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2013年8月31日 (土)

日本國體は、西洋の契約思想や人間不信を基盤とした西洋近代の成文法とは基本的に相容れない

現代日本の混迷の原因は色々あるが、その大きなものに「国家の統治体制の基礎を定める法・国家の根本法」と定義されている憲法が大きな欠陥を持っているところにある。

 

しかし、憲法を改正すれば良い、新しい憲法を制定すれば良いということではない。現行憲法の最大の欠陥が何であるかを正しく認識し、それを正さねばならない。現行憲法の欠陥はその原理にある。これを根本的に改めないで各条項だけを改めるというのでは真の憲法改正・自主憲法制定にはならない。

 

現行憲法は、占領軍の押し付けである。そしてそれは、ただ単に、制定過程が占領軍の強圧によるものというだけではなく、現行憲法の基本理念が占領軍の押し付けだということである。

 

葦津珍彦氏は、「ジェファーソンの独立宣言には…世界の一切すべてが唯一の神(造物主)の法によって支配されることを絶対の真理と信ずる立場に立って宣言されてをり…米国人は、『神に造られた人間』としての市民が、社会契約によって政府を設け、また政府を廃棄する権力を有する主権者であるとする。しかして、神に造られた人間は、すべて平等に造られた、との信条を基礎としてゐる。」「ジェファーソンの独立宣言には『我らは以下の諸事実を自明なものと見なす.すべての人間は平等につくられている.創造主によって,生存,自由そして幸福の追求を含むある侵すべからざる権利を与えられている.これらの権利を確実なものとするために,人は政府という機関をもつ.その正当な権力は被統治者の同意に基づいている.』『この宣言を支えるため,神の摂理への堅い信頼とともに,我らは相互にその生命,財産,そして神聖なる名誉を捧げあうことを約するものである』とある。」「米国は、社会契約的国民主権説を立てるのに、最も絶好な宗教的温床と歴史条件を有する國だった。それが今では破綻に瀕してゐる。キリスト教清教徒の文化温床がおとろへ、建国当時とは歴史的社会条件も異なってきたからである。その米国においてすら、適用しがたくなった憲法思想を、「人類普遍の原理」として諸外国に強制移出したのが、第二次大戦後の米国の世界政策であった。…日本では、全力を投入してゐるもののその立ち枯れの時は、決して遠くはあるまい。それは歴史的に特定の時期に、特定の國で成立した憲法を、時と所との条件を全く異なる文化温床の上に「人類普遍の原理」として強制移出した無理が破綻する、といふことなのである。」(葦津珍彦『天皇・神道・憲法』)と論じている。

 

しかし日本国憲法には神への信仰はない。ただ自然人としての人間・個としての人間の尊重のみが記されてゐる。その結果が道義頽廃の現下の日本である。憲法が立ち枯れするのはともかく日本国が立ち枯れする危険がある。ではどうするのかが問題。反王権をコモンセンス(常識)とする米国流の「国民主権論」を憲法から除くべきである。また、人権思想も国民としての民権すなわち天皇の民としての道義精神と一体のものとしての権利思想を明記すべきである。

 

憲法を論じるにあたって最も重要な前提は、西洋成文憲法は「権力に対する制限規範」ということである。イングランド最悪の王と言われるジョン王と諸侯との間で結ばれた『マグナ・カルタ』(大憲章)が西洋成文憲法の起源であり、『国王も法の下にある』といふ原則=『法は王権に優越する』といふ法治主義を確立した、とされる。「権力は放っておくと濫用されるので、為政者の手を縛る必要がある。その為に成文憲法が必要とする」という考え方である。これが西洋成文憲法の根底にある思想である。

 

しかし、日本天皇の国家統治の本質は、権力・武力による国家・国民支配ではない。天皇の祭祀主としての神聖なる権威による統治(すべおさめる。しろしめす。きこしめす)である。むしろ、天皇の神聖なる権威が権力者・為政者の権力濫用を抑制するのである。それがわが国の建国以来の國體であり歴史である。また、天皇の「仰せごと・みことのりが」わが國における最高の法である。天皇が成文法の下にあるなどといふ事は絶対にあり得ない。また、わが國の最高の成文憲法は、「天壌無窮の御神勅」である。

日本国は信仰共同体であり国民が契約を結んで人工的に作った国ではない。そして祭祀主である天皇は国民と対立してこれを力によって支配する御存在ではない。これが日本肇国以来の国柄であり國體である。

 

近代日本の成文憲法即ち『大日本帝国憲法』は肇国以来の日本の国柄即ち日本國體を成文化したものである。西洋憲法思想では、憲法は権力に対する制限規範であるされ、権力は放っておくと濫用されるので為政者の手を縛る必要から成文憲法が必要であるとされる。このような性格を持つ成文憲法に、神話時代に発生したといふ悠久の歴史を有する日本国体を規定すること自体不自然なことなのである。

 

つまり、日本の歴史と傳統そして日本國體は、西洋の契約思想や人間不信を基盤とした西洋近代の成文法とは基本的に相容れないのである。

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