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2013年5月31日 (金)

日本民族の特性

日本民族は決して排他独善的な民族ではない。「島国根性」などといふのは嘘である。島であるからこそ海に開かれた國なのである。古代日本は、海を越えて大陸や朝鮮半島から文化・文明を輸入し包摂してきた。そしてその包摂の中心は天皇・皇室であった。

日本は外国と海を隔ててゐたことによって、外来文化・文明を丁度良い具合に取捨選択することができた。大東亜戦争後のアメリカ文化の流入は別として、わが国は外国からの軍事侵略によって無理矢理外来文化文明を押し付けられたことはない。

「天地自然と祖靈を神と仰ぐ天皇を祭り主とする信仰共同体」といふ強靭な基盤があるからこそ、儒教・佛教が、日本人の生活に深く染み入り、日本民族の精神的血肉とはなっても、外来思想・外来宗教といふ性格を失ふことはなかったのである。

中村元氏は、「人類の歴史を見るに、文化程度の低い民族がかならずしも程度の高い文化を全面的に受容するとはかぎらない。異質的な文化の受容が行われるためには、すでに当該民族のうちに受容を可能ならしめるに足る基盤が用意されていなければならない。」(『日本人の思惟方法』)と論じてゐる。

わが國の外来文化・文明包容摂取の基盤・中核精神=日本の独自性は、太古以来の日本人の信仰生活であり祭祀である。

つまり天地自然は日本人にとって敵ではなく友であったことが、日本人の精神的基盤である「清らけき明らけき心」「素直な心」「無私の精神」を生んだのである。太古以来の日本民族の精神的特性は、「清らけき明らけき心」「素直な心」「無私の精神」である。

与へられてゐる自然環境を素直に肯定する思惟方法が、天地自然を人間と対立する存在ととらへず、天地自然を神としてまつり拝ろがむ信仰生活を生んだと思はれる。それは日本の天地自然が麗しく温和であり人間に大いなる恵みを与へる存在である事による。麗しく豊かな自然に恵まれた日本民族は、現世を肯定し、明るい太陽の下で生きてきた。日本民族は本来明るく大らかな民族である。

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