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2013年12月28日 (土)

小沢一郎の「総理の靖国神社参拝」に関する発言は非道である

「生活の党」の小沢一郎は、「安倍首相の靖国神社参拝について」と題して次のようなコメントを発表した。

 

「平成251226日 生活の党代表 小沢一郎

本日、安倍首相が靖国神社を参拝した。戦没者を慰霊追悼するために国民が自由意思に基づいて靖国神社を参拝することは何ら問題がない。しかし戦争犯罪人が合祀されている現在の靖国神社に、総理大臣が参拝するべきではない。少しでも早く靖国神社を元の姿に直して、総理はもとより天皇陛下、政治家が参拝できるよう改めるべきである」。

 

小沢は、平成十七年十月二一日号の『夕刊フジ』においてもっとひどいことを言った。即ち「東条英機元首相以下、当時の國家指導者たちは日本國民に対して戦争を指導した重大な政治責任を負っている。」「彼らは戦争中、一般将兵に対して『生きて虜囚の辱めを受けず』『死して悠久の大義に生きろ』と教え、特攻や自決を強要した。沖縄やサイパンでは民間人まで自決している。その張本人たちが、おめおめと生きて『虜囚の辱めを受けた』うえ、不名誉な戦争犯罪人として裁かれた。とんでもない話だと思う。國家指導者としての責任感、使命感のなさに激しい憤りを感じる。この人たちは靖國神社に祀られるべき人々ではない。彼らは英靈に値しないと考えている。ただ、『東条元首相らは立派だ』と思う人がいるなら、自分で神社を建てて靖國神社から分祀して祀ればいい。僕はその価値はないと思うが、それは自由だ。靖國神社は『一度、合祀した御靈は分祀できない』と主張しているらしいが、靈璽簿に名前を記載するだけで祭神とされるのだから、単に抹消すればいい」と。

 

まづ第一に、わが国には「昭和殉難者」はおられても、「戦争犯罪人」は一人もいない。この根本認識が小沢一郎にはないのである。東條英機氏らを裁いた「極東軍事裁判」はその名の示す通り「軍事裁判」なのであり、日本人自身による公正な裁判では決してなく、戦争行為の継続であり敵國の復讐であった。そこにおいて「絞首刑」の「判決」なるものを下され執行されたということは文字通り戦死であり殉難である。日本には戦勝國の戦争行為・復讐戦の戦死者・殉難者は存在しても、唯の一人も「戦争犯罪人」は存在しない。

 

東条英機元総理は、決して「おめおめと生きて『虜囚の辱めを受けた』」のではない。『生きて虜囚の辱めを受けず』『死して悠久の大義に生きろ』の信念を貫徹せんとして、自決を図られたのである。この歴史的事実に目をそむけ、東條氏冒瀆した小沢の発言は断じて許すことはできない。

 

「A級戰犯」といわれる人々は、「罪刑法定主義」の原則に反した裁判とは名ばかりの戰勝國による一方的な復讐の場であった「東京國際軍事裁判」で、「絞首刑」に処せられ「法務死」された二十五人の方々である。まさに戰没者であり、殉難者である。ゆえに、わが國政府は、「戰犯」として処刑された方々を、「戰死者」として扱い、その遺族に對する軍人恩給、遺族年金などの支給を、衆参両院で全會一致で決議し実行してきている。そして、靖國神社には昭和殉難者として祭られているのである。

 

「A級戦犯は靖国神社に祀られるべきではない」という主張は全く誤りである。これは復讐劇であった「東京裁判」を肯定するばかりでなく、亡くなった方々を慰霊するというわが国の伝統的な倫理思想を否定する議論である。靖国神社は戦死者すなわち敵によって殺された人々をお祭りする神社である。戦死者がたとえ戦争についての責任があろうとなかろうとそれは全く関係がないのである。「戦争責任と「戦争犯罪」とは全く異なる。

 

東條英機氏等十四人の方々を「絞首刑」に処した戦勝國こそ「人道に対する罪」を犯したのである。同じ日本國民として東條氏を戦死者・殉難者として靖國神社に祀らねばならぬのである。それが日本人の道である。

 

小沢の「A級戰犯が祀られている靖國神社に総理大臣が参拝してはならない」「國家指導者としての責任感、使命感のなさに激しい憤りを感じる。この人たちは靖國神社に祀られるべき人々ではない。彼らは英靈に値しない」などという主張は、戰勝國が行った無法な「軍事裁判」即ち非人道的にして残虐無比な復讐を肯定する議論であり、亡くなった人々を慰靈するというわが國の傳統倫理を否定する議論である。さらに言えば、昭和殉難者に対する重大なる冒瀆である。

 

昭和二十八年、わが國政府は当時の國會決議を踏まえて戦勝國即ちかつての敵國の言う「戦争犯罪人」を戦死者と認定し、その遺族に「戦没者遺族等援護法及び恩給法」の適用を通達した。いわゆる「戦犯者」は戦没者であるというのは國家意思と言っても良い。今になって「戦犯」は戦死者ではないから靖國神社に祭るのは間違っているなどと言う小沢の主張はまさしく歴史への冒瀆である。

 

小沢一郎は、昭和六一年四月二日に開かれた参議院地方行政委員會で自治大臣として次のように答弁した。

 

「靖國神社は一般的に常識的に言って戦没者を祭っておる、その追悼ということでだれもが自然な気持ちで行くべきものであろうと思います。したがって、私もいわゆる自分のそのような気持ちがわいてきたとき、そして時間が許せば靖國神社の参拝は今までもしておりましたし、するつもりであります」「基本的に、お國のために一生懸命、その是非は別といたしまして戦ってそれで亡くなった方でありますから、そういう戦没者に、参拝することによって誠の気持ちをあらわす、また自分なりにそれを考えるということであろうと思います。したがいまして、A級であろうがB級であろうがC級であろうがそういう問題ではないだろうと思っております。たまたま敗戦ということによって戦勝國によって戦犯という形でなされた人もいる。あるいは責任の度合いによってABいろいろなランクをつけられたんでありましょうけれども、その責任論と私どもの素直な気持ちというのはこれは別個に分けて考えていいんではないだろうかというふうに思っております」

 

ほぼまともな考え方である。しかるに、小沢は、今日、「戦争犯罪人が合祀されている現在の靖国神社に、総理大臣が参拝するべきではない」などと主張しているのである。こういうのを「以前言ったことと今言ったことが違う」即ち「自語相違」と言う。結果的に「嘘」をついたことになる。また「昨是今否の詭弁を弄した」と言う。小沢一郎は、その人間性が基本的におかしいと断ぜざるを得ない。小沢の一連の発言を見て来ると、彼が如何に人としての「死者を悼む心」のない非道な人間であるかを証明する。

 

 

 

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