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2013年6月12日 (水)

日本の伝統精神の英知を取り戻さねばならない

現代社会は、思想とか信仰というものが、人間の心性の中に深く根ざしたものとして把握されるのではなく、洗脳という形で個人の中に注入される<イデオロギー>と化している傾向がある。それは人格破壊を招く機械的な洗脳と言う恐ろしさを持っている。

教義・教条とかイデオロギーが人格から分断され洗脳という形で多くの人々を支配することの恐ろしさは、共産中国や旧ソ連そして北朝鮮などという社会主義国家の歴史を見れば明白である。

近代科学技術文明は、自然を恐れず、自然を征服し作り替え破壊することによって、人類の進歩と発展を図ってきた。しかしその結果、原発問題・公害問題が深刻化するとともに核戦争の危機にさらされ、今日人間生活そのものが荒廃し、人類は破滅に向かって歩み始めている。わが国は原子力の平和利用と言われる原発で大きな惨禍を蒙り、軍事利用である原爆でも大きな惨禍を蒙った。だからこそ、こうした危機的状況を打開するために日本が貢献しなければならない。

樋口清之氏は「日本人は、一般的傾向として、経験的な知恵や合理的知識を分析や説明をこえた先験的・信仰的なとらえ方で身につける。このため近代分析科学的な理解方法しか身につけていない人からは、前近代的な迷信だと誤解されることもある。しかし分析に対する総合、対立に対する調和という伝統的な思考の中に、先人の生きざまの英知を各所で発見するのである。」(自然と日本人)と論じている。

 

今日の世界は、これまでの組織された体系を持つイデオロギーや教義では救い得ない末期的状況にあると言っていい。古い体系は次々に崩壊しつつある。我々の目標は、まともな日本を回復するために、日本の伝統精神の英知を取り戻さねばならないのである。

日本の伝統精神とは、イデオロギー・教条ではない。日本の自然と風土と生活の中から生まれた日本民族の自ずからなる歴史の精神である。自然に調和し大らかにして柔軟な精神が日本伝統精神である。

日本の道すなはち倫理精神・信仰精神は、教条的な形で理論として伝へられてきたのではなく、言葉の芸術である文藝(和歌や物語)によって伝へられてきた。『記紀』『萬葉集』はその典型である。

日本民族の生活態度の基本的特質、言い換えれば日本人の文化感覚を回復することが大切である。

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