« 千駄木庵日乗七月五日 | トップページ | 千駄木庵日乗七月六日 »

2013年7月 6日 (土)

「君民一体の日本國體」について

 祭祀国家日本の祭り主である日本天皇は、常に国民の幸福を祈る祭り主であらせられるから、国民と相対立する存在ではないし、日本天皇は国民を力によって支配し隷従せしめる存在ではない。

 

国民と共に神に祈り、神を祭り、神の意志を国民に示し、また国民の意志を神に申し上げ、国民の幸福の実現を最高の使命とされるお方が天皇であらせられる。つまり君主と民は「和」「共同」の関係にあるのであり、対立関係ではない。こうした天皇中心の日本の国柄を「君民一体の日本國體」というのである。

 

このような日本の国柄は、歴史のあらゆる激動を貫いて今日まで続いてきている。ところが外国では、太古の王家も古代国家もそして古代民族信仰もとっくに姿を消し、その後に現れた王家は武力による征服者であり、その後に現れた国家は権力国家であり、その後に現れた信仰は一神教教団宗教である。古代オリエントや古代シナにおいては、祭祀を中心とする共同体が武力征服王朝によって破壊されてしまった。共同体を奪われ祭りを喪失した寄る辺なき人々は、貨幣や武力に頼らざるを得なくなり、権力国家・武力支配国家を形成した。

 

 それに比してわが日本は、古代からの祭祀主を中心とする共同体国家が、外国からの武力侵略によって破壊されることがなく、今日も続いている唯一の国なのである。皇室祭祀だけでなく、全国各地で一般国民が参加する祭祀が続けられている。まことにありがたき事実である。

 

日本は古代からの信仰共同体が今日も続いている。今日においても、神話の世界のままに、天の神の祭り主の神聖なる御資格を受け継ぎ給う天皇を、現実の国家君主と仰ぎ、国家と民族の統一の中心として仰いでいる。こうした事実が、西洋諸国やシナと日本国との決定的違いである。

 

 長い歴史において様々な変化や混乱などを経験しつつも国が滅びることなく統一を保ち続けたのは、天皇という神聖権威を中心とする共同体精神があったからである。日本という国は太古以来の伝統を保持する世界で最も保守的な国でありながら、激しい変革を繰り返して来た国なのである。その不動の核が天皇である。

|

« 千駄木庵日乗七月五日 | トップページ | 千駄木庵日乗七月六日 »

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「君民一体の日本國體」について:

« 千駄木庵日乗七月五日 | トップページ | 千駄木庵日乗七月六日 »