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2013年7月 9日 (火)

『現行占領憲法』最大の欠陥

『現行占領憲法』最大の欠陥は、第一章「天皇条項」に、天皇の最も大切なご使命である「祭祀」について何も書かれてゐないことである。つまり、日本國體の根幹たる「天皇の祭祀」を全く無視してゐるのである。

 

三島由紀夫氏は、「歴史、傳統、文化の連續性と、國の永遠性を祈念し保障する象徴行爲である祭祀が、なほ天皇の最も重要な仕事であり、存在理由であるのに、國事行爲としての『儀式』は、神道の祭祀を意味せぬものと解され、祭祀は天皇家の個人的行事になり、國と切り離されてゐる。しかし天皇が『神聖性』と完全に手を切った世俗的君主であるならば、いかにして『象徴』になりえよう。『象徴』が現時點における日本國民および日本國のみにかかはり、日本の時間的連續性と關はりがないならば、大統領で十分であって、大統領とは世襲の一點において異なり、世俗的君主とは祭祀の一點において異なる天皇は、まさにその時間的連續性の象徴、祖先崇拝の象徴たることにおいて、『象徴』たる特色を擔ってゐるのである」(『問題提起(日本國憲法))と論じてゐる。

 

天皇が日本国及び日本国民を統合される御存在であるのは、天皇が歴史的伝統性・時間的連続性を継承され体現される御存在であるからである。そしてその中核的行事が「天皇の祭祀」なのである。今生きている「国民の総意」に基づくのではないことはあまりにも明らかである。

 

 現御神日本天皇の日本國統治は、西洋の「王権神授説」や支那の「天命説」とは全く異なる。神や天から王者としての権力を与へられるのではない。天皇御自ら祭祀を執行せられ、神と合一され、地上における神の御顕現即ち現御神となられるのである。「祭る人」から「祭られる神」になられるのである。

 

 ゆへに天皇は常に無私の心で統治されるのである。無私の心とは神の御心のままといふことである。さらに御歴代の天皇の踏み行はれた道を継承されることを心がけられるのである。そのことがそのまま國民にその所を得さしめる事即ち国民の幸福実現となるのである。

 

 天皇の国家統治とは権力・武力を以て民を屈従せしめ私物化することではないのである。日本天皇の無私の精神および神聖なる権威はかかる御精神から発生するのである。

 

 『現行占領憲法』は日本國の基本的性格と全く異なる理念で作られている憲法であり、日本の國體・文化・伝統を全く否定し無視してゐる憲法である。

 

 

 祭祀国家日本の祭り主である日本天皇は、常に国民の幸福を祈る祭り主であらせられるから、国民と相対立する存在ではないし、日本天皇は国民を力によって支配し隷従せしめる存在ではない。

 

 国民と共に神に祈り、神を祭り、神の意志を国民に示し、また国民の意志を神に申し上げ、国民の幸福の実現を最高の使命とされるお方が天皇であらせられる。つまり君主と民は「和」「共同」の関係にあるのであり、対立関係ではない。こうした天皇中心の日本の国柄を「君民一体の日本國體」というのである。

 

 

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