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2013年10月13日 (日)

故三潴信吾先生の法治主義・不文法に関する講義

故三潴信吾先生(高崎経済大學名誉教授)が生前、「わが國の統治機構論における不文法の意義」と題する講義で、次のようなことを語られた。大変重要な論であると思うので、紹介します。

 

「裁判所を法廷というのは、宮廷の中に裁判所があったからである。不文法とは、天地の公道、人倫の常経、善良の風俗、公の秩序、信義誠實の原則、公共の福祉である。不文法は成文法以上に大事。明治になって成文法のみが土台という考えが圧倒的な力を持った。そして、法文の語義と形式論的解釈が取り入れられた。

 

法治主義とは法で正義を守ることであり法の条文そのものを形式的に守ることではない。法の条文を形式的に守るという法秩序では、裁判のためにどんどん正義が葬られる。法律が認めないがきりどんな良いことでもしてはいけないという事になってしまう。

 

公共の福祉という言葉が多数決原理に解釈されているのは誤り。公共の福祉を多数決原理に解釈すると集団暴力になる。多数決原理がデモクラシーの基礎というのも誤り。National tradition(自國の伝統)こそがデモクラシー・立憲政體の基礎。

 

不文法の源は、価値根源の世界・生命自覚の大本。アテネではイデア、日本では高天原。『正義』を『Right()』というのは、力の強い方が正義だとする権力主義のローマ法思想に基づく。ゲルマン古来の法思想は『ミレーの晩鐘』に象徴される。『ゲルマンに帰れ』というのが本来の社會主義。マルクスの唯物史観・階級闘争思想ではない。

 

National tradition(自國の伝統)が不文法の基であることを肝に銘ずべし。それが國の品格を決定する。不文法主義は性善説に立つ。信を本とする。ローマ法の権力主義を受け継いだドイツ法の成文法主義は性悪説。萬人の萬人に対する戦いという考え方が現代法の基礎。これを東大法學部が教えている。他人を信用しない。法で正義を守るのではなく法を守ることが正義という法治主義となっている。

 

アメリカは成文法主義でなければ國家の法秩序が保てない。日本がアメリカナイズされると、天皇や國家民族の伝統よりも成文法が上だということになる。日本は天皇國であり皇國である。これをしっかりわきまえないと大変な間違いを犯す。『宮中』・『府中』の別が非常に重要。天皇の祭祀大権・教學大権が一番大事。

 

婦人という言葉は一人前の女性のこと。婦人高校生・婦人學生とは言わない。差別がいけないと言うのなら、人間と動物とを差別しないために、人間もオス・メスと言えばいい」。

 

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