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2013年5月 4日 (土)

「国生み神話」について

日本国家の生成は記紀神話で伝えられている。記紀によると、国家成立の三要素たる国土・君主・国民は、伊耶那岐命・伊耶那美命二神から生まれ出た存在であり、命の源を一つにする「はらから」である。天皇と国民と国土は霊的・魂的に一体の関係にある

神話とは、現実の歴史を反映し理想化して描いた物語であり伝承である。日本国の祭祀的統一の歴史が、神話において物語られた。君主と国民とは対立関係にあるのではないし国家と国民も対立関係にあるのではないことは、日本神話に示されてゐる。

日本國は神の生みたまひし国である。日本国の肇国・建国・生成は、決して武力や権力による統一・結合そして支配被支配関係の確立ではない。

岐美二神はお互ひに「あなにやし、えをとめを」「あなにやし、えをとこを」(『本当にいい女ですね』『本当にいい女ですね』)と唱和されて、国生みを行はれた。二神の「むすび」「愛」によって国土が生成されたのである。国土ばかりではなく、日本国民の祖たる八百萬の神々もそして自然物も全て岐美二神の「むすび」よって生まれたのである。

国土も自然も人も全てが神の命のあらはれであり、神霊的に一体なのである。これが我が国太古からの国土観・人間観・自然観である。

日本神話においては、天地が神によって創造されたのではなく、二柱の神の「愛・むすび」によって国土が生まれた。つまり神と国土・自然・人間は相対立し支配被支配の関係にあるのではなく、神霊的に一体の関係にあるのである。ここに日本神話の深い意義がある。神と人とが契約を結び、神は天地を創造し支配するといふユダヤ神話とここが全く異なる。

伊耶那岐命が伊耶那美命に「我が身は成り成りて、成り余れるところ一処あり。故(かれ。だから・註)この吾が身の成り余れる処を、汝が身の成り合はぬ処に、刺し塞ぎて、国土(くに)生みなさむと思ふはいかに」とのりたまふた。伊耶那岐命が「国土を生みなさむ」と申されてゐるところに日本神話の素晴らしさがある。

中西進氏は、「(世界各地の神話は・註)人類最初の男女神は、人間を生んでいる。國を生むのではない。ところが、日本神話ではそれが國生みに結び付けられ、国土創造の話に転換されている。これは日本神話の特色で…」(『天つ神の世界』)と論じられてゐる。

岐美二神は、単に大地の創造されたのではなく、国土の生成されたのである。太古の日本人は劫初から、国家意識が確立してゐたのである。この場合の「国家」とは権力機構としての国家ではない。

村岡典嗣氏は、「(国家の神的起源思想の特色として・註)国家成立の三要素たる国土、主權者及び人民に對する血族的起源の思想が存する。即ち皇祖神たる天照大神や青人草の祖たる八百万神はもとより、大八洲の国土そのものまでも、同じ諾册二神から生れでたはらからであるとの考へである。吾人は太古の国家主義が実に天皇至上主義と道義的關係に於いて存し、天皇即国家といふのが太古人の天皇觀であったことを知る。皇祖神が国土、人民とともに二神から生れ、而も嫡子であると考へられたのはやがて之を意味するので、換言すれば天皇中心の国家主義といふに外ならない。」「日本の國家を形成せる國土(即ち大八洲)と元首(天照大神)と、而してまた國民(諸神)とが、同じ祖神からの神的また血的起源であるといふことである。」(『日本思想氏研究』四)と論じてゐる。

天皇と国民と国土の関係も、対立関係・支配被支配の関係にあるのではない。契約関係・法律関係にあるのでもない。霊的魂的に一体の関係にある。これを君民一体といふ。天地生成神話は、日本國體の素晴らしさを語ってゐるのである。成文憲法は、日本國體精神を基礎にしなければならない。決して外国の国家思想に基づくものであってはならない。

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