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2013年6月17日 (月)

茂木貞純国学院大学教授の講演内容 その二

神道学者の上田賢治は「『現御神』を『架空なる観念』と述べられた詔書を楯として、天皇(すめらみこと)を神と称えごと申す日本人の信仰伝統を否定するのは、民族ごとキリスト教に改宗することを宣言したことにさえなり得る。事の重大さを、我々は日本人として自覚しなければならない」(『天皇論―実践神学の視点からー』)と書いた。

三島が『三熊野詣』『英霊の声』を執筆した理由もここにあった。葦津珍彦は「この詔書は歴代の詔命を否定し、光栄ある皇室の伝統的権威を無視せられたるかのごとき感を覚えさせられ、…皇国屈辱時代の文献として明記せらるべきものである」(『終戦始末記』)と書いた。

三島は敢て天皇を批判する形で、天皇の本質を提示したと思う。『豊穣の海』執筆の意図を論じた島内景二は「『源氏物語』よりも大きな概念である古代文化をまるごと現代に蘇らせること、それが、三島の天命だった」(『三島由紀夫―豊穣の海へ注ぐー』)と書いた。

三島由紀夫は『文化防衛論』で「文化はものとしての歸結をもつにしても、その生きた態様においては、ものではなく、又、發現以前の無形の國民精神でもなく、一つの形(フォルム)であり…日本文化は、本来オリジナルとコピーの辨別を持たぬこと」「このもっとも端的な例を伊勢神宮の造營に見ることができる」と論じている。

日本文化には相反する両面性があるが、そのどちらが欠けても良くない。菊と刀で象徴される全体が大事であると指摘する。これを『全體性』と呼ぶ。三島は『文化防衛論』で「『みやび』は宮廷の文化的清華であり、それへのあこがれであったが、非常の時には『みやび』はテロリズムの形態さへとった。…もし国家権力や秩序が、國と民族を分離の状態においてゐる時には、『国と民族の非分離』を回復せしめようとする變革の原理として、文化概念たる天皇が作用した」「天皇のための蹶起は、文化様式に反せぬ限り、容認されるべきであったが、西歐的立憲君主政體に固執した昭和の天皇制は、二・二六事件の『みやび』を理解する力を喪ってゐた」「文化上のいかなる反逆もいかなる卑俗も、ついに『みやび』の中に包括され、そこに文化の全體性が残りなく示現し、文化概念としての天皇が成立する、といふのが、日本の文化史の大綱である。それは永久に、卑俗をも包含しつつ霞み渡る、高貴と優雅と月並の故郷であった」「われわれは天皇の眞姿である文化概念としての天皇に到達しなければならない」「賢所の祭祀と御歌所の儀式の裡に、祭司かつ詩人である天皇のお姿は活きてゐる。…その主宰者たる現天皇は、あたかも伊勢神宮の式年造營のように、今上であらせられると共に原初の天皇なのであった。大嘗會と新嘗祭の秘儀は、このことをよく傳へてゐる」と論じてゐる。

ここには今も祭祀と和歌を通じて文化伝統を受け継いでいる天皇のお姿が活写されている。しかも日本文化の特徴である「再歸性」の最たる例、皇祖神天照大神は今上天皇の中に活きているとも言う。このような議論と認識が、もはや「人間宣言」と最も遠い所にあることし自明である」。

          ○

以上は小生のメモと記憶によってよるものであります。文責は小生にあります。

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