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2013年11月 2日 (土)

政治家・官僚などの権力者(第四権力たるメディアも含む)が皇室へのかしこみの心を喪失した時、日本國は崩壊の危機に瀕する

山本某と田中正造氏を同列に一緒にするなんて以ての外である。時代状況が全く異なる。山本と田中正造氏とでは人物も天と地ほど違う。パフォーマンスと命懸けの行動を一緒にするな、と言いたい。

 

 園遊会への招待者は、どういう基準で誰が決めるのかが問題である。天皇皇后両陛下のご意思をきちんとおうかがいするのか。当選したばかりの一年生議員、しかも左翼過激派との関連が問題となっている人物が招かれること自体問題である。

 

こうしたことは、政治家・権力機構全体の皇室軽視が根本原因である。菅義偉官房長官は今年九月一三日の記者会見で、宮内庁が高円宮妃久子さまの国際オリンピック委員会(IOC)総会への出席経緯を精査する方針を示したことについて「宮内庁を所管する大臣として、『開かれた皇室』を実現する観点から内部で考え方を整理してほしい」と注文をつけた。

 

  「開かれた皇室」などということを何時頃誰が言い出したか知らないが、これは、天皇の及び皇室の尊厳性を破壊することを目的とした巧妙なる策謀である。「開かれた皇室」とは、「皇室は神秘のベールに包まれるべきではない」「皇室の関する公私にわたる情報は全て公開せよ」「皇室は國民ともっと自由に接触せよ」ということなのだろう。さらに今回の菅官房長官の発言を見ると「外交や国際的交流などに政府の方針に従って関与せよ」ということなのだろう。

 

 前にも書いたが、最近、政治家・権力者の皇室軽視・皇室冒瀆・皇室の政治利用の言動が頻繁に起ってゐる根本原因は、「日本国憲法の制度は、国民→国会→内閣→天皇という序列で構成されている」などといふ憲法解釈が可能なところにある。「主権者国民の代表であり国権の最高機関を構成する国会議員は、天皇陛下よりも上に地位にある」といふ考へ方が無意識的に政治家たちに植え付けられてゐるのである。だから「天皇は政府・国会の意思どおりに動かれるべきだ」といふ不逞思想を平然と語る小沢一郎のやうな政治家が現れるのである。また、皇族に対し奉り不敬極まりない言動を吐く中井洽のような政治家が現れるのである。そして、五輪招致に皇族を利用する政府閣僚が出現するのである。さらに言へば、天皇・皇后両陛下にご臨席を仰いだ式典に、衆参両院議員の半数が欠席するといふ非礼極まりない事態が発生するのである。

 

 日本国民の道義精神・倫理感の基本は「尊皇精神」であり「神聖君主日本天皇へのかしこみの心」である。ところが今日、国民全般に尊皇精神が希薄となり、皇室を蔑ろにする政治家・官僚が増えてゐる。政治家・官僚に不祥事が相次ぐ根本的原因、そして現代日本の政治・行政・司法の腐敗・堕落・横暴の根本的原因は、政治家・官僚の尊皇精神の希薄化にある。

 

 「国会は国権の最高機関」であり、「天皇の御地位」は、主権の存する国民の総意に基くのであるから、国民の代表者である衆参両院議員は最高権力者であり、天皇は、衆参両院議員よりも「下の地位」にあるといふことになる。そして、衆参両院議員及び衆参両院議員によって選出され信任されてゐる内閣は、天皇よりも「上」の存在だといふ悪逆思想が、意識するにせよしないにせよ、衆参両院議員に植えつけられる。国会議員に「国権の最高機関の一員であり主権の存する国民に選ばれた国会議員は最高権力者だ。天皇は象徴にすぎない」などといふ意識が生まれ、皇室尊崇の念を喪失する原因である。そして、政治家は「かしこみの心」を無くし好き勝手なことするのである。

 

 日本國民は古来、信仰共同体・祭祀國家日本の祭祀主であられる天皇を神聖なる御存在と仰いできた。これを現御神信仰という。そしてこの信仰は、日本伝統信仰の中核である。「神秘のベール」を取り除くということは、天皇の祭祀主としての神聖なる御本質を否定することになる。天皇の神聖性の保持と「開かれた皇室論」とは絶対的に矛盾する。

 

  天皇は本来「無私」の御存在であられる。そして日本国の神聖なる君主であられる。天皇及び皇室の「私の部分」を公開することなどする必要は毛筋の横幅ほどもないのである。具体的に言えば、天皇皇后両陛下・皇太子殿下の御所や皇族方の御殿などの建築計画そしてその規模や間取りなどを公開することは絶対にするべきではない。まして況や、皇室財産の公開などは以ての外であるし、皇室に対し奉り相続税を課するなどということは政府自らが天皇及び皇室の尊厳性を冒瀆する悪逆不逞行為である。

 

 皇室へのかしこみの心・尊皇精神・勤皇精神が希薄になればなるほど、日本國民の道義心・倫理感が希薄になる。なぜなら、天皇は、日本國民の道義感・倫理感の鏡であるからである。皇室への尊崇の念の希薄化と今日の日本國民の道義心の低下とは相関関係にあると考える。

 

  ともかく、政治家・官僚などの権力者(第四権力たるメディアも含む)が皇室へのかしこみの心・尊皇精神を喪失した時、日本國は崩壊の危機に瀕する。亡國勢力による天皇及び皇室の尊厳性の冒瀆とりわけ政治権力・政治家による皇室利用を根絶しなければならない。

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