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2013年9月 9日 (月)

『百人一首』について

最近、藤原定家が編纂した『百人一首』について勉強してゐます。藤原定家は、王朝時代の古典の「美」を後世に伝へる重要な役目を果たしたまし。「美」を後世に伝へるとは、常にそして永遠に新しい生命の維持せしめ再生せしめるといふことです。

 

『百人一首』がわが国和歌文学史上重大な意義を持つのは、特に和歌を学ぶ人だけではなく、一般庶民に自然に和歌を親しい存在にしたことであります。

 

濱口博章氏は次のやうに論じてゐるます。卓見であると思ひます。「現在、わが国の古典文学といえば、誰しも『萬葉集』『源氏物語』などの作品を思い浮かべるであろうが、高等教育の普及した当節でも、これを原文で読み味わうことは困難で、況や江戸時代の庶民となれば、思い半ばに過ぎるであろう」「契沖や真淵のようなすぐれた研究者が輩出しようとも『萬葉集』は一般人にとって縁なき存在で……これに引き換え、百人一首は全く大衆のものであった。目に一丁字のない庶民ですら、百人一首の二つや三つはそらんじていたであろう」「『古典』とは、人々によく知られ、後人の典型となるべき価値の定まったものと定義するならば、百人一首こそ『国民の古典』の名に恥じないもので、まさに『庶民の文学』というべきであろう」「百人一首は『かるた』によって一般大衆の間に流布していった。その結果、和歌に対する理解を深め、人々に培われて情操教育の材料となり、長く『美の心』を養って来たのである。これは他のいかなる文学作品にも見られない大きな特徴で、百人一首こそ真に『古典』と呼ぶにふさわしいものであろう」(『江戸庶民にとっての百人一首』)

 

和歌は、時間的には古代人から現代人までの「こころ」、そして空間的には上御一人から庶民までの「こころ」を一つに結ぶ働きがある。和歌が、天皇の国家統治と一体であるといふ意義はまさにそこにある。

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