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2013年11月14日 (木)

世界でも類を見ないわが國独自の現象=神佛習合

 日本人は模倣が上手だとか言われるが、外國の文化や文明の模倣によって日本文化・文明・思想は成立しているのではない。外来思想の輸入は、必ず日本本来の思想精神を契機にしている。強靱なる伝統精神が厳然存在していたからこそ、日本民族は外國の文化・思想・宗教・技術を幅広く寛大に輸入し、さらに発展させ自己のものとしたのである。

 

 佛教が日本に受容されたのは、佛教と日本伝統信仰の根底にある自然観が、非常に共通するものがあったからである。日本人は、天地に遍満する自然神を八百万の神として仰いだ。佛教も、天地自然を佛の命として拝んだ。自然と日本の神と佛の三つは一つのものとして把握されたのである。それは日本の自然が美しく人間に対してやさしい存在であるからである。神佛習合(日本の神道と外来の佛教とを結びつける信仰思想)は日本の自然環境が生んだと言ってもいい。

 

 自然だけではない。人間自身も神佛と分かちがたい存在として信じられた。日本伝統信仰における『人間観』は、人は神から生まれた存在であり、人は神の分霊(わけみたま)であるという信仰である。人はすぐに神になるし神もまたすぐ人間となる。天照大神やその弟神であられる須佐之男命をはじめとした日本の多くの神々は、人間と隔絶した存在ではない。太陽神である天照大神もまた弟神の須佐之男命もほとんど人と同じように悩まれ、戦われる。それでいて、人と國土を守り、万物を育み給い導く神である。

 

 だから日本では外國では考えられないようなことが行われている。即ち、神社という日本神道の聖所に、本来全く別の宗教であり外来宗教である佛教の聖所であるお寺が建てられ、あるいはその逆にお寺の中に、神社が建てられていても、また佛教の信仰の対象であるおマンダラに、日本の神の名が書かれても、何の不思議も感じないという事実である。

 

 神佛習合は、世界でも類を見ないわが國独自の現象である。大陸から盛んに文化を輸入していた時期である七~八世紀にすでに神佛習合の素地は形成された。大陸文化の摂取がいかに盛んであっても、日本の独自の精神文化が、常に摂取した外来文化を日本化してした。これは日本の伝統文化が豊かな包容力を持っていると共に強靱さを持っていることを証明する。

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