« 千駄木庵日乗七月十二日 | トップページ | 千駄木庵日乗七月十三日 »

2013年7月13日 (土)

維 新 と 詩 歌 

 

文学とりわけ詩歌は人間の情念と思想を表現し訴える文学形式である。そしてそれは決して安穏な境地にあって訴えられるものではなく、現在自分が置かれている状況に対する何らかの満たされぬ思いや抵抗の精神があって訴えられるものなのである。現状に対する不満や抵抗や反逆なくして文学は生まれないと言っていい。不満・抵抗・反逆とは別の言い方をすれば変革への意志でありロマンである。

 

 現状を肯定する人たちにしてみればそういう文芸は、公序良俗を破壊するものであり、あってはならないもの・否定すべきものとなる。言い換えると詩歌をはじめとした価値ある文芸は、世の中から疎外された者が創造するものであるということである。それは時の今昔・洋の東西変わらぬ真実である。

 

 「革命的ロマンチシズム」という言葉がある。現実を否定し破壊し永遠の理想を追求する、そのために命を懸けた戦いをするというのが「革命的ロマンチシズム」である。人間が命懸けになった時に素晴らしい歌が生まれる。それは明治維新の志士たちが大事を実行するに当たって決意を込めた歌を詠んだことや、大東亜戦争の時特攻隊員が和歌に自分の最後の思いを託して死地に赴いたていったことを見ればわかる。だから詩歌は「命懸け」の精神と行動の美的表現なのである。

 

 村上一郎氏は、文学および詩歌を定義して「詩的な言語表現をもってする人間の生き死にの道の表現である」(明治維新の精神過程)と語っている。人間の「生き死にの道」の表現を言語で行うことは、言語というものの価値を最高に認めるということである。

 

日本における最も大きな変革は明治維新である。維新のことを日本的変革という。日本の伝統精神に基づいた変革が維新であり、日本の本来あるべき姿(天皇中心の国体)を明確にする変革が維新である。維新と革命の違いは変革の原理を天皇とするか否かである。ゆえに明治維新は革命ではない。

 

 また、神武建国の昔に回帰せんとした明治維新は単なる政治変革ではない。日本の道統への回帰である。そして日本の道統への回帰がそのまま現状の変革になるのである。「維新とは復古即革新である」とはそういう意味である。

 

 ゆえに、明治維新において日本人の精神即ち『やまとごころ』の表白である歌が生まれたのである。明治維新を命懸けで戦った人々は多くのすぐれた歌をのこした。明治維新は日本民族の魂の甦りである。そこにやまと歌が生まれるのは必然である。 

|

« 千駄木庵日乗七月十二日 | トップページ | 千駄木庵日乗七月十三日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/57778556

この記事へのトラックバック一覧です: 維 新 と 詩 歌 :

« 千駄木庵日乗七月十二日 | トップページ | 千駄木庵日乗七月十三日 »