« 千駄木庵日乗八月九日 | トップページ | 千駄木庵日乗八月十日 »

2013年8月 9日 (金)

『週刊新潮』『週刊文春』の皇室記事について

数ある週刊誌の中で、小生は「週刊新潮」は必ず毎週購入する。その次が「文春」である。それだけ読み応へのある記事が多いと思ふ。

 

しかし、この二つの週刊誌は、「皇室」に関して、書いてはならないこと、書くべきではないことを興味本位に書き連ねてゐる。何故か皇室の権威を貶める記事を載せる。かうした記事は、いかなる意図によって書かれるのであらうか。真に皇室のご安泰とご隆昌を願って書いてゐるのであらうか。私にはさうは思へない。やはり売上の増加を目的としてゐると思ふ。つまり営利のために、皇室についてあることないこと書き立ててゐるのだ。

 

文藝春秋社・新潮社は、わが国を代表する出版社である。この二社は全体として、その論調といふか、編集方針・出版方針は、わが国の出版社の中では、良識的であり、まともである。しかるに、皇室に関して読むに耐えない記事を週刊誌に掲載するのは何故なのか。かういふ記事をお読みになった皇后陛下・皇太子妃殿下が、益々体調をおくずしになることを深く憂へる。

 

ともかく、皇室を貶め、皇族を侮辱する記事の氾濫は許し難い。外敵による日本破壊と共に、内側からの國體破壊・国家破壊の動きを食い止めねばならい。

 

また、長い間メディアによってかまびすしく喧伝されてきた「開かれた皇室」といふ論議の行き着く果ては、天皇・皇室の神聖性・尊厳性の破壊であることは明白である。大原康男氏が指摘されている通り、「一体、何に対して、何を、どうのように開くのか」(『平成の天皇論』)といふことの明確な説明がなされないままに、「開かれた皇室であるべきだ」といふ論議が横行してきた。「開かれた皇室」論は國體破壊策謀である。

 

昔から、「九重の奥深く」といふ言葉があったやうに、天皇・皇室は、日本国民の憧れと尊崇の対象・いとやんごとなき神聖なるご存在として、日本国の中心におはします事が大切なのである。そのことによって天皇・皇室は国家国民の平和と安定と統一の源泉であられ続けて来たのである。これを破壊せんとするのが「開かれた皇室論」であると断言する。

 

わが国の歴史において、今日とは比較にならないくらい國體の危機があった。しかし、わが国はその危機を乗り越えてきた。皇位不滅・皇統連綿は絶対に動かし難い歴史である。

 

さらにいへば、最近、皇位継承に関する本の書名に「皇統断絶」「皇室消滅」「皇室廃絶」などといふ言葉が平気で使はれてゐる。真に尊皇精神があり、皇統連綿・國體護持を祈る人であるならば、そして「ことば」の大切さ、「言霊」の神秘の自覚してゐれば、このやうな書名をつけることはできないはずである。

|

« 千駄木庵日乗八月九日 | トップページ | 千駄木庵日乗八月十日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/57960027

この記事へのトラックバック一覧です: 『週刊新潮』『週刊文春』の皇室記事について:

« 千駄木庵日乗八月九日 | トップページ | 千駄木庵日乗八月十日 »