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2013年8月 4日 (日)

『特別展・和洋の書』を参観して思う

今日参観した『特別展・和洋の書』は「わが国の書の歴史は、漢字の伝来以来、中国の書法の影響を受けて発展しつつ、遣唐使廃止の頃になると国風文化が広まり、筆致に柔らかみが加わります。平安時代中期には、小野道風(おののとうふう)・藤原佐理(ふじわらのさり)・藤原行成(ふじわらのこうぜい)の三跡(さんせき)と呼ばれる能書(のうしょ)が登場し、繊細、典雅な『和様(わよう)の書』が完成します。併行して、万葉仮名(まんようがな)、草仮名(そうがな)を経て女手(おんなで、平仮名)が成立し、『高野切(こうやぎれ)』に代表される日本独自の仮名の美が生まれました。


以後、日本の書は、仮名と漢字が融合した和様の書を中心に展開します。なかでも藤原行成の子孫は、宮廷の書役(かきやく)を長く勤め、その書はのちに世尊寺流(せそんじりゅう)と称され、書道史上に重要な位置を占めました。室町時代は多くの書流が型を踏襲した没個性の書となりますが、江戸時代に入り、本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)、近衞信尹(このえのぶただ)など上代様(じょうだいよう)を展開させたダイナミックな書が生まれ、以降は「御家流(おいえりゅう)」とよばれる実用の書が一般に普及します。この展覧会は、こうした和様の書の魅力とともに、宮廷文学や料紙(りょうし)工芸など、書に関わる多様な日本文化に触れていただく機会となります」(案内書)との趣旨で開催された。

 

「国宝 御堂関白記 寛弘四年下巻 藤原道長筆 平安時代・寛弘4(1007)」「国宝 初音蒔絵調度のうち眉作箱(はつねまきえちょうどのうちまゆつくりばこ) 幸阿弥長重作

 江戸時代・寛永16(1639)」「重要文化財 寸松庵色紙(すんしょうあんしきし)あきはきの 伝紀貫之筆」「国宝 手鑑 翰墨城(てかがみ かんぼくじょう) 奈良~室町時代・816世紀」「重要文化財 和漢朗詠集(関戸本)(わかんろうえいしゅう (せきどぼん)) 源兼行筆」「四季草花下絵和歌巻(しきそうかしたえわかかん) 本阿弥光悦筆 江戸時代・17世紀」などを参観。このほか、後陽成天皇の御直筆、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、近衛家凞などの書を参観した。国宝・重要文化財・重要美術品が数多く展示されていた。重厚な美術展であった。

 

人類は文字を書くが、文字が美術として鑑賞の対象になるのは漢字圏だけであろう。アルファベットなどの表音文字が芸術品として鑑賞されることはない。しかも、支那は漢字のみだ。ところがわが国は、表意文字である漢字を使うだけでなく、表音文字として平仮名・片仮名を作り出した。そして仮名文字がまことに美しい芸術になっている。韓国で書かれているハングル文字には芸術的価値があるとは思えない。

 

ともかく、わが国で書かれる文字即ち漢字と仮名文字は、実に美しい芸術なのである。これは世界に誇るべき事だ。世界の中で、日本及び日本人の文化は極めて高度である。即ちわが国は民度が高いのである。

 

わが国は、外国から受容した文化・思想・芸術・宗教を洗練させより高度なものとしてきた国である。今日の美術展でその事をことをあらためて実感した。私はこういう美術展などを参観する度に、日本という国は、世界で最も優れた国であり、美しい国であり、文化的・芸術的に高度で洗練された国であることを実感する。

 

小生は、二松学舎大学で書道専攻コースを履修したが、最近はすっかり毛筆を使わなくなってしまった。残念である。今日も、書道を学んでおられる方々が多く参観しておられた。

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