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2013年5月11日 (土)

福沢諭吉の『脱亜論』と現代

福沢諭吉は『脱亜論』に曰く。「我日本の国土は亜細亜の東辺に在りと雖も、その国民の精神の既に亜細亜の固陋を脱して西洋の文明に移りたり。然るに爰(ここ)に不幸なるは近隣に国あり、一を支那と云ひ、一を朝鮮と云ふ。(中略)…我国は隣国の開明を待て共に亜細亜を興すの猶予ある可らず、寧ろ其伍を脱して西洋の文明国と進退を共にし、其支那朝鮮に接するの法も隣国なるが故にとて特別の会釈に及ばす、正に西洋人が之に接するの風に従て処分す可きのみ。悪友を親しむものは共に悪友を免れる可らず。我れは心において亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり」と。

福沢はさらに言う。「国中朝野の別なく一切万事西洋近時の文明を採り、独り日本の旧套を脱したるのみならず、亜細亜全洲の中に在りて新に一機軸を出し、主義とするところは唯脱亜の二字に在るのみ。」と。

「脱亜」が同時に「入欧」であることを福澤諭吉は明言していたのだ。これを全面的に肯定することはできない。しかし、支那と朝鮮が日本にとって「悪友」であることは今日ますます事実として明らかになっている。支那朝鮮が理不尽にわが国を圧迫して来たら、破邪の剣を振うより致し方ないのである。「支那・朝鮮の公正と信義に信頼して自国の生存と安全を保持しようと決意した」などと呑気なことは言っていられないのである。

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