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2013年11月12日 (火)

天皇の神聖性・尊厳性が冒瀆される時、日本國は崩壊の危機に瀕する

日本國存立の基礎は、神聖君主・天皇の御存在である。日本民族が天皇及び皇室を尊崇する精神を喪失し、天皇の神聖性・尊厳性が冒瀆される時、日本國は崩壊の危機に瀕する。皇室の危機はとりもなほさず國家の危機である。

 

大東亜戦争の敗北後、占領軍によって行はれたいはゆる「民主化」そしてその後続けられた左翼革命勢力による國家破壊策謀は、今日の日本の國を亡國への道を歩ましめてゐる。その最大のものが、「天皇の尊厳性の破壊」という策謀である。

 

日共をはじめとした國體破壊勢力は、戦前及び戦争直後あからさまに「天皇制打倒」を叫んだ。しかし、国民の支持は全く受けなかった。そこで、近年は天皇及び皇室への國民の篤い尊崇の心を破壊し、皇室の尊厳性・神聖性を失はしめるために極めて巧妙にして悪質なる「國體破壊策謀」を展開してゐる。

 

また、政府や国会も、天皇・皇室を軽視し政治的に利用したり、圧迫・干渉を加へたりしてゐる。その最大の例が、「皇室財産への課税」であり、「天皇・皇族外国訪問の政治利用」であり、「敵性国家指導者謁見」である。

 

「週刊文春」「週刊新潮」は、「皇室」に関して、書いてはならないこと、書くべきではないことを興味本位に書き連ねてゐる。何故か皇室の権威を貶める記事を時々載せる。かうした記事は、いかなる意図によって書かれるのであらうか。真に皇室のご安泰とご隆昌を願って書いてゐるのであらうか。私にはさうは思へない。やはり購読部数の増加を目的としてゐると思ふ。つまり営利のために、皇室についてあることないこと書き立ててゐるのだ。

 

文藝春秋社・新潮社は、わが国を代表する出版社である。この二社は全体として、その論調といふか、編集方針・出版方針は、わが国の出版社の中では、良識的であり、まともである。しかるに、皇室に関して読むに耐えない記事を週刊誌に掲載するのは本当に困ったことである。かういふ記事をお読みになった皇后陛下・皇太子妃殿下が、益々体調をおくずしになることを深く憂へる。ともかく、皇室を貶め、皇族を侮辱する記事の氾濫は許し難い。外敵による日本破壊と共に、内側からの國體破壊・国家破壊の動きを食い止めねばならい。

 

菅官房長官は、五輪誘致問題に関連して「開かれた皇室論」を肯定する発言をした。長い間メディアによってかまびすしく喧伝されてきた「開かれた皇室」といふ論議の行き着く果ては、天皇・皇室の神聖性・尊厳性の破壊であることは明白である。大原康男氏が指摘されている通り、「一体、何に対して、何を、どうのように開くのか」(『平成の天皇論』)といふことの明確な説明がなされないままに、「開かれた皇室であるべきだ」といふ論議が横行してきた。「開かれた皇室」論は國體破壊策謀である。

 

昔から、「九重の奥深く」といふ言葉があったやうに、天皇・皇室は、日本国民の憧れと尊崇の対象・いとやんごとなき神聖なるご存在として、日本国の中心におはします事が大切なのである。そのことによって天皇・皇室は国家国民の平和と安定と統一の源泉であられ続けて来たのである。これを破壊せんとするのが「開かれた皇室論」であると断言する。

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