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2013年8月 3日 (土)

わが國の外来文化包容の基盤は太古以来の祭祀

日本は、外来文化文明を包容摂取して自国を発展させてきた。島国であったため、外国の軍事侵攻を受けることが少なかった。しかし、大陸から隔絶した絶海の孤島ではなかったので、大陸文化文明とまったく接触できないといふことはなかった。

 

日本民族は決して排他独善的な民族ではない。「島国根性」などといふのは嘘である。島であるからこそ海に開かれた國なのである。古代日本は、海を越えて大陸や朝鮮半島から文化・文明を輸入し包摂してきた。そしてその包摂の中心は天皇・皇室であった。

 

日本は外国と海を隔ててゐたことによって、外来文化・文明を丁度良い具合に取捨選択することができた。

 

大東亜戦争後のアメリカ文化の流入は別として、わが国は外国からの軍事侵略によって無理矢理外来文化文明を押し付けられたことはない。

 

「外来文化・文明を除けば日本にはなにも残らない」と言ふ人がゐるが誤りである。「天地自然と祖靈を神と仰ぐ天皇を祭り主とする信仰共同体」といふ強靭な基盤があったからこそ、儒教・佛教が、日本人の生活に深く染み入り、日本民族の精神的血肉とはなっても、外来思想・外来宗教といふ性格を失ふことはなかった。

 

中村元氏は、「人類の歴史を見るに、文化程度の低い民族がかならずしも程度の高い文化を全面的に受容するとはかぎらない。異質的な文化の受容が行われるためには、すでに当該民族のうちに受容を可能ならしめるに足る基盤が用意されていなければならない。」(『日本人の思惟方法』)と論じてゐる。

 

わが國の外来文化・文明包容摂取の基盤・中核精神=日本の独自性は、太古以来の日本人の信仰生活であり祭祀である。

つまり天地自然は日本人にとって敵ではなく友であったことが、日本人の精神的基盤である「清らけき明らけき心」「素直な心」「無私の精神」を生んだのである。

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