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2013年8月22日 (木)

和歌・やまとうたの起源について

和歌(やまとうた)は、日本の最も純粋にして最も固有な文藝である。「和歌」は、「漢詩(からうた)」に対して用いられた言葉である。「やまとうた」といふ言葉を意識的に用い出した人は、紀貫之といはれてゐる。

 

紀貫之は、平安前期の歌人、歌学者。三十六歌仙の一人。仮名文日記文学の先駆とされる『土佐日記』の作者である。加賀介、土佐守などを歴任。醍醐天皇の勅命で『古今和歌集』撰進の中心となり、「仮名序」を執筆した人。

 

「やまとうた」は、「まつりごと」から発生した。日本では太古から、天地自然の中に生きてをられる天地の神に、五穀の豊饒や民の幸福を祈るまつりごとが行はれてゐる。その「まつりごと」において祭り主が神憑りの状態で「となへごと」がを発した。神憑りの状態から発せられた「となへごと」が度々繰り返された結果、一定の形をとるやうになったのが「やまとうた」(和歌)の起源である。祭祀における「となへごと」は、「やまとうた」のみならずわが國の文藝全体の起源である。

 

祭祀における「となへごと」は、「七・五調」あるいは「五・七調」に自然に整へられたといへる。これは「七・五調」あるいは「五・七調」といふ調べに、日本人の魂をゆさぶる何ものかがあるといふことである。そして和歌が「五・七・五・七・七」といふ短歌形式になっていったのであらう。

 

『うた』の語源は、神様に何事かを「訴へる」といふところから来てゐる。神に自分の心・神への願ひ事を訴へることが歌の起源である。

 

高崎正秀氏は、「歌は空(ウツ)・現(ウツツ)・うつろ・うつけなどと同義で、神憑りの夢幻的な半狂乱の恍惚状態を指すことから出た語であり、同時にまた、裏・占・心(ウラ)訴(ウタ)ふなどとも同系語で、心の中の欲求を神に愁訴するものであった。」(『伊勢物語の意義』)と論じてをられる。

 

わが國の文藝の起源は神への祭祀における舞ひ踊りと共に歌はれた「歌」であることは、出土してきてゐる土偶によって分かるといふ。

 

ことばを大切にしことばに不可思議にして靈的な力があると信じたがゆへに「言霊のさきはふ國」といはれるわが國においては、歌は何よりも大切な神への捧げものとされたのである。それが祝詞となったのである。祝詞も声調・調べが整ってゐる。

 

日本の古代信仰のみならずあらゆる宗教において神や仏に対して祈りを捧げたり経典を読誦したり、特定の言葉を唱へることが基本的行事である。すべて言葉を唱へる行事である。祈りとは、経典や聖書、祈りの言葉そして題目や念仏も同じである。

 

歌をはじめとした日本文藝の起源は、神への訴へかけである。神に対してだけでなく、恋人や親や死者など他者に対する何事かを訴へかけが、日本文藝の起源なのである。他者に対して何事かを訴へるものが「歌」であり、何事かを語りかけるものが「物語」である。

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