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2013年9月21日 (土)

三島由紀夫氏は、偉大なる預言者であった

會田雄次氏は、「預言者とは、民族・共同体の危機を普通の人々よりもはるかに早く直感する人である。他人に見えないものが見え、聞こえないものが聞こえる人である。」(預言者サヴォナローラとその運命)と言った。

昭和四十五年十一月二十五日の市ヶ谷台上の義挙の際の『檄文』には「見た」といふ言葉が繰り返されてゐる。三島氏の「見た」とは単に視覚的な意味ではない。死を覚悟した目で普通の人には見ることのできないものを見たといふことである。

「戰後の日本が、經濟的繁榮にうつつを抜かし、本を正さずして末に走り、その場しのぎと僞善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。…敗戰の汚辱は拂拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と傳統を瀆してゆくのを、歯噛みをしながら見てゐなければならなかった。…自衛隊は違憲であることは明白であり、國の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釋によってごまかされ、軍の名を用ひない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頽廢の根本原因をなして來るのを見た。」

普通人が見ることのできなかったことを見た三島由紀夫氏は、偉大なる預言者であり、『檄文』は預言の書であった。死を覚悟した人ほど鋭い洞察力を発揮できるやうになり、世の中がよく見えるやうになる。これを「末期の目」と言ふ。逆にいへば、世の中が見えるやうになったから死を覚悟するともいへる。死を覚悟した人でなければ見ることのできないものを、三島氏は見続けてゐたのである。

さらに三島氏は自決直前の文章で、「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら『日本』はなくなってしまふのではないかといふ感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代はりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、抜け目がない、或る經濟的大國が極東の一角に殘るのであらう。」(私の中の二十五年・昭和四十五年七月七日発表)と述べてをられる。

これも會田氏のいふ「民族・共同体の危機を普通の人々よりもはるかに早く直感」した文章であり、三島氏の自決以来三十三年を経過した今日の日本を預言してゐる文章である。今日の日本は昭和四十五年当時よりもさらにひどい偽善の世となり、ますます欺瞞的な戰後民主主義・平和主義がはびこり、病状は瀕死の状態となってゐる。

そして、経済大國の地位すら危うくなり、國民は疲弊している。日本は抜け目なく生きることすらできなくなっている。 つまり、歴史と傳統の國日本だけでなく、経済大國・偽善の國日本すら消えてなくなってしまうかもしれないのだ。偽善の國日本は消えてなくなるのはともかく、天皇国日本は絶対に護りぬかねばならない。

私たちは、三島氏がのこされた言葉と行動を今一度深く学び、歴史と傳統の國日本の再生のために戰後及び現代の偽善と戰はねばならないと思ふ。

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