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2013年7月30日 (火)

三井甲之氏の歌

昨日論じた寺山修司氏の

 

「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖國はありや」

 

という歌と対極にある歌が三井甲之氏の

 

「ますらをの かなしきいのち つみかさね つみかさまもる やまとしまねを」

 

 であると論じた人がいる。どなたであったか今は思い出せない。

 

 多くの先人たちは、祖國日本は永遠のものと信じ、祖國のために貴い生命が捧げられたのである。また、そういう祖國に身を捧げる人々がおられたからこそ祖國は永遠なのである。尊いのである。三井甲之氏はそのことを歌っているのだと思う。

 

この歌は、昭和二年に詠まれた歌であり、戦時下で戦争を謳歌した歌ではない。長い祖國の歴史の中で祖國に身を捧げたますらをたちの悲しみに作者自身が一体化せんとしている歌である。

 

 小生は學生時代、何かの會合で、神道學者の中西旭先生がしみじみとこの歌を詠じられたのを聞き、非常に感激した。

 

 三井甲之氏は、明治十六年(一八八三)、山梨県甲府に生まれた。昭和二十八年(一九五三)に亡くなった。一高を経て東大國文科を卒業。昭和三年(一九二八)、『シキシマノミチ會』を結成した。山梨県中巨摩郡敷島町長塚に住居があった。

 

 三井甲之氏は、伊藤左千夫門下であり、斎藤茂吉と同時代の人である。茂吉とはお互いに強く意識し合った仲であったという。しかし、今日、三井甲之氏のことはあまり高く評価されていない。というよりも無視されている。小生の持っている近代短歌に関する書籍(歌集・研究書・短歌辞典)にも殆ど取り上げられていない。

 

 小生は先年、畏友・森田忠明氏のご案内で、山梨県中巨摩郡竜王町篠崎の山県神社に参拝して、境内に建立されている三井甲之氏の歌碑を仰いだ。

 

現実に祖國が存在し、そこに親兄弟同胞が生き、美しい自然があり、麗しい伝統がいきづいている以上、護る決意を持つのがその國に生きる人間の自然の感情ではないだろうか。かかる自然な感情まで否定したらそれこそ祖國は無くなってしまうと思う。

 

『國體護持』『靖國神社國家護持』は國民の大きな使命であり責任である。しかし、ここで大切なことは、我々國民が國體を護持して来たから日本國があるのではなく、天皇がおわしましたからこそ日本國があるということである。

 

日本國はご歴代の天皇陛下によって護られてきたのである。ご歴代の天皇が、國の平安・國民の幸福を神に祈られ、國の平安と國民の幸福のために無私のご精神で君主としてのおつとめを果たされてきたからこそ、日本國および日本國民の今日があるのである。また、靖國神社に祭られている護國の英靈によって、日本國および日本國民が護られてきたのである。

 

「國體護持」「靖國神社國家護持」とはあくまでも感謝と報恩の國民の務めとしてそれを果たすということであると思う。

 

そういう意味でも、権力機関や政治家が「皇室典範」を改定したり、権力機関や政治家が靖國神社の護國の英靈祭祀に介入して「A級戦犯の靈を分祀しろ」などと主張する事は大いなる誤りであるばかりでなく、國體破壊であり、英靈への冒瀆である。

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