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2013年5月24日 (金)

栁澤協二氏(元内閣官房副長官補)の講演内容

五月十三日に行われた『一水会フォーラム』における栁澤協二氏(元内閣官房副長官補)が「検証―官邸のイラク戦争」の講演内容。

「昭和四十五年に東大法学部卒業し、防衛庁に入庁。冷戦の真っ盛り。冷たい平和の時期でもあった。ベトナム戦争の直後、アジアの戦争はアジアにやらせるということで、国防にお金をかけるのなら兵器を近代化させるという時期。防衛費は増えてゆく。三木内閣の時防衛費はGNP一%未満とされた。日本のGNPは十三%のレートで伸びて行った。防衛費は毎年十三%増加した。

ソ連の武力侵攻があるとすれば隙をついた限定小規模の侵攻。アメリカからの来援無しに一定期間持ちこたえることができる防衛力整備が必要という事だった。米ソの核兵器対峙の中で、通常兵器で何の意味があるのかという問いの答えが、『限定小規模の侵攻に備える』ということ。

枝ぶりの良い予算を作ることが我々の仕事。栗原祐幸防衛庁長官の秘書官になった。一%枠を撤廃する閣議決定が行われた。レーガンが宇宙防衛計画を立て、ソ連が息切れして持たなくなり、冷戦が終わる。一九九一年に湾岸戦争が勃発。私は広報課長をしていた。日本は中国・北朝鮮に対する独自の電波傍受をしていた。中東の事象には全く用意がなかった。アメリカとの情報交換があった。

地下鉄サリン事件・雲仙普賢岳噴火が起こった。戦車は何の役にも立たない。掃海艇・化学部隊が期待を集めた。『存在する自衛隊から働く自衛隊へ』が合言葉になった。阪神淡路大震災以後、自衛隊はどんどん出すべしという世論になった。日本の危機管理は阪神淡路大震災がきっかけ。吉田茂氏は防衛大学校の初訓示で、『災害訓練をすることが国軍になる近道』と語った。湾岸派遣が突き付けたのは災害派遣だけではないということ。

自衛隊予算を増やすために働いた。対米協力を如何にやるかの文脈で努力した。内閣官房副長官補になった。小泉・安倍・福田三氏に仕えた。防衛庁の価値観から抜け出して日本政府全体から見る価値観になった。物差しが違う。自分の役所のことより政府のこと日本のことを考えるようになった。地震などの大災害があったら三十分以内の官邸に行くという高速がある。山手線の外には呑みに行かないという原則。そうすると銀座には行けないということになる。

イラク戦争はやはりおかしい。アメリカの占領政策の失敗。議論すら日本出来行われていない。おかしいことをおかしいと言わないで行われる政策とは何か。菅直人氏とは小山台高校の同期。鳩山由紀夫氏とは駒場で同期。自分たちは戦争を経験した先輩の背中を見つつ成長した。我々の世代は次の世代に何をのこしたのか。政府の意思決定の中枢にいて、自民・公明の幹部を回って根回しをしていた。

イラク戦争の時、大量破壊兵器はあると思っていた。小泉純一郎氏とブッシュ・ジュニアはワンフレーズポリティックス。論理的に物事を進める人ではない。プロセスを解き明かさないと本当に反省したことにはならない。情報は客観性が求められる。事実判断を客観的にしなければならない。ブッシュとブレアは自分の結論に合わせる形で情報を持って来いとは言っていなかった。

作戦計画を立てる中で、最大のリスクはフセインが化学兵器を持っているかも知れないということだった。その前提を疑わなくなってくる。『大量破壊兵器は無い』と言うと、『米兵に犠牲が出ないと保障できるのか』と言われる。『そんなことはあり得ない』とは言えない。北朝鮮の脅威とイラクの脅威は同じだから、イラクに断固たる姿勢が大事という視点だった。『悪の枢軸・ならず者国家を黙らせなければいけない。その事に協力すると日本の国際的地位が上がる』という考えがあった。北朝鮮の脅威から守ってくれるのはアメリカだからアメリカに協力するのだという考え。

アメリカに協力することの戦略的意味をしっかり認識すべし。イラク戦争でアメリカに協力したのは戦略的意味を持っていたとは思えない。イギリスのような一人前の同盟国になるには、地面の上に兵隊を出すこと、その事によって日本の国際的地位が上がると考えていたが、今日全然上がっていない。対テロ戦争に協力ことがわが国の安全戦略として正しいのなら、危険であってもやらねばならない。

戦後レジームは『平和憲法』『戦略的アメリカ従属』が両輪だ。この二つを清算しないかぎり戦後レジームからの脱却はできない。侵略の定義は學説的に決まっていない。小泉は本当に自民党をぶっ壊した。郵政選挙で自民党はガバナビリティがなくなった。

憲法に『納税の義務』が書かれてあっても『国を守る義務』が書かれていないのはバランスを欠く。アメリカから日本が袖にされる可能性はある。信頼できるお兄さんだと思っていた日本が悪い。『侵略ではなかった』と日本が頑張ると、アメリカの戦争を否定することになる。うまい言い方があると思う」と語った。

        ○

色々感想はありますが、後日書きます。ただ、大東亜戦争は日本の侵略ではなかったと堂々とアメリカの対しても主張しないかぎり、戦後レジームからの脱却はできないと思います。日本侵略国家論の払拭こそが戦後体制打倒の基盤であります。

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