« 千駄木庵日乗九月三日 | トップページ | 千駄木庵日乗九月四日 »

2013年9月 4日 (水)

影山正治先生の歌

影山正治先生の天皇信仰・天皇仰慕の心そして恋闕の思ひが歌はれてゐる歌は多いが、小生が感銘を深くした歌は次の歌である。

 

 

 

わがいのち 貧しくあれど 大君に つながるいのちと 尊み生きむ  (『みたみわれ』)

 

 

 

みたみわれ おのれ恐(かしこ)む わが内に 天津日嗣は神づまります (『みたみわれ』)

 

 

 

みたみわれ おのれ死ぬとも とこしへに いのちは生くる わが大君に (『みたみわれ』)

 

 

 

すべて絶対の國體信仰・君民一體の赤誠心を歌った歌である。天皇・國民・國土は伊邪那岐命・伊邪那美命の御命につながり生命的に一體である。ゆへにこそ民草一人一人の命は尊いのである。天照大神の霊統は、民草一人一人の命の中にも継承されてゐるのである。

 

 

 

「わが内に天津日嗣は神づまります」といふ表現は不敬であると論評した学者がゐたと聞くが、小生はさうは思はない。これは君民一體の赤誠心の信仰的表白である。

 

 

 

影山先生の「天皇信仰」は、「天皇は神なり。生きたまふ神なり。萬世一系にして天壌無窮。大中至正にして無上絶對。萬物の大本。萬法の根源なり。天皇は今にます 天之御中主神、今にます 天照大神なり。 天皇ましまして萬有あり。 天皇を離れて萬物なし。 天皇によりて乾坤位し。天皇によりて人類存す。」(『維新の誓願』・「維新者の信條」所収) といふ文章に明示されてゐる。

 

 

 

天皇の大御命は萬物萬生のうちに生きたまふといふ現御神日本天皇への絶対の信・君民一體の信仰を、影山先生は窮極的に「わが内に天津日嗣は神づまります」と表現されたのだと思ふ。

 

 

 

ただしそれは排他的にして他の一切の神も権威も認めない誤れる一神教思想ではない。また、天皇を絶対無謬の超越神として拝するのでもない。天皇への血と涙の通った仰慕の心である。「恋闕」である。

 

 

 日の本の 道や衰らふ 日々にして 衰らふ見つゝ なげかふわれは (『みたみわれ』)

 

うつしみは よしや萬里を へだつとも ただにし通ふ 一すぢの道  (『みたみわれ』)

 

無藝無才 ただ一道に つながりて ただ一道を ただにゆくのみ  (『日本と共に』)

 

幾山の 荒坂道を 越えてきて 髪白き今 なほ越えむとす  (『續日本と共に』)

 

湊川 城山のみち 日本の ますら夫の道 清くかなしも  (『續日本と共に』

 

これはみな「道」についての先生の深い思ひを表白せられた歌である。影山正治先生の道について詠まれた歌に感銘したものが多いことはいふまでもないが、その中でも暗誦してゐる歌は「日の本の道や衰らふ日々にして」「うつしみはよしや萬里をへだつとも」である。何とも清々しいしらべであると共に、「道」に対する影山先生のひたすらな思ひが胸に響いてくる。

 

「道」とは、いふまでもなく日本の道統であり・神ながらの道である。そしてそれは自らが命をかけて歩む維新の道であり、日本回帰への道である。まさに楠正成の歩んだ「湊川への道」であり西郷隆盛が歩んだ「城山への道」である。

 

影山先生も、昭和の維新者としてそのひとすぢの道を歩み続けられた。そして窮極において日本回帰すなはち維新を祈り、次の辞世を遺して自決されたのである。

 

民族の 本ついのちの ふるさとに はやはやかへれ 戦後日本よ

 

しかし今日にいたるも、「戦後日本」は未だ終らず、「民族の本ついのち」は益々覆い晦まされてゐる。影山先生をはじめ幾多の先人・烈士の御霊は今もこの日本を深く悲しみ歎いてをられるであらう。その深い悲しみと歎きの心が「やたけ心」となり維新回天の時を迎へることを信じて疑はない。影山先生は次のやうに歌はれてゐる。

 

大いなる 悲願に生きむ 國の子の そのかなしみゆ 國あらたまる (『みたみわれ』)

 

|

« 千駄木庵日乗九月三日 | トップページ | 千駄木庵日乗九月四日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/58123721

この記事へのトラックバック一覧です: 影山正治先生の歌:

« 千駄木庵日乗九月三日 | トップページ | 千駄木庵日乗九月四日 »