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2013年10月29日 (火)

宮崎学氏の講演記録

九月九日に開催された『一水会フォーラム』における宮崎学氏(作家)の「戦争というプリズムから現代史を見る」と題する講演の内容は次の通り。

 

「二千二十年の東京オリンピックについて皆さんはどのように考えているか。前から私はオリンピック開催に反対。反対理由はシニカルな言い方をすると、所詮運動会の大きなものに何でこれだけ盛り上がるのか。人類の思想史に関係があるのか。精神的に盛り上がる必要はないのではないか。だから賛成できない。オリンピックの在り方も変容してきている。東京オリンピックはテレビメディアとワンセットになり、オリンピックの商業化が始まった。商売のためにテレビが『オリンピックは素晴らしい』と言っている。私は『商業主義はいい加減にしようよ』と思っている。

 

世界に新しい流れが出て来た。アメリカが行おうとしているシリア攻撃に私は反対。アメリカの言い分に迎合する世論が流されているように思う。世界秩序維持のためにはシリア攻撃は止むを得ないというのがアメリカの理屈。政府軍が化学兵器を使用したと言うが、アメリカにそれを懲罰する資格・権限はない。中近東の固定化された政治体制が倒れて行っている中でのシリア問題。アメリカの影響力の減退をシリア問題で巻き返そうとしていると見る。シリア問題は世界秩序の変化の中で起こっている。オバマ大統領は欧州のメディアで物笑いの種になっている。特にフランスで。『ノーベル平和賞をもらったオバマが戦争を始めると言っている』という報道である。ウイットがなければメディアの存在価値無し。

 

アフガンへの米軍派兵がアルカイダを作った。旧ソ連軍の侵攻に際しアフガンは戦った。これをアメリカが支援しイスラム原理主義をテコ入れした。シリアでは政府側にも反政府側にもイスラム原理主義がある。武装勢力をアメリカが手助けする形になる。紛争は収まらない。余計に激しくなる。アメリカの軍産複合体は消費が前提。オバマが戦争に乗り出している。ケネディのベトナム戦争と同じような状態。軍需産業は兵器を作り消費させる運命にある。その為に戦争がある。戦争は公共投資。

 

私は昭和二十年十月生まれ。六十八歳。生まれてから死ぬまで『戦後』。戦争についての実感はない。戦争を意識したのはベトナム戦争。ベトナム反戦世代と言われている。ベトナム戦争以降の戦争は報道される形が変化した。きれいな映像として報道される。ベトナム戦争報道への反省をアメリカはしている。アメリカの戦争行為について流されるメディアの報道は凄くコントロールされている。

 

戦争に参加するとはどういうことか。私は、軍隊経験は実感として分からない。ドイツに対してやったフランスのレジスタンスのような参加かなあと思った。イタリアもフランスも共産党の影響下にあった。それはアメリカの対するレジスタンスであり、ソ連に対するレジスタンスも含むものがあると思った。自分が容認できる戦争とは、レジスタンス・国民抵抗運動しか考えられない。

 

戦争とは人間にとってどんなものだったのか、どんな影響を戦後史に与えたのか。人間はある意味で愚かな存在。人類の文化文明は戦争と共に進歩して来た。インターネットも戦争のために誕生した。人類はテクノロジーの面で戦争によって受けた恩恵がある。精神面での影響は武士道と呼ばれるものであろう。武士道とは武士という中近世の支配階級の暴力装置の組織論。忠誠心を表したものが武士道。武士道と任侠道とはどう違うのか。組織への忠誠のためにどう死んで行くのかが武士道。生きるために戦わざるを得ないというのが任侠道。文化文明は戦争に勝つため敵より優れたものを持つために開発されたもの。戦前は軍部による戦争だった。戦後は国力の総力戦。民衆の支持がポイント。国民の熱狂的支持のない状況で戦争に行く兵隊ほど情けないものは無い。現代の戦争においては国民世論の在り方が問題になる。そこで新しい文化が生まれてくる。

 

日本国民が自衛隊のやることに冷淡なのは憲法の問題がある。『安倍政権の憲法改正案は中華人民共和国憲法と瓜二つ』という意見が腑に落ちた。国家権力をどこまで疑う事が出来るか限界を示したものと言われる。国家権力が暴走しやすい憲法は中華人民共和国憲法。国民への規制がいっぱい書いてある。個人の権利と国家の権力のバランスで、国家が優先する。憲法はその国の成熟度を表す。僕は中國憲法に類似した憲法改正を目指した安倍政権の改憲案に反対。

 

南京事件に関して内モンゴルの友人は言う。『中国が内モンゴルでやったことを知っている人は、中国の言っていることを認めない。犠牲者の数は南京事件の比ではない。しかし、内モンゴルに帰ればそんなことは言えないだろう』と。中華人民共和国憲法下で起こった中国の過ちを見れば、安倍政権の改正案に反対。国旗国歌への愛着は法制化した方がいいのか。法律で定めたら法律で否定できる。中華人民共和国憲法の辿りつく先は尖閣問題。中国政権が暴走し、国内の不満をそらすために軍事的冒険に出る。その憲法と類似する国家像を志向する安倍政権の改憲案に対して。右の方からもう少しちゃんとした議論をしてもらいたい」。

 

千駄木庵主人曰く。「日本の武士道・もののふの道は、中近世に発生したのではない。神代よりの伝統を継承してゐる。須佐之男命・日本武尊を起源として、防人たちによって継承されてきた。その根本的精神は、「大君の辺にこそ死なめかへりみはせじ」である。決して「中近世の支配階級の暴力装置の組織論」ではない。また、早速「中華人民共和国憲法」を読んでみたが、自民党改憲試案と共産支那の憲法のどこが似ているのかよく分からない。共産支那の憲法はその「前文」に「マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論および“3つの代表”の重要思想に導かれ、人民民主主義独裁を堅持し、社会主義の道を堅持」と書かれている。自民党改憲試案とは似ても似つかぬ代物である。

 

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