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2013年7月18日 (木)

わが國の傳統的死生観

夏は慰霊の行事が多い。日本人にとって「死」とは虚無の世界への消滅ではない。生の世界と死の世界は絶対的に隔絶してゐない。人が死んでも、その魂をこの世に呼び戻すことができると信じてゐる。

 

本来日本人は、「死ぬ」と言はず「身罷る」「逝く」「神去る」「隠れる」と言った。「葬る」ことを「はふる」といふ。「はふる」とは羽振るである。魂が空を羽ばたいて飛んでいくといふことである。羽振りが良いとは勢ひがあるといふ意である。

 

日本武尊は薨去された後、その御霊は白鳥となって故郷に向かって飛んで行かれた。古代において鳥は霊魂を運ぶものと信じられた。肉体を離脱する霊魂の自由性・不滅性の最も原初的な信仰である。そしてその鳥が純白なのは、清らかさを好む日本人の生活感覚から生まれたのであらう。

 

柳田國男氏は、「日本人の大多数が、もとは死後の世界を近く親しく、何か其の消息に通じているやうな気持を、抱いて居た…第一には死してもこの國の中に、霊は留まって遠くへは行かぬと思ったこと、第二には顕幽両界の交通が繁く、単に春秋の定期の祭りだけでなしに、何れか一方のみの志によって、招き招かるゝことがさまで困難でないやうに思って居たこと、第三には生人の今はのときの念願が、死後には必ず達成するものと思って居たことで、是によって子孫の為に色々の計画を立てたのみか、さらに三たび生まれ代って、同じ事業を続けられるものゝ如く、思ったものの多かったといふのは第四である。」(『先祖の話』)と論じてゐる。

 

日本人は、死後の世界は現世とさう隔たった世界ではない信じた。佛教特に浄土信仰が、十萬億土の彼方にある西方極楽浄土に往生すると説くのとは大分違ふと考へられる。

 

中村元氏は、「日本人は佛教の渡来する以前から現世中心的・楽天的であった。このような人生観がその後にも長く残っているために、現世を穢土・不浄と見なす思想、日本人のうちに十分に根をおろすことはできなかった」(『日本人の思惟方法』)と論じてゐる。

 

日本には死んだご先祖が草葉の蔭から子孫を守って下さるとか、あるいはその反対に怨みを持って死んだ人の霊が生きたゐる人のところに化けて出るといふ信仰がある。一方日本人は、死んだら西方十萬億土の彼方にある極楽に往生して佛様になると信じ、その佛様が草葉の蔭(この世のお墓の下といふこと)から子孫を守ってくれると信じた。まったく矛盾するやうな考へであるが、これは信仰だから、「合理主義」であれこれ論じても仕方のないことである。

 

肉体が滅びても魂は永遠である信じているから、肉体が滅んだ姿を歌わない。人麿は魂の抜けた滅び行く死體に向かい合っているのではない。

 

ともかく、日本人にとって肉體の死は靈魂の滅亡ではないのである。これがわが國の傳統的死生観である。そして死者の靈を弔い鎮めることが現世に生きる人間のつとめである。敬神崇祖がわが國民道徳の基本である。祖靈を尊ぶことがわが國の道統である。

 

 

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