岐阜の館にやまと歌のことを語れる冬の夜かな

 

木曽川の流れゆたかな冬の日にわが乗る列車は走り行くなり

 

戦国の英雄たちが覇を競ひし濃尾平野を走り行く旅

 

隣国が牙向けて来れば戦ひて国を守るがもののふの道

 

専制独裁粛清虐殺のむごき国 近隣国家と言ひたくもなし

 

あはれにも都知事は職を辞しにけり元気一杯の一年なりしに

 

明るい未来といふ言の葉を今日もまたつぶやきにつつ眠りに入らむ

 

自然を愛すと山に籠りし宗教家 熊を恐れて鈴つけしとぞ

 

病む母の生命力の強さには生みの子われも驚くばかり

 

食堂で母の食事を見守りつつ過ごすひと時は楽しかりけり

 

わが母はいと楽しげに歌うたふ若き看護師に労いたはられながら

 

母の口に食べ物運べば口開けて食したまへり老いたる母は

 

今日もまた母を見舞ひて語らひのひと時過ごす冬の夕暮

 

仏壇に線香あげて経を讀む冬の夜更けは静かなるかな

 

一人居の部屋にもの書く夜の更けの温風機の音はさみしかりけり

 

母のゐまさぬ部屋に一人で食事する 朝のさみしさせむすべもなき

 

わが歌を讃へてくれる人のゐて あな嬉しくも今日も歌詠む

 

医者の言葉信ずるよりほかすべなしと思ひて過ごす日々にしありけり

 

われが行けば涙流して喜びたまふ母をし見れば胸迫るなり

 

幾年も逢へざる友を偲びつつ年賀状の宛名書きゐる

 

若き日に感激しつつ讀みにける『生命の實相』わが書架にあり

 

『天の夕顔』讀みし昔に憧れし恋が甦り来ること無きか

 

味噌味の牡蠣鍋を美味しと食しゐる師走の夜の地下の居酒屋

 

かみやしろ夕日に照らされ真輝く時に神の御稜威いやます

 

| | トラックバック (0)

千駄木庵日乗十二月三十一日

午前、我が家でお世話をしている観音堂の清掃。お手伝いの方と共なり。

この後、小生の部屋と母の部屋の掃除。新しき神札を安置。「大祓の詞」奏上。カレンダーの取り換えなど。

根津神社参拝、御札納め。職員の方にご挨拶。

この後、病院に赴き、母を見舞う。咳が少し出るがやや元気になったので安心する。

帰宅後は、『伝統と革新』のインタビューの準備など。

| | トラックバック (0)

« 2013年12月 | トップページ | 2014年2月 »