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2013年12月 1日 (日)

式年遷宮について

 今年もあと一カ月である。今年は、伊勢の神宮の第六十一回式年遷宮の年であった。伊勢の式年神宮は、二十年に一度、御正殿以下御垣内の諸社殿を全て新しく造り替え、御正殿内の御装束御神宝の一切を新しく調進して、新しい御正殿の御神座に大御神の御移りを願うという、『古事記』『日本書紀』そして『萬葉集』が編纂された時代である飛鳥時代に、天武天皇が定められ持統天皇の御代から始められた伊勢の神宮の重要な祭祀である。もっとも鄭重にして特別の神嘗祭(その年の稲の初穂を天照大神および豊受大神に捧げる祭)であるといわれている。ゆえに大神嘗祭(おおかんなめさい)とも称されている。持統天皇の四年(六九〇)に天照大神をお祭りする皇大神宮、同六年に豊受大神をお祭りする豊受大神宮の第一回の式年遷宮が行われたと承る。式年とは定まった年という意である。

 

 式年遷宮は、ただ単に「社殿などが古くなったので作り替える」という行事ではない。神をお迎えしお鎮まり頂く神殿を、二十年に一度の周期で新たならしめることによって、神域全体ひいては天地宇宙を更新し、神の威力を益々発揮して頂くという意義がある。もちろん我々日本国民も霊的宗教的に新たに生まれ変わるのである。

 

 日本伝統信仰の祭りとは、人の霊・心・肉そして天地一切を更新し清浄化する行事である。そもそも祭りとは神人合一・今即神代を実感する行事である。恐れながら、天皇御即位の御時の大嘗祭もしかリである。天皇の肉身は変わられても現御神(あきつみかみ・天照大神の地上的御顕現)としての天皇の御本質は不変で、新たなる天皇の肉身に神霊が天降られ天孫降臨が繰り返されるという信仰の祭儀であるところの大嘗祭と伊勢の御遷宮(大神嘗祭)は相似である。

 

 真弓常忠氏は「神宮の遷宮は二十年一度の大神嘗祭であり、…皇祖の大御神の神威に新たな甦りを仰ぐ最大最重の厳儀である。それは、宮中の大嘗祭に相相応する大儀である。このことは、皇居においても、御代ごとに遷宮する例であったのが、持統天皇の藤原京より恒久的な皇居を営まれたことも照応する。昔から伊勢の遷宮を『皇家第一の重事、神宮無双の大営』(『遷宮例文』)といわれてきた所以がここにある。それは始源においては、大嘗祭と表裏一体の相対応する大儀であった」(大嘗祭の世界)と論じておられる。

 

 常に全てを祓い清めて新生を繰り返し永遠の生命を甦らしめるというのは、日本伝統信仰の根本である。日本は長い歴史を有する国であるが、ただ古さを誇りとするのではなく、伝統を顧みつつ常に新生を繰り返してきたところに素晴らしさがあるのである。単に歴史が長いというのなら支那・朝鮮・エジプト・ギリシアなどの国々も長い歴史を有している。しかし、それらの国々の古代民族信仰は皆滅びたり、大きく変質し、今日残っている神殿なども廃墟と化し、ただ観光施設として見物の対象になっているのみである。

 

 ところがわが日本おいては、これだけ科学技術が進歩し物質文明が豊かになっている今日においても、古代信仰・民族信仰が脈々と生きており、伊勢の神宮をはじめとした全国各地で神社で毎日のようにお祭りが行われている。のみならず日本伝統信仰の祭り主であらせられる天皇は多くのみ祭りを厳修され、国家の平安・国民の幸福・五穀の豊饒を神に祈り続けられている。そしてその祭り主たる日本天皇は日本国家の中心者として君臨あそばされている。このようにわが祖国日本は永遠の生命を保ちつつ革新を繰り返してきている国である。これが世界に誇るべき日本の素晴らしさである。

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